それから4ヶ月はあっという間だった。
2月の義勇の13歳の誕生日が過ぎて、4月の錆兎の誕生日がまだこない3月の初旬。
前世と同じ時期の最終選別である。
だが10の年から3年間。
1から学ばなければならなかった前世と違い、技術はすでに身につけた状態で体力筋力作りにのみ励んだ今生では、前世の13の時の自分よりさらに筋力が付き、もちろん技の精度も段違いだ。
さらに全集中の呼吸を常中できるようになったのも大きい。
今の自分なら倒せるはずだ。
そうは思うものの、前世で義勇を亡くしたあの選別を迎えるのは気が重くないかと言うと嘘になるし、正直不安がないわけではない。
最終選別の前夜、やっぱり錆兎の懐に潜り込むようにして眠っている義勇。
前世では不安で眠れないでいたのは義勇の方だったのに、今生では自分が不安で眠れない。
それでも…不安がって泣いていた前世と違って、今、義勇が安心しきったように眠れているということは、自分は前世よりは義勇を幸せにしてやれているということなのだろうか…。
そんなことを考えながら義勇の寝顔を眺めていると、
…さびと……
と、名前を呼ぶ声に起こしてしまったかと慌てたが、寝言らしい。
ふにゃあっと笑みを浮かべて
…美味しい?
と、言うところをみると、自分のために飯を作った夢でも見ているのだろうか…。
ああ…可愛いな…と、心がほわほわ暖かくなって、なんだかとたんに眠気が襲ってきた。
そうして気づけば朝だった。
もぞっと腕の中で義勇が動いた事で目が覚めるのはいつものことだ。
錆兎もゆるゆると目を開けると、同じく目覚めた義勇と目があう。
「おはよう。いよいよ今日だな」
とこつんと額に額を押し当てると、
「うん。錆兎がいるから大丈夫…だよね」
と、少し不安げな目が見上げてくる。
昨夜はよく眠れていたようだが、当日になってさすがに緊張をしてきたか…。
そんな義勇に自分の緊張が伝わらないよう気をつけながら、錆兎は
「俺は強い。お前も強くなった。
たぶん…1体だけ強い鬼がいる。
そいつだけは用心しなければならないが、俺の側にいれば大丈夫だ。
何も心配することはない」
と、その頭を撫でると、
「選別前最後の早朝の鍛錬に行ってくる」
と、布団を抜け出した。
選別は夜なので集合は夕方。
だから今日は鍛錬は早朝で終えて、朝食を終えたらすぐ山を降りる予定である。
前世では最後になった3人揃っての食事だが、今生では絶対に義勇も一緒に狭霧山に連れ帰って、日輪刀が出来て初任務に入る前までは、また3人一緒に暮らすのだ。
そんな思いを胸に、錆兎は最後の鍛錬に汗を流す。
今度こそ、今度こそ、今度こそ…
そう思いながら振り下ろす刀は当たり前だが大人用で、しかしその重さも全く苦にならないくらいの筋力がついている。
それでも最近鬼を斬っていないこともあって不安が拭えない。
選別の当日にこんなことでは駄目だ…という気持ちが、余計に不安をあおる。
そんな時だ。
──お前は何をそんなに焦っている…
と、後方に気配もなく現れた師匠が、苦笑して声をかけてきた。
鍛錬中に声をかけられるのは久々な気がする。
錆兎はふぅ…と、息を吐き出すと刀をふるう手を止めて振り返った。
すると鱗滝はピタリと足を止め、その場で腕を組んで仁王立ちに立つと
「久しぶりに…最初にここに来た時にワシに見せた型を一通り見せてみなさい」
と言う。
本当に久しぶりだ…と錆兎も思った。
そう言えば自分のみで練習は欠かしたことがないが、一通り全てを使うのは、最初に覚醒した日に試して以来かもしれない。
「わかりました」
と、錆兎は水の型から順に風、雷、炎と使っていく。
そうして全てを出し終わって鱗滝を振り返ると、鱗滝は二本持っている竹刀を一本錆兎に投げて寄越して
「かかってきなさい」
と言った。
そうして始まる本当に久々の…そして選別前最後の師範の稽古。
義勇が来てからずっと義勇につきっきりでこうして打ち合いをしてもらうことがなかったが、3年の間にさすがの元水柱も筋力が落ちたのだろうか…鱗滝の刀を受け止められるし、打ち返せるようになった気がする。
こうして打ち合うことしばらくして、
「ここまで!」
の声で互いに手を止めた。
そうしてほんの一瞬考え込んだのち、
──下弦くらいなら全く問題はないな
と、鱗滝がぼそっと言う。
「…先生?」
錆兎が首をかしげると、鱗滝は錆兎にまっすぐに視線を向けていった。
「錆兎、お前は気づいているか?」
「はい?」
「今ワシの攻撃を受け止めて打ち返せるようになったのは、なにもワシの筋力が衰えたからではない。
お前が3年間、筋力と体力の増強に重点を置いて鍛えた結果だ。
正直に言う。
お前は剣技に関しては3年前の時点ですでに完成していたと言っても過言ではない。
ただまだ子どもの筋力がその剣技に追いついていなかった。
だがそれだけの筋力を身に着けた今、お前はおそらく鬼殺隊に入っても第一線で戦っていける。
おそらくだが…十二鬼月でも下弦なら危なげなく倒せるだろう。
もっと身体が成長すれば、あるいは上弦にすら手が届くかもしれない。
だから臆することで動きを鈍らせるな。
だが、慢心もするな。
正しい精神で刀を使えば今のお前は恐れるものはなにもない」
さすが先生だ…と錆兎は思った。
何も言わなくとも錆兎の不安を正確に感じ取っていたらしい。
きっと鱗滝は錆兎にとって、錆兎がこの先どれだけ強くなっても導き手なのだろう。
ありがたい…本当にありがたい存在だ。
「先生…ありがとうございます」
「うむ…では戻るか。
そろそろ義勇が飯を作り終えて待っている頃だろう」
こうしてありがたすぎるほどにありがたい最後の稽古をつけてもらうと、錆兎は師範と2人で3人の掘っ立て小屋に戻って、義勇が作ってくれた心づくしの朝食を3人でかこんだ。
「行ってきますっ!2人で無事突破して戻りますっ!」
こうして食事を摂って支度を終えると、2人はそれぞれに鱗滝から与えられた刀を携えて、狭霧山を下っていった。
いつもなら道を使わず、罠の多い脇道を行くのだが、今日だけは試験前ということで普通の道を駆け下りる。
障害のない道を駆け下りれば下まではあっという間だ。
ほんの4時間ほどで駅まで駆け抜けて、渡された路銀で汽車の切符を買い、2人ではしゃぎながら弁当を買う。
夜には命がけの最終選別。
前世でもこうやって2人で弁当を買って汽車に乗ったのが思い出されて錆兎は胸が詰まりそうになるが、義勇が楽しんでいる気持ちに水をさしたくはない。
大丈夫…先生が今の俺なら下弦でも倒せると言ったのだから、手鬼だって最初に倒してしまえばいい。
そう何度も自分に言い聞かせ、動く汽車の中で過ぎゆく景色をみながら弁当を頬張る義勇の頬についた米粒をいつものようにとってやって、それから自らの弁当から義勇が好きな干した杏を義勇の弁当箱に移してやる。
「ありがとう!錆兎!」
嬉しそうに笑う義勇は可愛い。
絶対に…絶対に失くしたくない。
「帰りにもやるから…絶対に一緒に帰るぞ」
と口にする錆兎の言葉の真意などおそらく考えもせずこっくり頷く義勇。
今度こそ…今度こそ、一緒に帰るんだ!
と、錆兎は決意もあらたに自分も弁当をかきこんだ。
汽車を降りてそこからは徒歩だ。
二人で手をしっかり繋いで、田舎道をひたすら歩く。
「…さびと…最終選別の場所って…どんなところだろう」
テチテチと可愛らしいが謎な足音をたてて歩きながら、義勇は俯き加減にため息をつく。
これはある意味合図である。
前世からそうであったが、義勇は疲れるとよくそうやって俯いてため息をついていた。
「義勇、今日はこれからが本番だ。
今から疲れていては大変だからな。荷物と刀を持ってやるから貸せ」
と、手を差し出すと、少し躊躇して、しかし渡されるそれは、何故か結構な重さがあった。
そりゃあ体力のある錆兎ならとにかく、こんな物を持って歩いたら義勇は疲れるだろう。
なので
「…お前…何をいれてきたんだ?」
と、不思議に思って錆兎が聞くと、義勇は
「えっとね…米と塩…それから味噌と…お玉と小さな鉄鍋」
と指折り数えるものだから、錆兎は思わず目を丸くしてしまう。
自分がこれだけピリピリと生死の心配をしていたその横で、7日分の食事の心配をしている義勇はある意味大物だと思った。
藤襲山には川もあるし魚も穫れる。
前世の時はあとは食える野草で食いつないだ気はするが、確かに食事があればありがたくはある。
…が、普通そこまで気は回らない。
持参したとしてもせいぜい薬の類までだろう。
錆兎は前世では野宿も多く、なまじ山に詳しかったため現地調達を基本と考えていたが、なるほど持参できるなら米味噌があれば随分と違うかも知れない。
食料の有無で体力だって変わってくるし、目から鱗だった。
「義勇…お前すごいな…」
「…すごい?」
「ああ、鬼を斬る体力を維持しようと思うなら確かに食事は大切だ。
そこを忘れずにきっちり準備してくるお前は最高の相棒だ」
「本当っ?!嬉しいなっ」
錆兎の言葉に、さきほどまで疲れた様子を見せていたというのに義勇は笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねる。
そんな姿になんだか緊張が良い感じにほぐれた。
ああ、そうだ。鬼自体は苦もなく倒せる程度の強さなのだから、気にするのは一つだけ。
それも
「義勇、一つだけ約束をしてくれ」
「うん?」
「選別が始まったらお前は絶対に俺の後ろを離れるな。
俺の間合いを出ないように俺の後ろにいろ」
と、念押しすれば
「うん!絶対に錆兎の後ろにくっついている!」
と、嬉しそうに頷いて、おそらくいつもの行動性からすると素直に従うわけなのだから、何も恐れることなどないのだ。
こうしてたどり着いた藤襲山。
「うあぁ…すごく綺麗だ。錆兎の瞳みたいな色だね」
山の麓に咲き誇る藤の花を見て目を輝かせる義勇と、ぎゅっと手を繋いで集合場所のある山の中腹まで登る。
今生は前世とは前提条件が全く違うのだ。
知識としては思い出しても、感情としては思い出すな。
そして…前世の経験を元に最適な突破法を叩き出すのだ。
集合は18時。
義勇とともに10分ほど前に集合場所までの階段を登りきると、すでに空には綺麗な月が浮かんでいて、少し開けた集合場所には他に10数人ばかりの候補者が揃っている。
それからもほんのわずかに数人がぽろぽろとたどり着いて、結局、前回と同様、二人を含めて20人の候補者が時を待った。
藤の花が途切れる山の中腹から山頂までの入り口には大きな木の柱が2本立っていて、その間に鬼殺隊の係の人間が二人立っていた。
一人は前世で見知っている女性。
錆兎が会った時よりは11年ほど前なのでずいぶんと若いが、間違いない。
産屋敷あまね。
お館様と言われる鬼殺隊の頂点、産屋敷耀哉の妻、つまり奥方様である。
こうして18時、刻限ぴったりに前世でも聞いた
「皆さま、今宵は最終選別にお集まり下さってありがとうございます」
という口上から始まる最終選別の簡単な説明を聞いて、最後に
「…では、いってらっしゃいませ」
の言葉を聞いて、開けられた道の向こうへと皆走っていく。
「…義勇、少しばかりの事情がある。
お前は良いというまで面を外して荷物の中へといれておけ」
それを見送って、錆兎は義勇にそう指示をすると、自分は頭に乗せるようにしていた面をしっかりと顔を覆うようにつけなおした。
異形の手鬼は候補者の中でも鱗滝の弟子をまず狙ってくる。
だからそれを倒すまではまず自分が標的になるよう、自分だけが面をかぶる。
それが今回錆兎が考えた策の一つだった。
そうして義勇が頷いて面をしまうのを見届けると、
「では行くぞ。絶対に離れずについてこい」
と、その腕を取って自分の後ろにしっかりと移動させて、柱の向こうへと足を踏み入れた。
そうしてまずは東側。
──この場を動くなっ!
と、義勇に言って、一歩踏み込んですぐ左にある木を切り倒す。
すると飛び出るのは猿のように木の上に潜んでいた鬼。
前世では東西の道の様子をほんの一歩ずつ踏み出して様子を見ていた時に、東を見ていた義勇にこいつが飛び降りてきて怪我を負わせたのが悲劇の始まりだったのだ。
だから自分の方が東に踏み込み、まずは諸悪の元凶を叩き斬る。
鬼の方はよもや気づかれるとは思わなかったのか、驚きのあまり抵抗をする間もなく斬られて消えた。
「錆兎…すごい!よくあんな所にいる鬼に気づいたねっ!
俺は全然気づかなかった!
やっぱり錆兎はおとぎ話の主人公、桃太郎だっ!」
義勇が目をきらきらさせて言う。
可愛い…が、見惚れている暇はない。
藤襲山には最終選別の時以外は人が入ってこないので、ここの鬼は皆飢えている。
なので、わりあいと入り口近いところに待ち構えている鬼が多いため、あちらこちらで候補者達の悲鳴があがっていた。
「助けに向かう!俺から離れるなっ!」
「うんっ!!」
まず優先するのはさらに東側少し奥。
前世で義勇を預かってくれた少年だ。
錆兎が頼む!と預けた義勇を最期まで置いていくことなく守って一緒に鬼に喰われたという、まだまだ弱く愚直かもしれないが、信用はおける人間だ。
ザザッと山道を走っていくと、はるか昔に見たその少年に、3体の鬼が迫っている。
──肆ノ型 打ち潮
錆兎は一気に尻もちを付いている少年の横を走り抜けた勢いで、刀を抜いて鬼3体の首をまとめて斬り落とす。
「大丈夫か?」
と、手を掴んで助け起こすと、
「あ、ありがと…」
と、礼を言いかける少年の言葉を錆兎は
「話はあとだ!このあたりの鬼を一掃するから、悪いが義勇の荷物を持ってやってついてきてくれないか?!」
と、遮って、義勇を呼ぶ。
とりあえず売れる恩は売れるだけ売って、なおかつ今後の戦力の増強をはかるのがこの選別の間の有意義な時間の使い方だ。
こうして体力にややかける義勇の荷物を少年、村田が抱えて、鬼を斬るため東奔西走する錆兎のあとをついて回る。
このあとも助けられた候補者たちはみな、村田同様、錆兎のあとについて走った。
こうして付いてくる少年少女の人数が15人を超えた頃、前方から二人の少年が真っ青な顔で逃げてきた。
それを追うのは大型の鬼。
そう、前世で唯一斬れずに敗退した、あの手鬼だ。
「みんな下がっていろっ!!」
と、叫ぶなり逃げ遅れたらしい少年の足首を掴んでいる手鬼の手を水車で斬り落とし、
「村田っ!こいつを頼むっ!!荷物は誰かに預けろっ!義勇は手当っ!」
と、後ろに声をかけて、皆が居る方とは逆方向へと回り込む。
その言葉で少年村田が弾かれたように隣にいる少年の一人に荷物を預け、少年を避難させに前方へと走り出した。
そうして少年に肩を貸して皆の方へと戻り、義勇は腫れてしまった少年の足首の手当をその場で始める。
「え?あのっ…ここで?!
すぐそこで戦闘してるし危なくない?」
と、一部が驚いて口にするが、義勇はにこっと
「大丈夫。錆兎は俺がここにいるから攻撃はこちらにこさせない。
それより錆兎から離れすぎる方が危ないよ」
と答えて、薬草と水で冷やした布を怪我人の足首にあてて包帯を巻いていった。
そのあまりに落ち着き払った様子に、周りもなんだかそんな気になってきて、
「俺も薬持ってる…。怪我してるやつ、そこのお前、よければ手当するぞ」
と、周りの怪我人の手当をし始める者、
「すげえ…俺らもいつかあんなになんのかなぁ?」
「いや、無理じゃね?なんか最初っから違うっつ~か…。
次に会った時にはあいつ柱にでもなってる気がする」
などと、錆兎と手鬼の戦闘を見物する者、座って疲れた身体を休める者などに分かれ始める。
一方で手鬼はやはり錆兎のことしか見ていない。
狐の面を見て、鱗滝への恨み言やら復讐やらを口にしている。
前世と同様のそれを見て聞いて…錆兎はだんだん腹が立ってきた。
なるほど今では己と相手の力量の差などすぐわかる。
相手は今の自分からすると本当に雑魚だ。
だから気持ちに余裕もあるのだろうが、それでも…相手がこれだけ長くダラダラと話していて時間があるならば、実力がそこまでなかった前世だろうと、もう少し相手のことを分析することは可能だったんじゃないだろうか。
前世ではまだ刀の扱いが下手で、刀の方が折れてしまったというのもあるが、考えてみれば硬かろうと岩と同じだ。
斬れやすい場所と角度というものがある。
話している内容など適当に聞き流して、その点を見極めるべきだった。
今なら何通りもその場所と角度がわかるのに…
「なあ、もういいか?そろそろ終わりにしたいのだが?」
斬るに良いポイントをいくつか見つけてもまだ終わらず、さすがに不快な戯言を聞いているのにも飽きてきたのでそう声をかけると、13の子どもが自分に怯えもせずにむしろ退屈そうにしていることに、手鬼は腹をたてたようだ。
「鱗滝め、鱗滝め、鱗滝めええーー!!!
弟子まで俺を馬鹿にするのかっ!!
喰ってやるっ!喰ってやるっ!!喰ってやるーー!!!」
と、巨漢にしては驚くほどの速さで錆兎に向かってくるが、動きの速さなら狭霧山で鍛えた錆兎はそんな鬼の比ではない。
それこそ弁慶の薙刀をかわす牛若丸のように、軽々とその手をかわしながら、なんなら伸ばした手鬼の手を足がかりに宙へと舞い、場所を見極め、月明かりに青く光る刀を振りかざした。
──壱ノ型 水面斬り
交差した両腕をばっと開くように刀を振るうと、ザザーン!と力強く岩を砕く荒波が浮かぶ。
…おおーー!!!
と、観戦モードに入っている何人かから感嘆の声があがった。
ストン!と錆兎が着地した後ろで、ゴロンと地面に転がる大きな首。
消えていく鬼の巨体。
わあああーーー!!!と歓声とともに鳴り響く拍手。
──すっげえ!!!まじすげえっ!!!
──かっけええーーー!!!
はしゃぐ面々。
錆兎は刀をいったん鞘に収めると、
「義勇、無事か?」
と、何事もなかったように、タタタッと駆け寄ってくる。
「お前、それ違うだろっ!逆だろっ!
今の諸々のどこにこいつが怪我する要素があんだよっ!」
と、それに思わずツッコミをいれる村田に、周りがおおぅっ!とどよめく。
「え?え?なに?どうした?」
と、周りの反応に驚いてキョロキョロする村田。
「何、お前、あの皆の恩人の、めちゃつよ桃太郎と知り合いなん?!
すっげえ!いいなっ!!」
と、一人が思わず口にした言葉で、ハッと今の状況に気づいたらしい。
「ちが、違ってっ!!」
と、慌てて首を振るも、走り寄ってきた錆兎は座っているその村田に後ろから覆いかぶさるように笑って抱きついて
「この村田はな、俺が師範と義勇の次に信用している人物だ。
人間性は俺が保証する」
と、いきなり言う。
錆兎にしてみれば前世で錆兎の願いと約束に命をかけてくれた相手なのだが、当然村田の方は前世の記憶などないのだから
「え?え?なに?なんで??」
と、パニックだ。
だがそれ以上話を聞こうにも錆兎はすぐに義勇の元へ。
人の輪の中で自分は怪我をせず、怪我人の手当をしている義勇の姿を見て、錆兎は心の底から安堵する。
手鬼を倒した今、それ以下の強さの鬼しかいないのだから、もう最終選別で義勇を失うことはないと思って良いだろう。
超えた…前世の悲劇は乗り越えたのだ。
そう思うと感極まって、
「…義勇…無事で良かった」
と、思わず義勇の前に膝をついてその細い身体を抱きしめると、義勇も何故ここで自分の安否の話になるのかはわからないが錆兎に抱きしめられるのは嬉しいので、自分もぎゅうっと錆兎を抱きしめ返す。
ここにいる全員、錆兎以外はその理由を知らないわけだから、まあ良いけどなんで?状態で、自然と視線はなんだかわからないが二人と知り合いなのかと思われている村田の方へ。
「俺も知らない、わからないからねっ!」
と、村田がそれをそう弁解する羽目になった。
「とりあえず、全員集合したことだし、休むなら水の側の方が何かと便利だろう」
義勇の無事を実感して満足した錆兎は次にそう提案をする。
もちろんそれに異論を唱える者もなく、全員で錆兎について移動することに。
その道々、二人いる少女の一人が呟いた。
「ねえ、錆兎さんはその狐のお面、取っちゃいけないとかあるの?」
そしてもう一人が同じく
「私もそう思った。顔…見たいな」
と、言う。
それで錆兎は目的は達成していることを思い出した。
「ああ、そういうわけではない。
ただ、強い敵が出た時にまず自分を標的にするために目立つよう目印にしていただけだ。
…これでいいか?」
と、錆兎は少し面の紐を緩めて、ここまでの道中でそうしていたように、面をずらして頭にかぶるようにして顔を見せる。
その顔を見ようと、タタタッと走って錆兎の前に回り込む少女二人。
──きゃあぁぁーー!!
と、あがる悲鳴。
その声に同様に錆兎の前に回り込む数人の少年。
「まじかよっ!強いくせに顔も良いって、お前なんなんだよっ!!」
と、一人が叫ぶのに、とうとうほとんどの少年がその顔を見に回り込んできて、その大騒ぎに錆兎が困ったように
「大きな傷跡もあるし、別に顔は良いわけではないだろう。
顔の良さから言ったら義勇の方がよほど綺麗な顔をしている」
と、また面でしっかり顔を覆いなおした。
「ううん!傷跡も男らしくて格好良い!」
「うんうん、義勇さんは綺麗だけど、錆兎さんは格好良いよ!」
はしゃぐ少女達に囃し立てる少年達。
そんな中で一人錆兎の後ろにひっついたままの義勇がぽつりと口にする。
「錆兎は俺の(命の恩人で鬼を退治する桃太郎)だから(かっこいいのは当たり前だ)」
そう、3年間も義勇の言いたいことは口にする前に察してしまうようになった錆兎と色々な事を達観した鱗滝の2人に囲まれて、しばしば2人に伝わってさえいれば省略していいだろうと当たり前に超省略した言葉を…。
そして…実は前世ではひたすらに鬼を斬り続けるだけの日々を送っていて、今生でも男3人の生活だったのもあり、少々女性になれていないため、少女たちの急接近に動揺していた錆兎も自分たちの間では当たり前だったその言葉足らずに気づかない。
だから肯定も否定もせず、
「とにかく怪我人の手当もきちんとしなければならないし、水場までは急ぐぞ」
と、大きな疑惑に気づかぬまま、止まっていた足を動かして、川までまた歩き始めた。
その後10分ほどで川べりにたどり着く。
そうしてとりあえずそこに落ち着くと、改めてあちこちから礼の言葉が殺到した。
それに錆兎がちょっとまってくれ、話をさせてもらっていいか?と言うのでみんないったん口を閉じた。
そこで錆兎が皆に向けて言う。
「俺は錆兎だ。
師範は元水柱の鱗滝左近次先生で、色々事情があって現在は先生の姓を名乗らせてもらっているが、姓だと先生の姓でもあるので紛らわしいから、出来れば下の名前、錆兎と呼んで欲しい。
俺の身元はそういうことで、今回の最終選別についての提案なんだが、特に事情が無い者は皆で一緒に行動して一緒に選別を突破しないか?
その方が鬼に対する備えもしやすいし、安全だと思う。
食料も川べりなら魚も獲れるし、山には猪や鹿もいるだろう。
俺と同門の義勇は山育ちなので食える野草や薬草もわかる。
もちろん各々で目標や目的がある者もいるだろうから、その場合は遠慮なく言ってくれ。
必要なら多少の医薬品も分けるから」
その言葉にざわざわっとあたりがざわめいた。
「一人で行くやつは別に全部自力でいいんじゃね?」
と当然あがる言葉に錆兎はニコリと
「出来れば一人でも多くに選別を突破して欲しいからな。
そのために俺に貸せる手があるなら出来うる限り貸したいと思っている。
俺は最終的に鬼がいない世になって欲しいから、そのために共に戦える仲間は多ければ多いほうがいい」
と、答えて、それにまた、おお~という声があがる。
「俺は…錆兎と一緒にやるわ」
と、まず村田が声をあげると、われもわれもと皆それに続く。
結局全員が共に居ることに同意して、その後の予定に話が進んでいった。
話す間も怪我のない者はそれぞれに怪我人の手当をし、錆兎は川に入って魚を捉える罠を作り、数人もそれを手伝いに川に入る。
「まず夜は全員ここで待機だ。
鬼は来たら倒す感じで良いと思う。
というか、鬼が来た時に希望者がいたら倒す練習をするのを手伝うぞ。
危なくなったら助けに入ると言う感じで。
全員じっと起きていても仕方ないから、夜は火の番と非常時の対応が各一人。
俺は鬼対策で起きているから、あとは倒す練習をしたい者が2,3人ほど起きていればいい。
日中は鬼が出ないから、山に入れるものは獣を捉える罠を仕掛けたり薬草や食える野草を取ったりで、他は飯の支度。
米はすまん、そこまで多くは持参してないから、粥にして量を増やして、体力がなかったり身体が弱ってそうだったりするやつ優先な。
俺は頑丈にできてるし平気だから野草でも魚でも何でもあるものを食うし、余裕のある奴は無いやつに思いやりを持ってやってくれ。
あ~、あと俺は午前中に寝かせてもらうな。
午後は希望者がいたら剣術でも呼吸でも呼吸の型でもなんでも教えるぞ。
一応、水、風、雷、炎は一通り使えるから。
いなければ俺も食材集めに加わる」
と、その言葉にぽか~んとする者、納得する者、様々だ。
「なんだか…先生に付いての実戦合宿みたいだな」
という者もいれば、
「あいつ…なんで最終選別なんかにいるの?候補者とかじゃねえよな?」
と、驚く者もいれば、
「食料まで持ってきてるって、なんか慣れすぎじゃね?」
と言う者もいる。
最後の言葉に対しては、
「ああ、食料関係は全て義勇が気を利かせてくれたんだ。
俺は鬼を斬るしか能のない男だからな」
と、錆兎はしっかりと訂正をいれる。
それに義勇は嬉しそうに
「俺の仕事は錆兎が後顧の憂いなく鬼を斬られるようにすることだから」
と、綺麗な笑みを浮かべて言った。
「…すごいな。元水柱ともなると、資質を見て完全に才能に特化した教育をしてんだな」
と、一部感心して頷く。
そうして一番持ち合わせて仕切っている者が率先して働いて放出する姿勢を見せるので、文句を言う者も我をはる者も出ず、本当に最低限の安全は保証された実戦合宿そのものだ。
錆兎と義勇の他にも山の中の育て手の元にいて山に詳しい者も何名かいたので、山の幸を集める手もわりあいとあって、大きな鹿や猪を捕まえられればそれを捌いて焼いたり汁物にしたりすれば、十分全員の腹が膨れるので、意外に食生活も豊かになった。
剣術の稽古の希望者も多く、いざとなったら助けてもらえるという安心感もあったので、夜の鬼の方も出てきてもほとんど剣術の練習相手だ。
そうやって無事に初鬼斬りを達成する人間が出てくると、夜の見張りの志願者が増えていく。
みんな初日はあんなに鬼に怯えて逃げ惑っていたのに、今では
「次出たら誰が斬るか順番決めようぜ!」
となってきて、鬼が気の毒な状況になりつつあった。
和気あいあいと過ごしつつも、地味に実戦練習を積み重ねて戦力向上も出来て全員無事突破したこの年の最終選別は、前代未聞の【楽しくも有意義な最終戦別】と他の年の候補者に羨まれるほどで、例年に比べると全体的な剣術レベルも生存率も高いこの年の突破者は、率いた少年の宍色の髪の色が桃の色のようだったのと、その少年がどこかおとぎ話の主人公のようであったのにちなんで、その後に【桃太郎世代】と呼ばれるようになったのである。
ともあれ、そのまま7日間。
夜が明けて条件を達成すると降り注ぐ朝日を背に、7日前に山の奥に向かって通り抜けた柱を今度は集合場所の方へむけて全員揃って通り抜けた。
本当に遠足帰りの小学生のように皆笑顔で、
「お帰りなさいませ。
おめでとうございます。ご無事で何よりです」
の奥方様の言葉に、おおーー!!と歓声をあげている。
このあと隊服のことや刀のについての説明を受けたあと、
「今から鎹鴉をつけさせていただきます」
と、奥方様がパンパンと手を叩くと、バサバサと空から多数の黒い影が降ってきて、それぞれの少年少女の肩に止まる。
「鎹鴉は主に連絡用の鴉にございます」
という奥方様の言葉に、皆自分の鴉にそれぞれ目を向けるが、錆兎は自分の右腕に留まるその鴉に目をパチクリさせた。
「錆兎の鴉…白いんだ。初めて見た」
と、隣で義勇も目をパチクリする。
「あなたはどこに居るのかが皆に伝わることが重要な人物になる…と、お館様のお言葉です。なのでなるべくそれが伝わりやすいものを用意させて頂きました」
なるほど。たとえ困難なことでも全て経験させることによって、万が一今生で本懐を遂げられなかった時に少しでも来世に情報を持っていけるように…ということなのだろう。
もちろんそんなことはここにいる誰にも言えないし、言っても信じないのだろうが…
「決して負けないおとぎ話の主人公のように、鬼退治の象徴桃太郎となれるよう全力を尽くしたいと思います」
と、奥方様の言葉にはそう返して頭をさげておく。
こうしてその後、日輪刀用の鋼を選んで隊服の採寸。
そして日輪刀が仕上がるまでの半月は各々元の場所で待つということで、隊服だけは支給されて帰路に着く。
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