──おかえり!今日のご飯は鮭大根だよ!
錆兎が日が暮れるぎりぎりに小屋へ帰ると、割烹着をきた義勇がパタパタと台所から走り出してくる。
そうしてぎゅうっと錆兎に抱きついてくるので、錆兎もそれを抱きしめ返した。
少し大きめの割烹着にまだ着られている感があるが、それがなんとも可愛らしい。
義勇は錆兎と違い、鬼斬りになるためにここを訪れたわけではないので、まずは生活に慣れて状況を把握できるようになるまで、と、半月ほどは修業に加わらずにいたのだが、その間やることもないしと、実に甲斐甲斐しく家事をやる。
前世ではずっと一緒に修業をしていてそんな時間もなく家事のほとんどを鱗滝にやってもらっていた2人だが、姉と2人暮らしだった義勇は実は家事に関しては主婦並みにできるらしい。
錆兎が修業でフラフラになって帰ってくると、部屋は綺麗に掃除されているし、衣服だって洗濯してきちんと畳まれてしまわれている。
最初は驚いて、
──同じ身の上だしそこまでやってくれなくても大丈夫だぞ?
と、言ったのだが、それに義勇は手にした畳み掛けの着物に半分顔を隠すようにして、
──…錆兎は…こういうの嫌か?俺は錆兎のために色々尽くすのが楽しいんだけど…
などと、うるると潤んだ青い目で見上げてくるのがあまりに愛らしくて、なんだか変な声がでそうになった。
そして一呼吸。
──…嫌ではない…嫌ではないし俺は助かるのだが…お前に無理はさせたくない
なんとか気を取り直してそう言うと、ぱあぁっと花がほころぶような笑みを浮かべられて、なんだか異世界の扉を開きそうになったのは秘密である。
こうしてお試し期間の半月が過ぎる頃には、掃除、洗濯に炊事まで加わっていた。
正直、義勇の作る飯は美味いだけでなく、どこか盛り方なども美しい。
早朝、一人での鍛錬を終えて錆兎が小屋に帰ると飯と味噌汁、香の物とあと1品くらいの朝食が出来ていて、鱗滝と3人でそれを食うと、畑や山や川で採れるなら採ってきて欲しい物を言い渡される。
それを鍛錬の合間に調達して昼に帰ると昼食。
そしてその食材は夕食となってでてくるという状況だ。
だがそれも終わる日が来る。
そろそろ義勇の目指す先を決めなければならない、と、鱗滝が言う。
もちろん無限に道があるわけではなく、こちらで用意できるのは、錆兎と一緒に修業をして鬼斬りを目指すか、街に降りて奉公先を見つけるかのどちらかではあるのだが…。
昔から義勇は刀を振り回すのが好きではないことは錆兎も知っている。
今生でもそのようだ。
それでも前世では一緒に鬼殺隊を目指す道を選んでくれたのだが…考えてみれば、今生では前世と微妙に状況が違っている気がするし、果たして義勇は同じ選択をしてくれるだろうか?
「お前の人生だ。義勇、お前が決めなさい。
お前は今後どうしたい?何になりたいのだ?」
冬の足跡が少しずつ近づいて日が落ちるとかなり寒くなってきたそんな夜。
パチパチと火鉢の炭が音を立てる中、食後に3人でちゃぶ台を囲んで義勇がいれてくれたお茶を飲みながら、鱗滝が言う。
それに対して義勇が
「俺は…」
と、口を開いたその先の言葉を、錆兎は少し震えそうになる指先に力をいれて、じっと待っている。
もし義勇が鬼殺隊への道を選ばなければ?
今のいままで、その可能性を考えていなかった。
「…俺がなりたいのは……」
「なりたいのは?」
義勇自身と鱗滝の声にごくりとつばを飲み込んだ。
──俺がなりたいのは、錆兎のお嫁さん!!
嬉しそうに言う義勇に、錆兎は鱗滝とふたり、口にした茶を吹き出しかける。
「だけど、それは男だから無理なので……え?先生?錆兎?大丈夫??」
揃って盛大にむせるふたりに、それぞれ手ぬぐいを渡す義勇。
咳き込みすぎて礼も言えずそれを受け取る錆兎。
鱗滝も面を少しずらしてそれで口元を押さえた。
そうしておいて、義勇は何事もなかったように続ける。
「本当に…鬼を退治して疲れて帰ってきた錆兎をおかえりなさいって出迎える仕事が良かったんですけど、でも離れて待っているのも心細いし不安だし心配なので…出来れば俺も一緒に鬼殺隊に入れるように頑張りたいです」
「…錆兎ありき…か…」
まだケホケホと咳き込みながら言う鱗滝の言葉に、義勇は、はい!と大きく頷いたあと、
「…錆兎が…嫌じゃなければ……」
と、そこで少し不安げな目を向けてくるので、錆兎もやっぱり咳き込みながらも
「…大丈夫だ…。嫌じゃない」
と、即軽く手をあげて肯定すると、義勇の顔にまたぱあぁっと笑みが浮かんだ。
こうしてそれから義勇も修業を始める事となった。
が、基礎体力も違えば刀を握ったこともない義勇のことだ。
錆兎のようにいきなり終日というのは続かないだろうということで、義勇が寝たあと、錆兎は師匠に相談した。
自分はどうしてもこの先義勇を自分の補佐につけたい。
だから最終選別のことも含めて全て自分が義勇については責任を持つので、義勇が全集中の呼吸を使える程度になるよう、振い落されないくらいの調整をしてやって欲しいと。
なにしろ前世とは色々違ってきているのはこれまでではっきりしている。
考えてみれば前世では錆兎も今のように身体作り以外は全て仕上がっているなどという状態ではなく、2人で一緒に切磋琢磨していたから義勇も超えられた部分もあるだろう。
鱗滝もこのところ見てきたのが錆兎だったので、少し基準が高くなっている可能性も否定できない。
だから義勇が挫折しないように。
自分もなるべく気を止めるようにするから…ということで、最初は早朝の鍛錬は錆兎だけ。
朝食後から弁当を持参で15時までは錆兎と共にメニューは同じではないが基礎鍛錬。
その後は義勇は小屋に戻り、錆兎だけ日の入りまで鍛錬することになった。
前世でも最初の2,3ヶ月ほどはそんなペースでやっていたし、今生では錆兎はほぼ鱗滝の手をかけず、義勇は師範につきっきりで見てもらえるので、それで十分前世程度の時期には間に合う気がする。
錆兎自身も前世の時よりは余裕があるので、鍛錬後に疲れたであろう義勇の足を揉んで疲れを癒やしてやったり、ちょっとした剣技のコツを教えてやったりして2人の部屋での時間を過ごしていた。
基本的なことは鱗滝から一通り教えてもらえるだろうが、今生ではもう一つ、錆兎は義勇に覚えて欲しい型がある。
全て一人でまかない、なおかつ絶対に死ねない状況で、錆兎が学んだ一つの型。
ひたすらに斬り捨て叩き割っていくような剣の錆兎の資質とはどうも性に合わなかったらしく、あまり上手に使えたことはなかったが、さらさらと流れる水のような優しい性質の義勇なら、綺麗に使いこなして完成させられる気がする。
そのためにそれに必要なことを少しずつ教えて行く。
錆兎も前世よりは時を経た分、義勇のこともよく理解できていたし、自分自身も思うことを伝えるのも上手になっていて、義勇が姉を思い出して泣く時は殴ることなく寄り添いながら、自分が義勇を守りたいと思うのと同様に姉も義勇を守りたかったのだろうし、供養の気持ちがあるのなら、その気持を汲んで少しでも幸せに生きるべきだ。
そして錆兎自身が強くなってより多くの鬼を倒して多くの悲劇を食い止めるには、支えとなる義勇の存在が必要なのだと言って聞かせた。
──俺にはもう誰もいないから…お前がいなくなれば本当に一人ぼっちだ…
と、錆兎自身のために、と、その必要性を説いてみれば、優しい義勇はまだ泣きながらも、つよく生きる事を誓ってくる。
まあ別に方便なわけではなく、一度は義勇を失った生涯を経験した錆兎にすれば、それは紛れもない事実ではあるのだが…
そんな風に前世のように強引に引っ張るだけでなく、前世よりも少しばかり懇願をしてみた今生では、義勇もどことなく変わった気がする。
まず好んで家事をするようになった。
錆兎よりも鍛錬の時間が少ないと言うのもあるのだが、修業を始めてからも朝昼晩の飯は義勇が作る。
鍛錬で疲れているだろう?俺も代わるぞ?と言っても
「俺が作った飯を錆兎に美味しいって食べて欲しいから」
と、笑顔で台所から追い出されてしまう。
仕方無しに台所に立つ割烹着姿の義勇が楽しげに鼻歌を歌いながら飯をよそうのを居間で眺める日々。
──なんだか…普通の娘でも持った気分だな…
と、横で鱗滝がぽつりと言うのに心の底から同意する。
元々義勇は愛らしい顔立ちをしているので、機嫌よく割烹着を身につけていると、本当に少女のようだ。
それでも師範にほぼ専属で見てもらいつつ、前世で剣術を極めた錆兎にも色々教わるせいだろうか…前世の時よりさらに剣の腕はあがっている気がする。
義勇はおとぎ話の主役である錆兎を支える人間になりたいのだ、と、もうこの頃になると誰に隠すこともなく公言するようになっていたが、むしろ義勇が主役になった方が良いんじゃないだろうか…と、錆兎は思う。
だって、可愛くて綺麗で優しげで…さらに臆病で不安気なところがあって、そそっかしくて天然。なのに強い。
これもう最強だろう?と誰しも思うんじゃないだろうか……と。
こうして義勇と出会って3度めの秋。
その日の飯は錆兎と義勇が一緒に拾った栗の栗ご飯だった。
修業は甘くはなかったが、それでも日が落ちたあとの小屋での生活は暖かく和やかだ。
味噌汁は裏の畑で作ったさつまいもの味噌汁で、川魚の塩焼きにきのこのおひたし。
それに裏で飼っている鶏が生んだ卵の玉子焼き。
義勇は不思議なことに料理は器用に作るし、なんなら包丁で上手に魚を3枚におろしても見せるのだが、何故か魚が上手にほぐせない。
何故?と聞くと、忙しい姉に代わって料理はする必要があったが、食事は絶対に姉と一緒に摂っていたため、姉がほぐしてくれていたのだ…と、言うので、最初に魚を食べた時にほぐしてやったら、それ以来、義勇は焼き魚の時は当たり前に錆兎がほぐしてくれるものだと待っている。
なんならほぐした物を口に入れてくれと口を開けて待っている勢いだ。
まあ、そのくらいは可愛らしいので構わないのだが…。
前世はどうだったかと言うと、たしかグチャグチャと鳥がつついたような状態で食べていた気がする。
そもそもがそう言えば義勇は食べ方が下手な子どもだった。
口が小さいせいもあるのだろうが、しょっちゅう口のはしに米粒やらなんやらをつけて食べている。
それは今でも変わらなくて、義勇が来てから義勇の口元や頬についている米粒をとってやるのが、錆兎の食事中の日課になった。
そんなところは本当に暖かくも懐かしく思うわけなのだが、今生の義勇はさらに甘えた度が増している。
来てしばらくは鬼が来そうで怖いから…と泣くので一緒に寝てやっていたら、それからずっと当たり前に錆兎の布団…というか、錆兎の懐に潜り込むように眠るようになったし、風呂も一緒。
いつでもどこでもついて来たがるし、唯一離れる早朝の鍛錬の時は、錆兎が戻ると台所から転がるようにでてきて抱きついてくる。
いや、いいんだが、可愛いからいいのだが…前世ではここまでではなかったよな?と不思議に思った。
あれか…最初に助けたのが先生じゃなく俺だったせいか?
もしかして刷り込みのようなものなのか?
と、思うものの、まあ良いか…と流しているうちに全てが習慣となっていった。
そうなった理由としては、それにプラスして、錆兎自身の人当たりが柔らかくなっているということもあるのかも知れない。
前世では言葉で説明することが苦手ないわゆる脳筋で、義勇にはそこまでではなかったとは思うが、やはり口より手が先に出る少年だったから…。
それが口できちんと説明をしてやることを覚え、さらに前世の記憶があることで義勇のことを察してやれるというのもあって、錆兎自身がかなり面倒見が良くなっているので、元々義勇が多分に持っている弟気質をそのまま思い切り引き出しているのだろう。
錆兎の方も一度は守りきれずに死なせてしまったのもあって、なんにしても義勇のことが心配で心配で義勇に甘くなりがちなので、それがさらに加速していく。
そんな中での鱗滝の発言。
──義勇もそろそろ岩を斬れるのではないか?
に、義勇の箸がぴたりと止まった。
困ったように視線が泳ぐ。
そして救いを求めるように青い目が錆兎に向けられた。
「…まだ…最終選別に行くのが不安なのか?」
と聞いてやると、義勇がうつむいて
「最終選別が終わって…鬼殺隊に入ってからが…。
任務で色々な人に会えば錆兎が…他の人の所に行ってしまうかもしれない…」
と、呟くので、鱗滝と錆兎が揃ってため息をつく。
「「お前はぁ……」」
と口を揃え、それからまず鱗滝が
「本当にお前はなんでも錆兎か…」
と、肩を落とす。
本当に一体なんのために剣術や呼吸を教わっているやら…と、思うが、2年前、本当は錆兎のお嫁さんになりたいのだといい切った少年なのだから、まあ、聞かれるまでもなくそうなのだろう。
そこで促すようにもうひとりの弟子、錆兎に視線を送った。
もちろん錆兎は何を求められているのかはわかっている。
だから錆兎は義勇が大好きな笑顔を義勇に向けながら言った。
「鬼殺隊に入れば街で2人暮らしだぞ。
山の暮らしも楽しいが、街での住まいを整えるのもきっと楽しいだろう。
山が恋しければ休みに遊びに来ればいいしな」
「錆兎と二人暮らしっ!!」
ガタッと義勇が食いついた。
「うむ。まあ…最終選別を超えれば任務もたぶん…少しツテがあるので一緒にしてもらえると思う…」
と、思い出して言うと、
「本当かっ!!なら明日斬るっ!斬ってくるっ!!」
と、目をキラキラさせる義勇。
その横で鱗滝が驚いたように
「そう…なのか?」
と、目を見張るので、錆兎はどう話すべきか悩んだ挙げ句、結局
「実家のツテで少々…。
確認をしたいので、先生の鎹烏をお借りできますか?」
と、申し出る。
「ああ、誰に言付けを?」
とさらに聞かれて、さすがにお館様にというのははばかられて
「奥方様に。今手紙を書いて来ますので、お願いします」
と、言って、手紙を書いてくる。
もちろん奥方様に今生では面識はないので、奥方様にはただお館様に言付けをお願いいたしますという形で、二重にした手紙を用意した。
翌朝早くに鴉を飛ばして、戻ったのは昼過ぎ。
そこにはお館様から、実は秘かに錆兎は将来的に柱の任につくであろう子どもだと思っていること、そしてもし彼がそう望むのなら義勇を常に同じ任務につけてやることはやぶさかではないということが綴られている。
それを弟子たちに見せる鱗滝。
錆兎は前世の話通りお館様が自分の事を覚えていてくれていたことにホッとして、義勇はやはり錆兎はすごい!お館様が認めるほどなんて!とはしゃぐ。
それに錆兎は買いかぶりだからと言い、鱗滝は一応秘かにということだからもし鬼殺隊に入れたとしても口外はしないようにとたしなめた。
そうして3人揃って岩の場所へ。
錆兎が斬った岩からは少し離れた大きな岩。
何故このあたりにはこんなに試験に手頃な岩があるのかは謎ではあるが、とにかく義勇も岩の前に立つ。
普段はふわりふわりとした空気をまとう義勇だが、刀を手に岩の前に立つと、澄みきった冷たい水のような鋭い一撃で見事岩を真っ二つに割った。
岩を叩き割る荒波のような錆兎の剣とはずいぶんと違う。
ある意味逆方向に洗練されたような剣筋だ。
本当にあの夜の山でへたり込んで泣いていた子どもがまるで見違えるようだと思った。
が、そう思ったのも一瞬で、刀を鞘に収めた瞬間、義勇は
「錆兎っ!これで錆兎と街で暮らせる?」
と、いつもの義勇に戻ってほわほわした表情を浮かべながら抱きついてくる。
義勇にとっては最終選別も鬼殺隊もあまり重要ではなさそうだ。
錆兎と居られる、そのためだけにここまで腕を磨いたのだからある意味すごいと思うが。
前世では…半年ほど前に岩を割った錆兎に置いていかれたくなくて泣きながら必死に鍛錬をして、なんとか岩を割って安堵にまた泣いて…そのあとは最終選別が恐ろしくてまた泣いて…と、義勇は泣いてばかりだった気がするが、今生の義勇は余裕があるようだ。
まあ実質、錆兎に手がかからない分鱗滝が付きっきりで、さらにその錆兎自身も前世の記憶があるためにほぼ剣技を完成させた状態でこれもまた義勇に付きっきり。
2人の一流の師範について教わっているようなものだ。
義勇の上達の度合いも違うだろう。
それにもう一つには、すでに2年前に鬼を斬ることが出来ていた状態の錆兎を見ていて、錆兎が鬼に負けぬものと信じ切っているというのもある。
ともあれ、こうして義勇も無事に岩を斬ったことで、
「次の選別は4ヶ月後だ…申し込んでおこう。
それまでは油断することなく鍛錬に勤しむように」
という鱗滝の言葉に2人揃って、はい!と元気に返事をして、鍛錬を続けるために駆け出していった。
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