勝てば官軍桃太郎_1_はじまり

必死に鍛えて必死に斬り続けた。
ひたすらストイックに時間さえあれば身体を鍛え、強くなるためだけに食物を食い、強いと言われる者がいれば、額を地面にこすりつけて教えを乞うた。

師である鱗滝の言うように鬼殺隊に入れば生活の保証はされる。
しかしそれだけは物理的にも道理的にもどうしてもしたくはなかった。

守るべき者を守れなかった自分がそこで共に生きていこうと誓ったその場所に身を置くのは違うと思ったし、そこにいれば生活の保証はされても時間を取られすぎる。

目指すはただひとり鬼舞辻無惨のみ。
そこに至るまでは雑事に囚われたくない。
ただただ必要と思われる鬼だけを斬って、あとはひたすらに鍛錬に費やしたい。

自身の祖父が痣ものと言われる、寿命と引き換えにとてつもない力を発揮するまでに至った人間に出る痣を持つ者であったため、錆兎もそこを目指した。

それが出れば25歳を超えて生きられないということだが、そんなことは構わない。
問題はそこまでしか生きられないということより、その時までに無惨を倒せる力を手に入れられるかだ。

師範はそんな錆兎を痛ましい目で見ながらも、通常では手に入らぬ日輪刀の手配や手入れ、そして水以外の呼吸を学べるように自身の人脈をたどって頼むなど、出来得る限りの協力をしてくれていた。


錆兎がそうして鬼を斬り、鍛錬に鍛錬を重ね、また鬼を斬り倒している間、鬼殺隊は鬼側に押され、随分衰退したと聞く。

水は元より空席で、炎と音、霞に恋の柱はすでに折れ、残りの4本、岩、風、蛇、蟲では劣勢を覆すには至らず、ただひたすらに鬼を倒し続ける元水柱の弟子の噂を聞いた鬼殺隊のお館様から、鱗滝の元に錆兎を水の柱にと再三の要請の声がかかっている。

錆兎とて、自分がこれまで鍛錬をしたり刀を提供されたりしているのは、実は鱗滝個人の力だけではなく、お館様の厚意にもよるものだということは知っているが、それでも鬼殺隊に入ることだけは駄目なのだ。

だから妥協案、そう、彼としては人生初になるほどの妥協という方法を取ることにした。

共に戦う。
だが、鬼殺隊には所属しない外部の雇われ者として協力して戦う。

本当は1人で倒したかったが、致し方ない。

錆兎はもうすぐ24になろうとしていたし、そろそろ寿命による筋力その他の衰えが出る。
最近わずかながら、そんな兆候が見える気がして、気も急いてきた。

これまで上弦肆と伍を斬り捨てては来たが、どちらも出会いは偶然ではない。
鬼殺隊から師範を通じて漏れてきた情報によるものなので、その鬼殺隊がなくなれば、もう鬼舞辻の情報を追うことすらできなくなる。

そんな諸々を思えば今回は最後の機会だ。

亡き大切な友…いや、自分の人生に対する復讐をする最後の機会だと思えば、逃すわけにもいかなかった。

こうして錆兎はお館様、産屋敷がほとんどの者には秘密にしているらしい、最終決戦を起こす日を1週間後に控えた柱合会議の日に、産屋敷邸を訪れる事となった。



「元水柱の鱗滝左近次の弟子でね…錆兎と言う。
皆も1人で鬼を狩り続けて、上弦肆と伍を倒したという剣士のことは聞いているだろう?
それが彼だ。
事情があって鬼殺隊には入隊はしてもらえなかったのだけどね、目指すところは同じ打倒無惨だ。
だから一緒に戦ってもらうことになった」


そう紹介された時の各柱の反応は様々である。

まず蛇柱が
「何故いまさら…柱がちょうど折れたあたりで加わってくる人間を信用できかねる」
と、ひどく疑心に満ちた目を向けてきた。

それに呼応するように、綺麗な顔に感情のこもらない笑みを浮かべた蟲柱が
「伊黒さんのように信用がおけない…とまでは申しませんが、出来れば何故今なのかという理由をお教え頂ければ、皆の疑念も晴れると思いますが?」
と、言葉を添える。

それに真っ向から対立したのは、驚いたことに風の柱で、
「何故いまなのかはわからねえが、こいつぁ怪しい奴でも悪い奴でもねえぞォ。
ちっとばかし頑固者すぎるだけでなァ」
と、かばう言葉を口にするので、あら、と、蟲柱が驚きに目を丸くした。

「不死川さん、錆兎さんとはお知り合いですの?
それならあなたが説明してくださいな」

「…兄弟弟子だ」
「え?元水柱のお弟子さんでは?」
「こいつぁ基本的には水の呼吸の使い手ではあるが、強さを目指して色々な呼吸を学んでんだよ。
で、元水柱と俺んとこの師範が知り合いでな。
風の呼吸を学びに来た時期がある。
その頃から打倒鬼舞辻無惨以外のこたぁ頭にねえやつだから、こっちにとって悪いことはしやしねえよ」

「じゃあ何故今まで鬼殺隊に入らず、今になって?」

「知るかよ、そんな細けえこたぁ!
腕がたつのは確かで、俺達の戦力が足りねえことも確かだっ。
他に何か理由がいんのかぁ?!」

「すまない。説明させてもらう」

言い争いになりかける2人の言葉の間を縫って錆兎が口を開いた。
胡蝶は黙って錆兎に視線を向け、不死川は驚いた目で彼を見る。

「今まで鬼殺隊に入らなかったのは、一つには仕事に忙殺されることなく、剣技を磨くためだけに時間を使いたかったからだ。
それが何故今かと言うと、俺は痣が出て寿命が25までに限られている。
もうすぐ刻限が1年を切るし、剣技や身体の衰えが出る前に1人で無惨までたどり着くのは困難だからだ。
勝手な言い分なのはわかっている。
だから俺の方に協力してくれとは言わない。
足手まといにはならないから、情報を共有させて欲しい」

淡々と言って頭を下げる錆兎に、不死川はさらに驚く。

こいつはこんな男だったんだろうか…
確かに強くなるという一点に置いてはどんな犠牲も厭わない男ではあったが、一方で矜持と信念だけで生きている妥協は一切許さないような男だった覚えがある。
…おまけに口数は多くも少なくもないが、説明下手だった気がするのだが…

そんな不死川の疑問の眼差しに気づいてか気づかないでか、錆兎は不死川が知る彼らしくもなく、少し伏し目がちに苦い笑みを浮かべて独り言のように呟いた。

──勝てば官軍…と行動すべきだったのを、俺は道を誤った

それはすぐ側にいた不死川くらいにしか届かない小さな小さなつぶやきだったが、何故かお館様の耳には届いたようである。

「今からでも君が来てくれて嬉しいよ。
今回が駄目でも…道が見えてきた」

確かに実力者ではあるものの、錆兎1人増えたところでそこまで勝機を見いだせるものなのだろうか…と、不死川ならずとも思うのだが、お館様の機嫌の良さを見ればもう誰も何も異を唱えることはできなかった。


そして解散…。
この1週間後…何が起こる予定なのか…お館様と錆兎、そして悲鳴嶼だけが知っている。
これ以上戦力が削られる前にお館様自身を囮にして鬼舞辻をおびき出し、こちらから仕掛ける最終決戦。

しかし、今まで折られてきた柱達と残りの上弦、そして鬼舞辻の戦力を考えればどう考えても勝ち目はないと思われる。

それでも敢えてここで仕掛ける理由は、悲鳴嶼も知らない。
知るのは随行者に選ばれた錆兎だけだ…。


錆兎が産屋敷邸に招かれたのは、柱合会議の前々日のことだった。
その前日に、もう戻らぬであろう狭霧山で長い間世話になり続けた師範に挨拶をし、遺体さえ戻らず残された狐の面だけが安置されている大切な…誰よりも大切だった親友の墓に花を供えて手を合わせ、錆兎は狭霧山を降りて産屋敷邸に向かった。

聞いた通りの場所へと足を運んで見れば、そこはそれなりに立派で大きいが、これと言って厳重な警護がなされているわけでもない日本家屋である。

門で名乗って目通りを申し出た錆兎を迎えに出たのは綺麗な着物を来た子ども。
ちょうど狭霧山に錆兎が来たよりもまだ幼いくらいの年の頃だろうか…。

それでもなりは小さいが
「ようこそおいで下さいました。お館様がお待ちでございます」
と、大人のような口をきき、先に立って錆兎を案内する様子はずいぶんと落ち着いている。

ずいぶんと広い家なのに、人の気配が驚くほどない。

長い長い廊下を通っておそらく館の中央のあたりにあるのであろう部屋へ案内されると、そこには布団で半身を起こした男性。
目に見える部分には顔を含めて全身に包帯を巻いている。

お館様…と呼ばれる産屋敷家の当主は代々短命で、今の当主も全身を病に冒されていると聞いていたので、彼がお館様なのだろう。

そんな状態でも
「よく来てくれたね。ずっと君と話をしたいと思って君を待ち続けていたんだよ、錆兎」
と、呼びかける声は、どこか温かくも懐かしい響きを醸し出していた。

今回の目通りは錆兎の方からの申し出だったので、錆兎がまず礼を言うと、鱗滝から錆兎の側の事情は聞いて知っていたらしい。

「君のことはずっと左近次から報告を受けていたんだけどね、今回の君の申し出を聞いて、やはり君が私の悲願達成の鍵となる子だと確信したよ。
錆兎…これから言うことをよく聞いて欲しい。
そして、出来れば決断してほしいんだ」
と、すでに見えていないようである目を錆兎に向けた。


そうして語られたのはまず、現状である。
上弦で倒されたのは錆兎が倒した肆と伍の二体のみ。
対して、鬼殺隊側では柱が4本折れ、現在残っているのは4本のみ。
戦力差は如何ともしがたく、また産屋敷自身の寿命も尽きようとしている。
おそらく自分の代で無惨を倒すことは不可能に近い。

それは淡々とした口調で語られた。

それでもなお、産屋敷は自らの身を囮として無惨をおびき出し、自らの死を知って集まってくる柱を中心とした鬼殺隊と無惨を戦わせようと思っている。

と、そこで少しの間があったため、

「敵わないと知って敢えて戦力の温存を選ばずに全滅しかねない手段を取るのは何故?…とお聞きしても?」
と、錆兎が口を挟むと、産屋敷は小さく息を吐き出した。

「ここからは…生涯他言無用で。
まあ…常人には信じがたいことだから話したところでどれだけの人間が信じるかはわからないけどね…」

と、産屋敷は話し始めた。

「まず大前提として…今年中に無惨が死ななければ今年は終わらないんだ。
これから時代が進歩して、太陽の光を避けるすべも、あるいは克服するすべも出てきてしまう。
だから私の先祖がね…呪いをかけたんだ。
私の代の当主が亡くなって1年以内に鬼舞辻を倒せない場合、時間が私が12歳まで巻き戻る。
もちろん皆なかったことになるので記憶はない。
私一人記憶を持って巻き戻り続けている」

正直言われている意味がすぐには理解できなかった。
ではあの出来事も…大切な相手を失ったあの選別の日もなかったことになるのか…
と、まず少し理解できた時に浮かんだことがそれで…

「何度かやりなおしているうちに、色々変えてみたんだ。
今の柱たちや…錆兎、君が最終選別で亡くなった時もある。
もちろん皆生きて選別を超えている時もあったが駄目だった。
私だけが得られる知識では限界があるんだ。
それでね、本題だ。
私の他にね、1人だけ記憶を持たせたままに出来るんだ。
もちろん幼くなれば筋力とかはそのままだが、覚えたことは筋力が許す限りは持ち越せるし、知識も同じく。
だけど一度決めてしまえばその相手も永遠に時を巻き戻り続けるし、他の相手に替えることもできない。
そこでね…何回もこの時代をやり直しながら私は考えてたんだ。
共に無惨を倒すために、挫けず慢心せず無惨に対する殺意を持ち続けて、さらに持ち越すに値する実力を持った人間がいい。
私の心が削れてしまう前にいい加減片をつけたくて、次回に賭けたいと思っている。
だから何度も時を巡る中で本当に慎重に慎重に考えた結果、君が最適だという結論に至ったんだ。
………
………
………
無惨が倒されるまで死ぬことすらできなくなるからね。
断ってもいい…と言ってあげたいが、できれば断らないで欲しい…」

それまではこんなに重態であるにも関わらず、静かながらも飽くまで毅然とお館様であり続けた青年がわずかに見せた病に伏せる青年としての疲労に満ちた顔。

1人でただ永遠の時を勝てぬ敵を前にしながら周り続けるのはどんな気分なのだろうか…
ふとそんなことが頭をよぎったが、それも錆兎にとってはどうでも良いことだった。

産屋敷にしたって善意だけの人間ではない。

現に彼は今回自分の寿命が見えてきて、どうせ打倒無惨の望みが叶わず時を巻き戻すなら、その前に現在生存している柱を道連れに錆兎を無惨や上弦と引き合わせて、攻略のための情報を少しでも多く集めさせようとしているのだから。

しかしそれをえげつない…となじる気もまた錆兎にはなかった。
利害が一致しているわけではあるのだし、他を犠牲に苦痛を味わわせることになったとしても、無惨攻略の手がかりを少しでも掴みたいのは自分も同じなのだから。

永遠を覚悟しろと言われても、別にそれはそれで構わないが、そこまで持ち越す気はあまりない。
全員を一堂に会させてくれるなら、無惨までは倒せないまでも、今生の間で各柱の癖や、全上弦の情報くらいは集めてから死んでやる。

そうして本戦は来世。
今度こそ一緒に最終選別を乗り越えた親友と並んで勝利を勝ち取るつもりだ。

なので錆兎は産屋敷の言葉ににやりと笑う。

──永遠の覚悟など必要ないのでは?勝てば官軍。次回でどんな手を使ってでも勝てばいい。せいぜい優秀な桃太郎として鬼を退治してみせましょう

錆兎がそう答えた結果、運命の歯車は回り始めた。

勝てば官軍桃太郎、ここに誕生である。







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