村田の人生やり直し中_16_選別最後の戦い

──義勇を連れて少し離れていてくれ。
錆兎は後ろ手に村田の刀を受け取ると、自分の刀を放り出して突進してくる鬼に駈け寄りながらそれを抜いた。

──水の呼吸、参ノ型 流流舞いっ
そのまま互いに正面からぶつかるのかと思えば、錆兎はまるで天狗のように左右に飛び跳ねながら巨大な鬼を翻弄する。

さすがに今までの鬼と違って一刀両断と言うのは難しいのだろう。
巨大なのもあるが体が硬くて刃が通りにくいのかもしれないな、と、村田が観察できるくらいには錆兎には余裕があるように見えた。

まあ…余裕のないところを見せれば、今村田が念のため腕をがっちりつかんでいる彼の兄弟弟子が飛び出しかねないというのもあるのかもしれないが…。

──牛若丸みたいだよなぁ…
巨大な鬼を良いように扱う錆兎を見て、村田は五条の橋の上で弁慶を翻弄する牛若丸を思い出して誰にともなくぼそりとこぼした。

すると今絶賛戦闘中の錆兎はその呟きを拾ったらしい。
クスリと笑う。

「あ~…牛若丸と言うより鬼退治だから桃太郎だなっ」
などと言葉が返ってきて、村田は今度こそ本気で驚いてしまった。

え?お前そんな雑談する余裕あんの?!
そんな暇あるならちゃっちゃと倒しちゃえよっ!!

前世では一応敗れて死んでいる相手なのだから…とそれは脳内でだけ思いながら、しかし前述の二つについては思わず声に出していた村田だが、それに対しての答えは…

──あと2太刀斬りつけてからな
で、もう意味不明すぎて村田はあんぐりと口を開けて呆けてしまう。

──なんであと2太刀?

「ん~たぶん実力では敵わないから煽って冷静さを失わせるなんて卑怯臭い手を使われて殺された兄弟子姉弟子の12人分と…それでその12回分悲しい思いをした師範の分で合わせて24回は斬っておかないと。
俺は優しい人間ではないから、傷はふさがっても痛みは感じるなら、痛い思いくらいはさせてから叩き潰したい」

ああ、なるほど。そういうことか…

確かにすぐ治るにしても目を刀で斬りつけられたりすれば痛いのもそうだが視覚的にも怖いだろう。

それとわかって見てみれば、確かに攻めあぐねているというよりは、相手を翻弄しながら斬られて嫌そうな場所を選んで斬りつけている。

──…ふ、ふざけるなあぁぁ~!!!!
ちくちくとやられて苛立っていたところに錆兎の言葉にさらに逆上する鬼。

しかしそんな風に兄弟弟子の復讐も…と言いだすところをみると、冷静に見えて実は感情的になっているのか?
何度も言うが一度は敗れている相手に大丈夫か?
と、村田はそんなやり取りに心配になってきたのだが、そういうわけでもなさそうだった。

それが、──…23,……24っ!!…と、錆兎が数えながら斬っていた最後の一太刀の次の言葉でわかった。

──最後のこれは……二人目の姉を殺されて深く傷ついた義勇の心の痛み分っ!!
そう言いながらザシュッと一際深く斬りつける。

ああ、なるほど。
義勇が傷ついた分は入っていても自分の分はないわけだ。
この復讐は自身の怒りと言うよりは義勇のためということか。

義勇の分と言う一太刀を浴びせた後、
──これでお前に対するしがらみは全て終わりだ。あとは後顧の憂いを残さぬように滅しさせてもらう。
と、非常に淡々と…むしろ穏やかに聞こえるような声音で言うと、錆兎はいったん大きく飛びのいて

──村田、今まで本当に世話になった礼にとっておきの奥義を見せてやる。でもこれ秘密な?
と、少しいたずらっぽい顔で笑うと、なんだか変わった構えを見せた。


──喰ってやる、喰ってやる、喰ってやるぅぅーーー!!!!
と、完全に逆上した巨大鬼。

奥義と言うのは、水の呼吸_拾ノ型_生生流転ではないのだろうか?とそれにしては見慣れぬ構えの錆兎に村田は首をかしげるが、何故か村田が知っている水の型の奥義を使うわけではないらしい。

それどころか、
──壱の型・朱雀っ!!
と、走りながら繰り出す型はどう見ても水の型ではない。
火の鳥が舞っている情景が浮かぶようなその型は、どうも炎系に見える。

ともあれ、紅く鋭く鮮やかな剣筋が硬そうな鬼の首を跳ね飛ばし、紅の鳥と大きな鬼の首が月夜に舞った。

まるで芝居の一場面のようにそれは神々しいまでに力強く、村田はぽかんとそれを緊張感のない顔で見ながら固まってしまう。

首が落ちたあとの鬼の巨体はサラサラと砂になり、村田の隣ではパチパチと目をキラキラさせた義勇の拍手が鳴り響いた。

「すごいっ!すごい、さすが錆兎だっ!!」
と、興奮して叫ぶ義勇に、錆兎は
「…これは…当分使うなと言われているものだから、先生には内緒だぞ?」
と、し~というように人差し指をたてて口に当てる。

それにうんうん!と興奮気味に頷く義勇の隣で、村田はようやく我に返った。

「なにそれっ?!お前、水の呼吸の剣士じゃないのっ?!」
と身を乗り出すようにして聞くと、錆兎はまた少し困ったような笑みで
「あ~…師範にならってるのは?
だが実家は代々炎風水土光の複合の型を使っているんだ。
でも俺がちゃんと経験を積んで強くなるまで家業の諸々は言うなと言われているから、俺達3人だけの秘密な?」
と言う。

お前は義勇を助けてくれたいい奴だから…と、どうやら最初に義勇をかばって怪我をしたことで錆兎から最大限の信頼を得たらしい。
おそらく威力を考えたらとんでもない秘密を共有する人間に本当に本当に特別に入れてもらえたようだ。

なんというか…そうか、義勇の一番で唯一は義勇が息を引き取るその瞬間まで錆兎だったのだが、錆兎にとってもそれ以上に義勇が一番にして唯一なんだな…と、この瞬間村田は悟ったのだった。



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