こうして方針を決定して先頭を行く錆兎について林の中へと入っていく。
そして思う。
ああ…噂は本当だったんだ…と。
だからこれまでは夜の闇もそこから飛び出てくる鬼も怖いと感じたことはなかった。
でも今は前方に進もうとすると足がすくんでしまう。
それまでは鬼の気配すら感じ取ることができなかったのに、見えもしないくらい離れていてもその鬼の圧を感じるのだ。
隣では義勇がやはり震えながら息を飲む気配を感じる。
そう、この先には気配に敏感なわけでもない自分達ですらそれに気づいてしまうほどに強い鬼が確かにいるのだ。
進むのを嫌がる足を叱咤して暗い林の草むらを踏みしめるように錆兎の跡に続いていくと、少し開けたあたりに見上げるほど大きな塊が見えた。
大きな目玉。
ずんぐりとした巨体には多数の手が生えていて、自身の体を守るように抱きしめている。
鬼はぎょろりとした大きな目でこちらを見ると、にやりとその目が笑みの形を作った。
悲鳴を飲み込む村田と義勇。
その前で二人を守るように立つ錆兎は油断なく間合いを測りながら刀の柄に手をかける。
そんな3人をあざ笑うように鬼は言った。
──俺が食った狐はお前たちで14人かぁ~
………と。
──…食った…きつね……
錆兎の声が低くなる。
震える肩。
しかしそれは怯えからではない。
怒りからくるものだ。
そう、彼はたった今知りたかった答えをその中に見出したのだろう。
それにも関わらず鬼はわざわざ答えを言葉にしてみせた。
「鱗滝の弟子はみんな食ってやった。
おれをこんなところに閉じ込めやがったあいつの弟子は全部殺してやるって決めてるんだ。
そうだなぁ…一番最近喰ったのは、花柄の着物の女のガキだった。
あいつの弟子はその狐の面ですぐわかる。
あいつが弟子に彫ってやった面が俺が相手を殺すための目印になるんだ。
すばしっこいガキだったが、これ言ったら泣いて怒ってたなぁ、フフフフ
その後すぐ動きがガタガタになったところを捕まえて…手足を引きちぎって、それから…」
あ…これヤバいやつだ。
錆兎の呼吸が乱れている。
おそらく誰よりも強い候補者だった彼が負けたのは、人一倍師匠思いの彼がこれで平静を失ったからだろう。
そう察して村田は焦った。
錆兎を落ち着かせなければ…と思うものの、どうしていいかわからず焦りの気持ちだけが蓄積されて行く。
このまま前世の二の舞となったら今度は自分と義勇も道連れで、義勇が生き残って柱にならなければ下手をすると無惨戦で負けるかもしれない。
未来は前世よりも悲惨なことになる。
……そう思ったのだが、救いの手は意外なところから降ってきた。
──お前が真菰を殺したのかっ!!
と隣で聞こえる涙声。
そして刀を手に飛び出していこうとしたのは義勇の方だった。
え?やだっ!これ前世と反対に義勇がここで死ぬやつ?!!
と焦る村田に、
──村田っ!義勇を止めろっ!
と言う錆兎の声は焦りながらも先ほどまでの怒りに平静を失った色合いが消えている。
──ぎ、義勇、ダメだよ。危ないよっ
と慌てて義勇を羽交い絞めにする村田に暴れる義勇。
驚いたことに前世では利き腕を無くしても片手で村田を引き寄せられてしまうくらいの腕力だった義勇は、今は村田が拘束できてしまうくらいには力が弱い。
それでも刀を手にしているのでヒヤヒヤしたが、いったん村田が拘束したところで、錆兎が改めて義勇に言った。
──真菰の仇は俺がちゃんと取ってやるから、お前は墓や先生にきちんと報告できるよう、その様子を落ち着いて見て記憶しろ。
その力強く穏やかな声に義勇は暴れるのをやめて頷いてみせる。
それを気配で確認したのだろう。
錆兎は今度は村田に声をかけた。
──村田、とても申し訳ないのだが、やはりお前の刀を貸してくれ。これだと途中で折れそうだ。
ああ、その言葉が出てくるようならもう大丈夫だ、と、村田は安堵に胸をなでおろした。
錆兎はもうかなり落ち着きを取り戻していて、おそらく冷静で刀がきちんとした状態なら彼は勝つ。
逆にそんな錆兎に鬼の方が逆上したようだ。
──たかが子ぎつねの分際で生意気なーー!!!!!
と、巨体を揺らしながら突進してきた。
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