そんな会話をしながら遅めの朝食と昼食を兼ねた食事を終えると、錆兎は義勇と村田に眠っておくように言う。
その言葉に従って村田が寝て起きると、夜にはまた移動と鬼狩りということで、錆兎が少し早めの夕食を用意してくれていた。
錆兎は普通の隊士以上の鬼を斬ってくれてるんだから、他のことは俺達がするべきところだよな…
と、村田はそれに当然ながら恐縮するわけなのだが、錆兎は
「いや、鬼だけ斬るよりほかのこともやっていた方が気が休まるから構わない」
と穏やかな笑顔を浮かべる。
そして
「それに肉は俺が寝ている間に義勇とお前が確保してさばいておいてくれたからな。
たいしたことはしていないぞ」
と言うが、さばいて塩をかけて焼いて、残りの肉は皮袋に入れて川で冷やしておいただけの自分たちと違い、錆兎は塩をした肉をどうやってか岩と木々で器用に作った窯もどきで持ち歩けるように燻して燻製にする作業までしてくれていた。
──俺達の師範がこういう類のことがすごく上手くてな。師範の最終課題を超えてからこの選別に参加するまでは空いた時間にこの手のこともたくさん教わってきた。
と、そこは少し自慢げな錆兎。
ああ、いいよ。とてつもなく強いだけではなくここまで野外での色々も出来るなら思い切り自慢していい。
俺は20をとうに超えて死ぬまでの人生でも剣技も野外活動もここまで出来るようにはならなかったよ…
と、もう村田は脱力しすぎて笑うしかない。
そうやって燻製にして持ち歩く食材にはおそらく錆兎がとったのであろう川魚も追加されていて、それに義勇が拾ってきた木の実も含めると、それだけで選別中の食事の心配は一切要らなさそうだった。
そうして完全に夜になる前に片づけを終えてまとめた荷物は
「村田、申し訳ないが俺は荷を持っていると戦闘に入るのが遅れるし、義勇にもいくらかは持たせるが体力に不安が残るから、お前が荷運びの中心になってもらっていいだろうか?」
と、それでも何故か申し訳なさそうに打診する錆兎の言葉で重量のあるあたりは村田が持つことになる。
まあ今の作業の分担の量と質を考えれば、荷運びくらいなんということはない。
むしろ負担が軽すぎるくらいだと思うので、そこは村田も何の異論もなく了承した。
他の候補者だって村田と立場を代わりたい奴がいれば代わると言われれば、絶対に代わりたいという者が続出するはずだ。
なにしろ7日間、普通に荷物持ちをするだけと引き換えに、サクサクと鬼を倒して安全を確保してくれつつ美味しい食事まで提供してもらえるのである。
そんなこんなで本来は錆兎の死を回避させるべく錆兎を守ることが目的だったはずが、自分の方がすっかり守られ世話をされる側になってしまっていることに、村田も少しばかりの申し訳なさを感じつつ、それでも仲良し兄弟弟子に交じって、不謹慎だがすこしばかり楽しい最終選別の日々を過ごしていた。
そうして一緒に過ごして改めて思うのだが、錆兎と義勇は本当に仲が良い。
それは前世のわずかばかりの二人と居た時間とその後の義勇の変わりっぷりや言動でよくわかっていたのだが、どうやら彼ら二人だけではないらしい。
元水柱の鱗滝左近次の弟子たちは師範大好きで、さらに兄弟姉妹弟子もとても仲が良かったようだ。
3人揃って起きている夕方のわずかばかりの時間の会話で二人の口に上がるのは、大好きな師範と、二人と同時期に学んでいた姉弟子の話。
錆兎にはちょっぴり厳しく意地悪なところもあるが困った時には何でも真っ先に相談できる、気の置けない頼れる姉さんで、義勇にはひたすら可愛がってくれる優しい姉さんといった関係性だったらしい。
純粋な剣術という意味では錆兎の方が上だったが、単に“生きて帰る”という条件なら普段から下手を打つようなことはない彼女は絶対に生きて帰ってくると錆兎も義勇も思っていたらしい。
それが死んだと言われても二人とも遺体を見ているわけでもないので信じることが出来ず、今回、彼女の消息を知ることが出来れば、ということもあって、錆兎は可能な限りしらみつぶしに鬼を倒して回っているのだそうだ。
その話を聞いて村田はもしかして…と思った。
「あのさ、俺、兄弟子に聞いた話なんだけど…」
話すべきかどうか悩んだが、もし遭遇するなら心の準備をしておいた方が良いだろうと思って村田はあの錆兎が殺された相手とされた鬼の話を口にする。
「この山にさ、なんでかわかんないけど江戸時代から生きていて50人以上の候補生を食ったっていうすごく強い鬼がいるんだって。
すごく強い姉弟子が敵わなかったっていうなら、もしかしたらそいつなのかも?」
それを聞いて憤慨したのは驚いたことに義勇の方だった。
「そんな鬼が居るのはおかしいって生きて帰ったなら何故その兄弟子は鬼殺隊に言わないんだ?」
小さな拳を握り締めて綺麗な形の眉を吊り上げて唇を震わせる義勇の小さな肩を、錆兎が
「義勇、まあ落ち着け」
と、なだめるようにポンポンと軽く叩いて引き寄せる。
「その兄弟子が言わなかったのではなく、言ったが取り上げてもらえなかったという可能性もある。
そもそもがこの試験の条件は”生き残ること”であって”倒すこと” ではない。
そういう危険な鬼を避けて逃げるということも合格の条件の一つだと考えられているのかもしれないぞ」
そう錆兎に言われると、義勇はそれまであんなに怒っていたのに
「さすが錆兎!考えが深いなっ!!」
と、キラキラした目で錆兎を見上げた。
「うん…わかんないけどさ、兄弟子は一緒になった同期に聞いただけで本当のところはわからないから、特に何も報告はしていないみたいだけど…」
と、怒りに満ちた空気が散ったところで、村田は慌ててそう付け足す。
「なるほどな。
ただ説明では居るのは弱めの鬼のみと言われていたし、そういう強すぎる鬼が混ざっているという注意はなかったからな。
腕に多少自信のある者なら逃げるより斬った方が良いと思うだろうし、隠れずに戦っていれば、その鬼に遭遇することもあるだろう。
そうすれば剣技に長けた候補者が死ぬことになるのだから、強い鬼をこっそり1体というのはあまり良い方法とは俺は思えない。
鬼殺隊自体、あまり人材が足りているとは言えないのだから、強い鬼をいれるならそれだけには対峙して敵わなかった時に救助する人員をつけるべきだ。
そこでいくら腕に自信があってもそういう風に突然強い鬼が出てきて遭遇することもあるのだから注意をしなければならないと候補者も学ぶだろうし、そうすれば剣技に優れているだけではなく危機管理もできる優れた隊士が増えるだろう。
もしこの選別でその鬼に対峙してその存在がはっきり確定したら、そう陳情してみよう」
生真面目な様子で頷きながらそういう錆兎に、村田は
──ああ…そういう鬼がいる意義があるのかなんて考えたこともなかったなぁ…
と、聞いただけとはいっても知っていて何も考えなかった当時の…いや、今回もだが、自分の視野の狭さと比べて、なんでこいつは13歳なのにこんなに?と、もはや不思議に思うのだった。
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