「えっ?!そこは引き取ろうよっ!炭治郎!!」
結論から言うと副社長は自分が社長になりたかったわけではなく、純粋に伯父として妹の子である甥の炭治郎の身を心配し過ぎて会社に執着していたらしい。
なので炭治郎がこのままパン屋として身を立てていく当てがあるのなら、別に会社を継がなくてもいいとのことだった。
チェーン店を作る話も出ているし早々生活に困ることもない。
ということで炭治郎は良いとして、では誰が会社を継ぐか…となった時に、当然錆兎に戻ってくれと言う話があったらしい。
が、彼は社長として忙しく働いて時間を取られるならその時間を妻子に使いたいということだ。
それではその子に?との問いにも自分には好きなことをやらせてやれる資産もあるのだし子どもにも職業選択の自由を与えてやりたい…と答えたところで、炭治郎の子どもに継がせればよかろうと錆兎が提案したのだが、炭治郎の子の一彦は正確には炭治郎の子ではない。
さらにその本当の父母はあまり状況が良くないので一彦が跡取りになるとなったら色々良からぬ理由でちょっかいをかけてくるだろうから親子関係不存在確認の訴えの準備を進めているとの副社長の言葉だった。
確かに炭治郎と一彦とその両親だけの問題では済まない。
大企業だけに大勢抱えている社員達の生活にも直結してくるとなれば、そこは縁を繋いでおくのはリスクが大きすぎる。
当たり前に言う錆兎。
なるほど…そりゃあそうだよな…と納得している宇髄。
炭治郎は辛そうだがそれでもやはり納得している様子だ。
でも善逸は割り切れなかった。
自身も父に捨てられた母に自分の父…つまり善逸の祖父の元へと置き去りにされた子どもだったので他人事とは思えなかったし、一彦が居ない方が良い子どもという扱いの子どもにされるのは悲しすぎると思う。
「でもっ!でも、炭治郎が縁を切ったら一彦はどうなるのっ?!
そんな両親の元に送られちゃったらっ……」
と炭治郎の腕を掴んで言うが
「…俺だけならいい……けど、俺が財閥の社長の血をひいている限り、会社と無関係というわけにもいかないし、会社や兄さんにも迷惑をかける…。
どうしようもないんだ…」
と、炭治郎は視線をそらせて唇をかみしめた。
錆兎と宇髄は至極当たり前のことと納得しているし、頼みの綱の炭治郎も諦めてしまっていれば、もう善逸にどうこうできる問題ではない。
「…俺が育てる…とかじゃだめ?」
と聞くが
「あ~…お前はすでに無関係な人間じゃないからな。
一人で全てを捨てて僻地で暮らすとかじゃないと無理だな」
と、宇髄が容赦なく告げてくる。
しかしこの言葉で予想もしないところから救いの手が差し伸べられた。
「じぇんいちゅちゃんがいなくなるのはだめぇ~!
しゃくやのうさちゃんぱんを誰がちゅくるのっ?!」
と父母の間ですましてミルクたっぷりの紅茶を飲んでいた家主夫妻のお嬢様が、がちゃん!とカップを置いてソファーで立ち上がって頬を膨らませながら父親の手をとった。
彼女の言う桜のうさちゃんパンというのは、善逸が毎朝彼女のためだけに焼いているジャムから手作りしているジャムパンである。
「桜…行儀が悪い。座りなさい。
父さんが絶対になんとかしてくれるから。
うちの父さんにできないことは何もないから」
と、横からすっと手が伸びてきて、その母が彼女を抱き上げてソファに座り直させる。
「しょっか。とうたんはしゅごいしとだもんね」
と大人しくソファに座りなおす幼女。
その二人に曇りなき期待の眼を寄せられて顔を引きつらせる父親。
ちなみに…おそらく妻はプレッシャーを与えるつもりは微塵もなく、本当に夫なら何でもナチュラルにできると思っている。
そして……妻が何より大切な夫はその期待を裏切ることなどできやしないのだ。
「…わかった……」
少しののち、錆兎は大きくため息をついた。
妻と娘はその言葉でもうすべてが成されたのだと歓声をあげる。
「宇髄…そっちで十分な賃金で一彦の親を雇って海外に飛ばしてくれ。
金は俺が出すから。
うちの会社関連だとやばいし」
その錆兎の言葉に宇髄はにやにやと悪い笑いを浮かべた。
「お前、本当に妻子に弱いよな。
ま、雇うのは良いけどいきなりこっちからスカウトするような人材じゃねえよな?」
そして、どうやって雇う?と聞いてくる。
下手な雇い方をすれば事態を悪化させるだろう。
そこも錆兎はきっちり考えていたようだ。
「炭治郎が我妻に頼んだって形で。
一彦が実子じゃないことが副社長にバレてご立腹で親子関係不存在確認の訴えを起こさせられることになったのだが、扶養家族の分際でそれは止められないし血のつながりのある子を産んだという縁もなくなった状態で実家の方の援助は見込めないが、縁のあった人間が完全に追い詰められるのは忍びないからということで、宇髄の所の人気のパン屋のオーナーの友人に頼んだということで良いだろう。
で、宇髄の会社でも実績も技術もない人間を高給で雇い入れることは他の社員の手前できないが、会社の市場調査と言う名目で今まで社で支店がない国に住んでもらうということで給与を払っていく。
現地ではメイドを置いて通訳もつけて、普通に暮らしていればいいということで。
場所はフィリピンあたりでどうだ?
年俸1000万。その他住宅の購入費用とメイドと通訳を出す。
現地の平均賃金が2万6千ほどだから給与も使い切ることはないだろうしな。
老後までにひと財産築けるだろうし悪い話ではないだろう?」
「お~!太っ腹だな。
海外ならこっちに関わってくることもねえだろうしな。
了解だ。
雛鶴、手配しとけ」
「はい。ただちに手続きを進めます」
これに加えて現在の数千万円の借金も肩代わりすると言えば、まあ断らないだろう。
…ということで、一彦の両親の処遇についてはほぼ決まった。
「…それで親は良いとして、一彦だが……
どうしても親と言う存在を作りたいということで養子縁組を結ぶなら我妻とだな。
炭治郎は縁が深すぎてあとで揉めるし、そもそもが副社長が色々妨害をしてくるだろうから面倒だろう
元嫁に対しては、子どもは日本で育てた方が良いと思うが自分が引き取るのは伯父が許さないから同じくパン屋のオーナーの友人に名義を借りて養子縁組をしてもらって育てるということにしておけ。
だからお前たちが籍をいれるのでも、先に我妻と一彦の養子縁組をしたあとで我妻と炭治郎と入れたければ籍をいれろ。
自分の子どもを預けている手前、善逸と籍を入れると言えば粘着もされないだろう。
ただし我妻と炭治郎が籍を入れても炭治郎は一彦と養子縁組はするなよ?
お前の伯父貴は粘着質な男だからな。
お前を裏切った男女の子どもを養子にするなんていったらまたひと悶着だ」
「わかった。
…というか…善逸はそれで構わないだろうか?」
いったん勢いよく頷いたものの、ふと気が付いて恋人にそう尋ねる炭治郎に、善逸は彼以上に大きく頷いた。
「うん!俺は全然構わないよっ。
それより錆兎さん、ありがとうっ!」
と、礼を言う善逸の頭をぐい~っとその間に座るちいちゃな幼女に向ける宇髄。
そして
「お前な、礼を言うのはこっち。
このお嬢ちゃんが動かなきゃ錆兎の愛妻も動かず、愛妻が動かなきゃこいつは指一本動かすつもりはなかったからな」
と、にやにやと笑う。
ああ、そうだった。
と、善逸も気づいて幼女の前に移動して膝をついて視線を合わせると、
「桜ちゃん、ありがとね。
俺、明日も明後日も明々後日もとびきり美味しいうさちゃんパン焼くからね」
と、その小さなピンクの頭を撫でまわした。
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