「お前、このタイミングでそれ着てきたのかぁっ」
今日は炭治郎とその兄の錆兎が会社に執着があるならいっそのこと執着のある本人が継げばいいんじゃないかと黒幕である副社長と話に行ったということで、善逸は朝から落ち着かなかった。
もうどうせ落ち着かないなら休みで暇だしパンを焼いてしまおうと、家主の奥様である少しばかり天然が入っている義勇とその娘、そして何故かもうこの家の敷地に離れを建てて敷地内別居中の家主の親友にして善逸の職場の家主である宇髄の3人の嫁達に好きなパンのリクエストを聞いて焼き始める。
──おっいしぃぃ~!!!
──我妻さん、天才ですねっ!!
──さすがプロの味だねっ!
──プロにリクエストをして好きなパンを焼いてもらうなんて贅沢ですね。
と美女たちに口々に褒めたたえられるのは、いつもならすごく嬉しくて有頂天になるところなのだが、今回は色々心配すぎてどうしてもテンションが上がらない。
これで副社長がYes!と言ってくれればもう炭治郎は実家とかかわりを持たなくてもいいということになるので、跡取り問題も解消。
善逸と一緒にパン屋を営んでいくことになんの支障もない。
炭治郎の兄の錆兎が社員の説得に協力してくれるというので、それなら副社長の側からしても炭治郎を介するよりも直接の方が好きなことをしやすいだろうし、そちらの方がいいはずだ。
全てがうまく行くはず…と思うものの、これまでの人生で物事がうまくいったためしがないので、不安ばかりが募っていく。
そんな風に落ち着かない様子をしていると、大人よりも何か見えないものが見えるのか、色合いは家主に、顔立ちはその奥方にそっくりな愛らしい顔立ちの幼女がにこぉっと微笑みながら、
「じぇんいちゅちゃん、だいじょ~ぶだお」
と、ぴょこんと椅子の上に立って、横に座っていた善逸の頭をぷくりとした小さな柔らかい手でなでこなでこしてくれた。
この家主夫婦の愛娘、容姿は両親を足さずに割ったようにそっくりだが、内面の方もしっかりと面倒見の良い性格は父親似で、しかしどこかふわんとした物腰は母親似と、面白いほど夫婦を二で割ったような子どもである。
「まあ…錆兎がついているから絶対に大丈夫」
と、娘のその行動を見て、母親の方も寄って来てほわんほわんと笑みを浮かべて言った。
これは別に善逸のために楽観的に言っているわけではなく、彼女は本当に夫を信頼しきっている。
まあ彼女自身も色々と複雑な家庭事情で不遇な境遇だったのをたまたま政略結婚をした夫が颯爽と救い出してくれたらしいので、それはまさしく正しい認識なのだろうが…。
夫は夫で何でもできる人だったが孤独な生い立ちだったらしく、その孤独を初めて埋めてくれた妻を誰より愛している。
もうありえないほど溺愛している。
この博物館とかの公共施設くらいはあるんじゃないかと思うほど広い敷地に住居はもちろん、フラワーガーデンのみならず畑やビニールハウスを建てて敷地内だけで様々に楽しめるような家を作ったのは、ひとえに愛妻が彼女の実家のお家騒動に巻き込まれないようにという理由らしい。
愛妻を退屈させないため…それだけの理由で普通の家を何十件も買える額の家をつくってしまうあたりがぶっ飛んでいると思う。
そして…帰宅して結果と今後について話し合おうとなっていったん自室に戻って着替えてきた時に来ていた服が愛妻と色違いのキツネが小躍りしているトレーナーなのも嫁への愛ゆえだ。
宇髄が爆笑しているそれはどう見てもちょっとズレたところのある彼の愛妻のチョイスで、真面目な彼が選ぶことは絶対にないのだろうなと思うものではあったが、嫌がることも恥ずかしがることもなく、
「義勇が俺にふさわしいと思って選んでくれた服なんだから、何もおかしなことはない!」
と、笑われたことで逆に本人ではなく愛妻が少し不安げな様子を見せたので、どきっぱりとそう愛妻のチョイスを肯定するあたりが、もう一周回って逆に漢らしい。
セレブな美男美女夫婦なわけなのだが、お互いのお互いに対する愛着がすごすぎて、なんだか親しみやすい感じだ。
だから普通ならこんな立派な家に居候というと随分と恐縮してしまいそうだが、この家はなかなかに居心地がいい。
夫の言葉に嬉しそうに笑顔を見せる奥さんは可愛いと善逸は素直に思う。
「美味しいパンをいっぱい焼いておいたので食べながら話すならラフな方がいいですよね」
と、それを後押しするように善逸はそう言って籠いっぱいに用意しておいた菓子パンを中心にしたパンをリビングのテーブルに運んだ。
「それならお茶は紅茶がいいですね」
としっかり者で気が利く雛鶴がお茶をいれに席を立つ。
須磨とまきをは大きなベビーサークルの中で赤ん坊たちの世話係だ。
こうしてパンと紅茶が運ばれて、報告会が始まった。
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