政略結婚で始まる愛の話_81_子ども達の行く末

職業選択の自由がほぼなかった炭治郎なので、恋人に引きずられて目新しいものに惹かれているだけかもしれない…と、そんな判断で副社長は3年間、炭治郎にパン屋を手伝うことを提案した。
パン屋自体は今は宇髄コーポレーションの所有のホテル内で営業をしている人気のパン屋ということで、経済的には問題はないということもその判断の後押しをしている。

もしそれで恋人とパン屋をやっていくことで全く問題がないということであれば、副社長自身はもう炭治郎の社長就任は諦めても良いらしい。

そして話は次の段階に…。

「じゃあ、3年後、炭治郎がパン屋として生きていくとなった時には、先代の決定通り錆兎君が社長と言うことで…」
とその一言に、今度は錆兎が
「え?それは嫌なんだが…」
と、目をぱちくりさせた。

「え?しかし…」
その錆兎の反応も想定外だったらしく、副社長の方も驚きに目を丸くする。

「いや…俺も会社に関わるのは飽くまで炭治郎のためで、炭治郎の補佐という必要性がなくなったなら、妻子と楽しく隠居生活をしたい」
「え?妻子?!!」
と、こちらも副社長は初耳で、錆兎は一瞬、あ、しまった…と思ったが、まあいいかと開き直って話を進めることにする。

「実は義勇は性別を偽っていてな。
俺たちの間にはすでに長女と長男の二人の子どもがいる。
性別を偽っていた理由は知っての通り義勇の父親の義勇に対する執着だ。
籍入れてしばらくして知ったんだが…当時は会社に対しての執着とかを疑われていたからな。
義勇に万が一にでも危害を加えられるのが嫌だった。
本当に…元々社長の座への執着なんて微塵もなかったんだが、義勇と一緒になってからは時間を取られ過ぎる仕事に就きたくないと思い始めた。
金と言う意味で言うなら、持ち株の配当だけでも到底使い切れない金額が入ってくるんで生活を賄うのに困らないどころか勝手に貯まっていくから。
まあ子ども達の幼稚園や学校の手前、父親が無職というのも体裁が悪いし、宇髄の会社で顧問という名ばかりの役職に就けてもらっているけどな。
子ども達にも自由に生きたいように生きて欲しいと思っているし、好きなことをやらせてやるだけの資産も十分あるから、子どもにも別にうちの会社を継がせたいという欲求は全くない。
だからうちのことは本当に気にしないでくれ。
古参の社員達がいうような会社やあなたに対する恨みつらみも一切ない。
むしろ義勇と出会わせてくれて感謝しているくらいだ」

「ふむ…まあそれならそれで良かったかもしれないな。
本当にいざとなった時に直系に誰も子孫がいないというのはあまり好ましくない。
子や孫が何人もできれば、その中で継いでも良いという人間が現れないとも限らんし。
錆兎君には子ども時代から迷惑をかけて申し訳なかったが、出来れば子どもや孫にはもしやりたいことがなければそういう進路を取ってもらえないかと打診の言葉だけはかけてみて欲しい。
私が言えることではないが、創業社長からずっと親族で受け継いできた企業でいきなり全く血のつながりのない人間をトップに頂くのはあまり好ましくないと考える社員もあるし、会社に何も関係もなく思い入れもない人間をよそから引っぱってくるのは私も不安がある。
君の子孫に引き継ぐまではせめて私も罪滅ぼしもかねて極力会社を維持するために身を粉にして働こうと思っているから」

変われば変わるものだ。
あの副社長からこんな言葉が出てくるとは……
そんなことをしみじみ思う錆兎。

しかし…まあ今第二子がいておそらくまだ義勇も20歳にもなっていないので子どもは今後も産まれるだろうし、確かに一人くらいは会社経営に興味を持つ子どももできるかもしれない。…が……

「俺はさっきも言ったがそこそこ資産もあるしその気になったら起業もできる。
それなら炭治郎の子を育てて社長に据えるというのは?」


そう、副社長が炭治郎を心配したのと同じ理由で炭治郎の息子は後ろ盾がない。
母親は再婚相手と共に借金漬けだし、炭治郎に何かあればその子は一気に生活に困るだろう。
まあ…善意で善逸が面倒を見てくれる可能性もあるが、それを加味した人生設計はするべきではない。

そう思ったのだが、副社長は錆兎のその言葉に苦い顔をして見せた。

「あれは炭治郎の子ではないからな。
今、親子関係不存在確認の訴えの準備を進めている」

「いや、それはっ!俺はそのまま一彦を俺の息子として…」
炭治郎自身も副社長に知られていたことは知らなかったようで、その言葉に身を乗り出すが、副社長は淡々と

「あの子を普通に養育するのは止めはしない。
だが、お前は鱗滝財閥の社長の血をひいているということを忘れるな。
あの子を財閥に関わらせるということは、素行に問題のある母親が金や地位を目当てに子どもに接触を持とうとしてくる可能性がある。
だから会社…ひいては会社で働いている多くの善良な社員達のためにも、あの子はお前の親族ではないということをはっきりさせておかねばならないんだ」
と、説明をしてくる。


なるほど…企業の経営者のリスク管理的な意味では正しい。
正しいのだが、それでは一彦をどうするか…。

現在鱗滝家で錆兎の子どもや宇髄の子どもと一緒に育てているので、錆兎だって多少の情は感じているが、副社長の言葉は実にありうることで、そうなると自分の子に対する影響と言うのも考えざるを得ない。

炭治郎も同じく、会社と大勢の社員、そしてなにより自分を支え続けてきてくれた兄とその家族のことを考えると言葉がでなかった。

「あ~…その話はちょっと持ち帰らせてもらっていいか?
こちらでももう少し考えたい」
と、最終的にそれは若干考える時間を…ということで会社の跡取り問題と同じく先送りにすることにして、今回は会談をいったん終えて帰宅することにした。


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