政略結婚で始まる愛の話_80_何故跡取りなのか…

──炭治郎、お前は私のことを誤解している…

善は急げとばかりに錆兎にも同行してもらって炭治郎は翌日伯父に時間を取ってもらって話をしてみた。

自分は会社の社長には向かないと思う。
兄である錆兎も特に社長業に興味はない。
興味のない炭治郎に社長になれというよりは、伯父自身が社長を目指した方が良くないだろうか…。
炭治郎に跡取りを作れというより、自分で嫁を貰って作ればいいし、もし社内の反対がと言うなら、兄も自分も社員の説得に回っても良い。

炭治郎がそんな提案をした時に出てきた伯父の言葉がそれだ。


「私は別に自分が地位や名声を得たいと思ってはいないし、今私が副社長と言う地位にいるのはお前を社長にするためだし、お前が社長になった時に必要なら手を貸すためだ。
社長になったお前にとって不要だと感じたなら、その瞬間に職を辞しても良いと思っている」
と続いて言われて炭治郎はぽかんと呆けてしまった。
隣で兄も驚いた顔をしている。

「え?じゃあなんでそこまで俺を社長にしようと?」

ああ、もうそれが一番の謎である。
炭治郎を表に担ぎ上げて裏から自分が…ということだと錆兎のみならず実の甥の炭治郎ですら思っていた。

「どう考えても誰が見ても俺は社長業に向いていないと思う。
そんな俺を先代に正式に認められた能力のある兄さんを追い落としてまで社長にする理由なんて他に何もないんじゃないだろうか?」

もうこれは謙遜とかそういうことではない。
兄は圧倒的に上に立つ能力があって、物心ついた頃からずっとそういう教育を受けてきて、先代も兄がこのまま育つなら兄に任せたほうが安心と、できれば父を通り越して兄に直接社長業を引き継ぎたいと思っていたらしい。

そんな兄を差し置いて、社長業と言う能力で言えばおそらく人並以下であろう自分をそこに据えていいことなんて本当に何もない。
なのになぜ?!!

思わず身を乗り出すようにして聞いてみると、伯父は軽く目をつむって小さくため息をつきながら
──…だから…だよ。
と言った。

だから?
意味がわからずオウム返しに繰り返す炭治郎に伯父が言った。

「錆兎君の母親は名家の令嬢だった。
縁つなぎになることで社長の箔も付く。
そして生まれた子どもはまるで跡を継がせるために生まれたような優秀な男児で、先代社長は自ら社長業を叩き込むほどの張り切りようだった。
だが彼女が急死したあと、後妻に入った私の妹は社長とは本当に普通の恋愛結婚で、先代にも社員達にも良くも悪くも相手にされていなかった。
あまりに色々が違い過ぎて、比べることさえされなかったんだ。
妹は社長個人の妻でその子である炭治郎は個人の子。
一方で先妻は鱗滝財閥の総帥の息子の妻で先妻の子どもである錆兎君は鱗滝財閥の未来の社長で宝だった。
先代は妹を社長個人の妻として認めはしても未来の社長のパートナーとしては認めていなかったし、炭治郎を社長個人の子どもで自分の孫と認めていても、会社社長の一族としては認めていなかった。
そんな中で先代は代々受け継がれてきた個人資産を社長でなく錆兎君に譲渡したんだ。
つまり…社長は個人の資産を持たず、当然遺産として妹や炭治郎に与えられるものはないということになる。
妹は会社からの恩恵もなければ夫の一族からの恩恵もない。
夫である現社長が亡くなれば妹も炭治郎も身一つで追い出されることになる。
若くして見初められて仕事をする経験を持てないまま専業主婦として生きてきた妹が急に生活に困窮することになるのがあまりに哀れだった」

なるほど。副社長が炭治郎を社長の座に就かせたかった理由はわかった。
だがしかし…と錆兎は小さくため息をつく。

「別に炭治郎が社長になりたければなればいいと本気で思っていたんだが、そういう理由なら利口な方法だったとは言い難いな…。
確かに親父には個人資産はない。
だがそれなりの金額の給与は支払われているはずだし、貯蓄くらいできるだろう。
それでも心もとなければむしろ親父に多額の生命保険を掛けておくという方が良くないか?
やる気も適正もない炭治郎を社長に就けても本人は突き上げ食らうし…事実今もかなり食らっているし、針のむしろで気の毒だ。
それでも本人がやりたくて頑張りたいというなら、そういう人生もありだとは思うが。
義母さんも亡くなったことだし炭治郎は自分のやりたい道ができたのだから、開放してやってもらえないか?
人生が心配なら、なんなら炭治郎が普通に働かなくとも一生暮らせる程度の金を俺が贈与してやってもいい。
大卒男の生涯賃金が2億9千2百万らしいから、30憶もやればいいか?」

「兄さんっ!俺を甘やかさないでくれっ!!
俺だって自分の選んだ道を進むのなら大変な人生になる覚悟くらいするっ」

さらっと言う錆兎に炭治郎が兄さんは俺に甘すぎだっ!とぽこぽこ怒る。
でも弟は可愛いのだ。
この世で唯一の弟だ。
だから兄としてもそこは譲れない。

「何を言う。
お前の人生の自由を買い取ってやれるなら、そのくらい安いものだろう」
と当たり前に腕組みをしながら胸を張る。

そんな兄弟のやりとりに、なるほど別に自分が確保してやらなくても、炭治郎には兄の錆兎が過剰に色々を保証する気があふれているのだろうと、さすがに副社長も思ったようだ。

「わかった。
しかし炭治郎は社長にすべく育てたからやや世間知らずなところがある。
とりあえず3年様子見ということでどうだろうか?」
と、副社長が提案してきた。



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