政略結婚で始まる愛の話_79_発想の転換

正直…自分だったらこんな方法は思いつかなかったと思う。
飽くまで自分の側は思いやりのある常識人という立場を崩さずにとことん報復…。
これが企業の中枢で揉まれてきた人間と言うことか…。

何度も言うが自分のことならとにかく善逸にされたことを思えばこれがやりすぎとかそういうことを思うわけでは全然なくて兄には感謝の気持ちしかないわけなのだが、自分だったら怒りをそのまま相手にぶつけて自身の立場も悪くしている。
個人の問題で済むならそれも良いが、社員を大勢抱えている企業のトップとしてはそれはまずいと思う。

今回のことで炭治郎は思い知った。
自分は大勢の人間の人生を抱えなければならないような企業のトップには向いていない。
やっぱりパン屋の亭主くらいが一番いいんじゃないだろうか…
そのことは誰にも…いや、善逸以外の誰にも言えないのだが。



兄の家で居候をしている間も炭治郎の生活は変わらない。
日々大学に行って講義を受けて空いた時間に伯父の元で会社の仕事についての勉強。
正直学べば学ぶほどデスクワークよりも実際に体や手を使っての作業の方が楽しいと思う。

兄は現在の広い家に越してから裏庭でかなり大掛かりな家庭菜園をしていて、そこで採れた新鮮な野菜や果物は鱗滝邸での食事だけではなく、善逸が兄の親友の会社が経営しているホテルに出店しているパン屋の素材としても使われていて、炭治郎も畑仕事を手伝ったりもしていた。
もちろん時間のある時には善逸の手伝いもしている。

そうしていると特に思うのだ。
デスクワークの勉強をしている時間がもったいないな…と。


しかし炭治郎が会社を継ぐということについては色々と意見の対立をみているはずの伯父と兄、両方とも疑問を持たずにいるらしい。
兄はこんな企業のトップに向かない自分が社長になることについて何も思わないのだろうか…と聞いてみたことがあるのだが、

「そうだな…向いている向いていないより、やりたいかやりたくないかじゃないか?
俺はやりたくない。
そんな時間があれば義勇と子どもたちとの時間を大切にしたい。
だが、お前がやりたくて能力が足りないというなら、可愛い弟を手伝ってやるということ自体は嫌なわけではないから、手伝ってはやる。
お前も心の底からやりたくないということであれば……やりたいという奴にくれてやったらいいんじゃないか?
もちろん志と能力のある人間相手に限るが」
と、実に彼らしい言葉が返ってきた。

その言葉をきいて炭治郎も考える。
そして結論……俺もやりたくないな。


伯父は何故自分をそこまで社長にしたいのだろうか…。
自分の血縁だから…というだけなら、伯父本人がやればいいんじゃないだろうか。
跡取りが欲しいなら伯父が嫁をもらって子を作ればいい。
社長の血筋じゃないというのも、血筋である兄もやる気がないらしいし自分もやる気がないのだから、副社長にまでなっているわけだし、そのまま社長でもいいのではないだろうか。
どうせ自分が社長にということになっている現在も、兄を差し置いてと問題になっているのだから揉めるのも今更だろう。

「兄さん…」
炭治郎は思い切って言ってみた。
「うん?なんだ?」
兄の子が二人に兄の友人の宇髄の子が一人。
そして血はつながってはいないが炭治郎の子が一人と4人の子どもは兄の嫁と宇髄の3人の嫁が一人につき一人ずつ見てくれている。
そんな中で炭治郎は兄と宇髄に囲まれて話をしていた。

お茶は善逸がいれてくれて、外ではコーヒーを飲んでいるが実は日本茶党の兄が旨そうに茶をすすりながら炭治郎に視線を向けて、先を話すようにと視線で促す。
そこで炭治郎は自分の考えを述べた。

「伯父さんの失脚というより、伯父さんときちんと話をしてはダメだろうか?」
「…どういうことだ?」
「うん。無理に血縁だからって俺を社長にしないでもさ、伯父さんがさ、自分で社長になればいいんじゃないか?
作りたければ自分が嫁をもらって子を作ればいいし、兄さんの言う『志と能力のある社長をやりたい人間』って伯父さんじゃダメだろうか?」

「その発想はなかったなっ」
と、兄は目を丸くした。

「社長の血縁じゃないから揉めるかもしれないが、社長の血縁だったとしても兄さんじゃない以上俺でも揉めるわけだし、そのあたりは今更ということで。
少なくとも親の七光りしかない俺と違って副社長として仕事をこなしているのだから、能力的には俺よりましな気がするし…
兄さんが良ければ伯父にそう交渉してみようかと思うんだけど」

「俺は構わないが…もし決裂した場合、お前が我妻を諦めていないということがバレると思うんだが、そのあたりも考えているか?」

「もちろん!その場合、俺には俺の覚悟があるから。
善逸がどうであれ、俺の進む道は変わらない」

「そうか。それなら俺も協力してやるぞ。
古参の社員達に社長と認めさせる相手がお前から副社長に変わるだけだ」

「ありがとうっ!兄さん」


副社長の血縁で彼に好意を持たれているということもあるが、だますよりは正面から説得という炭治郎の姿勢は好ましいと錆兎も思う。
錆兎も協力をして副社長が社長にということになれば、もうさすが錆兎が会社に執着があるとは思わないだろうし、子ども達のことも堂々とできるし、めでたしめでたしだ。

こうして長く続く暗雲に光が射したかに見えたが、世の中は本当に思い通りにいかないものである。
長らくそんな状況で慣れていたはずの錆兎ではあったが、このあと炭治郎の付き添いで出向いた副社長との会合でそれを思い知ることになったのだった。


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