政略結婚で始まる愛の話_78_離婚の結末2

──もうそろそろ制裁第二段だな。
淡々と言う錆兎。

それに
──俺も優しい性格じゃあねえが、お前は怖ぇや。怒らせたくねえ…
と宇髄が苦笑する。

炭治郎も元嫁に怒ってはいたし自分だけならいいが善逸にまで手を伸ばした時点で地獄に落ちろ!くらいは思っていたのだが、兄の容赦のなさには驚きしかない。

…というかこれだけできるのなら、あれだけ嫌がらせの限りを尽くされ続けていたのによく自分や副社長に報復に出なかったものだと思う。
もっともこんなレベルの攻撃が自分に向けられていたら即病むこと請け合いだが…

なにしろ周りの人間どころか元嫁や浮気相手自身だってこれが報復だとは気づかないような…しかしとんでもない報復なのだ。


マンションのローンで巨額の負債を背負わせたのが金銭的な面からの報復だとしたら、今回のは社会的な面からの報復である。
慰謝料を請求する内容証明を送ったのだ。

もちろん当初の約束通り元嫁には慰謝料は請求しない。
請求するのは浮気相手に対してだ。

「よもや正式に離婚するのを1ヶ月引き延ばせという指示がこの慰謝料請求用に証拠集めをするためとは思ってもみなかったけど…」
と当時を思い出して頭をかく炭治郎。

そう、住居を探すのに1か月間くれと言ったのはこのためだったのである。

炭治郎は兄に言われるまま住居を探すふりをしつつ離婚を引き延ばし、子どもを一人にはできないから元妻が出かける時は自分が時間を作って子どもを見るからと言う理由で実に簡単に元妻が浮気相手と会う時間を聞きだしては兄に報告。
その報告に従って兄が興信所につけさせて浮気の証拠を集めていたというわけだ。

「いつどこから出発というのもわかってて、さらに元嫁も隠す気全然ないから堂々と出歩いてて、興信所にもこんな楽な尾行は珍しいくらいですって言われたぜ?」
とそれに興信所を紹介してくれた宇髄が笑って言う。

まあそうだろうが…炭治郎はいまだに兄が何故慰謝料を請求しろと言ったのかがわからない。
なにしろ興信所の費用に100万近い金を使ったのに兄に言われて請求した額はたった1万円だ。
慰謝料を取るということでどちらが有責なのかをはっきりさせておくという意味は確かにあるのだろうし、費用も兄が全て出してくれたので炭治郎の懐が痛むわけではないのだが、正直少しもったいないなと言う思いがあったし、それを口にする。

が、そろそろ内容証明がつくという今になって、その本当はえげつない意味を知らされて、炭治郎は青ざめた。

「いや…互いに接触禁止を決めたのもお前が相手の住所とかを知る術を持たないという理由で内容証明を会社に送らせるためだからな」
とにこやかに言う兄。

笑顔だが目が笑っていない。
目は笑っていないのに笑顔が爽やかすぎるのが怖い。

「一応俺はお前の兄だしな?
お前のすることの責任はある程度取ろうと思っている。
というわけで、一応、社会人として公私混同するのはいただけないんで、顔見知りの向こうの上司に、弟がちょっと接触禁止の誓約交わしてるせいで自宅住所がわからないから会社の方に私的な郵便を送らせてもらったので申し訳ないっていう詫びもちゃんと入れておいたからっ。
あ、一応な、お前は知らなかったかもしれないが、相手の会社は実家の会社の出入りの業者な?」

と、その兄の言葉に炭治郎は口に含んだコーヒーを吹き出しそうになって慌てて飲み込んでむせた。

相手の身元も全て調べてあったのか…
あちらからしたら、こちら側の会社の人間は間違っても怒らせてはならない相手ということは…会社の跡取りの嫁を寝取って略奪婚しましたなんて事が知れたら、たとえ相手が怒っている様子をみせていなくても、会社は大騒ぎ。
良くて減給、左遷。最悪解雇だろう。

それでなくともローンが払えず、おそらく多額の負債を背負うことになるのに、追い打ちをかけてそれである。

「…それ…下手すれば社会的にどころか、物理で死ぬんじゃないか?」
とさすがにそう言えば、兄はにこにこと爽やかさ満載の笑顔で

「こちらは誰も傷つけようとはしてないだろう?
お前は飽くまで浮気をされた側だ。
しかも元嫁に対して随分と思いやりある態度を取っているのは周りも認めるところだろう?
調停も裁判もせず、相手が有責でも元嫁が無職だということで慰謝料も取らず、再婚の枷になるだろう息子を引き取って養育費も請求せず、むしろ財産分与として、すでに4000万払込済みで残りローンもあと5年しかない物件を相手に譲った上で、個人の特有財産で分ける義理のない預貯金も半額以上渡してやって、相手と再婚して幸せに暮らして行けるように取り計らったわけだからな?
激高した周りが浮気相手に直接迷惑をかける事を危惧して、本当に請求するほうが金と手間暇かかるんじゃないか?という額の慰謝料を払わせるという形をとって相手を守ったくらいだしな?
でも知るすべのない相手の住所に送れなくて、相手の会社にそれを伝える旨の手紙を郵送という形になるから、相手が私用で会社の住所を利用してという形になると悪いと、相手の上司に自分の都合で会社に送ることになったので会社に届いたのは相手のせいじゃないからと、説明と謝罪までいれてる。
もう、これ以上なく細やかな気遣いをしているだろう?
単に相手を追い詰めたいだけなら、ふざけんな、人の嫁とお前のとこの社員が浮気しているぞ、ごらぁ!と会社に怒鳴り込んだ上で、二人から多額の慰謝料を取って無一文で放り出せばいいだけだしな?」
と言う。

傍から見ると、実にその通りなのが、恐ろしい。
全てこちら側は善意と思いやりでという形を取り続けたというのは本当に凶悪だ

実際はその“気遣い”をしないパターンなら、無一文といっても多額の負債までは背負わないし、だいたいの人間には白い目で見られるにしても、稀に浮気された夫の方も大人げないとか、会社を巻き込むななどと、見当違いの非難をしてくる輩もいる。

が…ここまで一見”相手のため”に動く元夫を演じられると、そこまで良い人を裏切って踏みにじった上に、実際、多額の財産分与を受けているという形なので、普通は遠慮するところなのにもらう物はもらっていく図々しい恥知らずの人非人と、さらに周りからの視線は冷たくなる。

金銭的にもおそらく数千万の負債を背負って無職。
周りに同情してくれる相手もなしで、助けも望めない。

腹が立っていた。
炭治郎は確かに激怒していたのだが、兄は炭治郎が激怒するほどのことをした相手を炭治郎以上に怒っていたらしい。


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