冷静な兄にしてはそれとわかるほど硬い声。
炭治郎はそれにも驚いたのだが、伝えられた事実にはもっと驚いた。
なんと嫁が善逸と連絡を取っていたらしい。
表向きは跡取りとなっていた炭治郎ではなく内々に兄の錆兎が跡を継ぐことになっているということを伝えていたことについて、その原因が炭治郎が善逸のパン屋を一緒にやっていきたいと言ったことが社長である父の不興を買ったせいだ、お前みたいに薄汚い貧乏人のせいで!と口汚く罵ったのを、たまたま手が離せずスピーカーにしていたために兄の嫁も一緒に聞いていて、発覚したとのことだった。
その話を聞いて炭治郎は激怒した。
自分の事はいい。
もともと炭治郎の方も愛情ではなく別の思惑があって結婚した相手だ。
だから相手にも誠実に自分を愛せとは言わない。
むしろ他に好きな相手を作ってくれてホッとしたくらいである。
だが、無関係の善逸に攻撃の矛先を向けたことは到底許せることではない。
少なくとも籍を入れてからは炭治郎は心の中ではとにかく、物理的には誠実に接してきたし、善逸にも一度たりとも連絡を取ってはいない。
もちろん他の女性に馴れ馴れしくしたこともない。
大学と仕事の勉強の時間以外は家事も育児も下手をすれば専業主婦である嫁以上にやってきたし、伯父から与えられている家計費から月に1万5千円の昼食代を差し引いた48万5千円は生活費として全て嫁に渡していた。
炭治郎が自宅にいる時には嫁が気晴らしに出かけてきたいと言えば気持ちよく赤ん坊の面倒を見ながら留守番をしたし、不自由もさせていないはずである。
そしていま、浮気を知ってもそれを責めることなく、相手の事が好きならば気持ちよく離婚をしようとまでしているのに、何故善逸を攻撃する必要があったのだ。
「離婚理由の嫁に好きな相手が出来たらしいと思った理由が何かはわからんが、そういう事実があったということも加味したうえでお前はどうしたい?
それでも飽くまで円満に離婚したいということであれば金は出してやるが、我妻にしたことが許せないということであれば、火の粉がお前や我妻に行かない方法での報復を検討してやる。
少し考えてみろ」
兄はそう言ったが考えるまでもない。
自分に対してならいくらひどいことをされても言われても仕方ないと思えるのだが、善逸に対してされたのは許せることではない。
「…兄さん、ごめん。許せない。
善逸は優しい奴だから自分がどれだけ傷ついたとしても報復なんて望まないと思うんだ。
でも…だからこそ、そんな善逸を傷つけたのを俺は許せない。
勝手だと思うんだけど許せないんだ」
そう言うと兄はただ、──そうか。なら任せろ。とだけ言った。
「よしっ!炭治郎からGO!が出たっ!
計画練るぞっ、宇髄!」
弟との電話を切ると、書斎ですでに作成中の計画案を開いたノートPCの前で錆兎は宇髄に声をかける。
「お~。でも嫁の浮気なら別にそこまで綿密に計画練らないでもいいんじゃね?」
と、宇髄は不思議そうな目を錆兎に向けるが、錆兎は
「いや、先々を考えれば炭治郎は飽くまで最後まで善意で接したという形を取りたいからなっ!
嫁有責で慰謝料を取るなんて方法ではなく、むしろ浮気嫁相手でも優しく善意で送り出したという形をとるつもりだ」
と、にこやかに言う。
笑顔が怖えなぁ…とおそらくかなり本気なブラコンの友人のそんな笑みに宇髄はただため息をついた。
こうして炭治郎の楽しく優しい離婚計画がその兄と友人の手によってプロデュースされていくことになるのである。
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