政略結婚で始まる愛の話_72_動き出す時

錆兎と義勇の娘は2歳の可愛い盛りになったが、鱗滝家はその他にも二人の赤ん坊がいてとても賑やかである。
正確には錆兎達の第二子の息子と宇髄の第一子の息子だ。

上の子もまだ手がかかる上に生まれたばかりの赤ん坊が二人もいるとなると、本当に毎日がてんやわんやで、家事と育児の手伝いをかってでてくれたまきをが大活躍。
本当に頭が上がらない。

宇髄の会社自体は落ち着いてきて社長業もだいぶ板についてきたので、錆兎も宇髄も極力定時で帰って自宅で子どもをあやしながら持ち帰った仕事をこなしたり、遅い時間の打ち合わせなどはオンラインに切り替えていた。

善逸も相変わらず鱗滝家の離れで暮らしていて、日中はホテル内の厨房でパンを焼いたりしているが、夕方に最後のパンを焼き終わると即帰宅して、家族のために美味しいパンを焼いてくれる。

これが家では大評判で、特に娘の桜は毎日義勇と同じ顔で同じ表情でふっくらしたほっぺを膨らませてあむあむと美味しそうにパンを頬張っていた。
なにしろ物心ついてからいつも焼き立ての美味しいパンを食べて育っているので、これは炭治郎の件に片がついて善逸が家を出て行ってしまうことになったなら大騒ぎだな、思うほどである。

パンがお気に入りなのは錆兎の愛妻も同じで、
──勇兎を産んだらいくら食べてもお腹がすくんだ
と、桜と同じ嬉しそうな顔でパンを頬張っていて、もう二人セットで世界で一番可愛いなと錆兎はそんな二人を間近で見ていられる自分は世界で一番の幸せ者だと思っていた。

だから強要は出来ないのだが、愛妻と愛娘のために出来れば善逸にはずっと離れで敷地内別居をしていて欲しい。
副社長の件が速やかに進んだら、炭治郎と一緒に暮らすのだろうし、それならここでと頼んでみようか…と、錆兎は思っていた。


まあとにかく普通の家よりは手が多いのもあって全ては順調にして平和的に回っているので、宇髄の方の仕事の手が少し空いてきた1年前くらいから、錆兎は徐々に実家の祖父の代からの重鎮達と秘密裏やりとりを始めていた。

そんなある日、かかってきた1本の電話で、ゆるりと流れていた時間が一気に動き出すことになる。



いつものように会社から自宅まで車で帰宅中になる携帯。
設定している着信音でわかる。
弟からだ。

どこに副社長の目があるかわからない。
もっと言うと、炭治郎の電話を盗聴くらいしていかねないので、自然と減ったプライベートでの電話。

最後に話したのは2か月ほど前。
副社長が狂喜乱舞した炭治郎の子が産まれた時の出産祝いのやりとりだったと思う。

そう、錆兎や宇髄の息子とほぼ同時期に、炭治郎も子に恵まれている。
祝いを贈って電話をしたら、なんだか少しばかり困ったような感じで、ありがとうと言われたのが最後だ。

困ったような声音だったのは、おそらく善逸のことがあるからだろうな、と、錆兎は思ったが、結婚以来、学生業と会社関係の勉強で忙しい炭治郎を置いて遊びまわり過ぎだと副社長が苦い顔をしているような嫁だったので、炭治郎が社長になるということがバレない限り揉めても慰謝料の方を追加してやれば喜んで別れるだろう。
なにしろ子が生まれてからも子を置いて楽しく遊んでいるくらいだというから、”そういう”女性を顔の広い宇髄に頼んで探してもらって正解だった。


親が大企業の社長で伯父が副社長。
学生のうちは何不自由ないように支援をするが社会人となったら会社には入社させるが普通に自立させる。
そういう名目のもとに家計費は月50万ほど渡しているらしい。

炭治郎が19で籍をいれてから2年弱。
年齢不相応な暮らしもあと1年ほどである。

そのため、裏では安心しきっている副社長の追い落としに錆兎が奔走していたが、炭治郎の表面上の生活が変わるとしたら1年後だと思っていた。

それが予測していた時期より1年ほど早く、炭治郎からその電話があった。

──兄さん、突然なんだが、俺、離婚するよ


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