政略結婚で始まる愛の話_71_大家族

この世に天使というものが本当に存在するとしたら、それは今目の前にいる愛娘に違いない…と、錆兎は思う。

ふわふわくりんくりんの宍色の髪に澄んだ大きく丸い藤色の瞳。
色合いは確かに自分と同じなのだが、その優しい愛らしい顔立ちはまぎれもなく義勇のものだ。

すべすべの肌にちいちゃな手足。
きゃらきゃらと高い声でよく笑う様子は親の欲目を抜いてみても世界で一番可愛らしい。

ああ、絶対に嫁になんてやれやしない。
…と、錆兎は自分は保護者である冨岡拓郎の手から半ば強引に義勇を引き取ったくせに、自分自身の娘に対しては今からすでにそんなことを思っている。


そんな風に互いの容姿を半々くらいで受け継いでいる娘だが、笑顔の娘を見て愛おしく幸せを感じながら、思えば自分も義勇も幼い頃にこんな風に屈託なく笑う子ではなかったんだろうな…と、そこを思うと少しばかり切ない気持ちにもなった。

自分はとにかくとして、愛するお嫁様の人生はゆりかごから墓場まで笑顔で埋め尽くしてやりたい感がある。
まあ出会う前のことはどうすることもできるわけがないのだが、これからはずっと笑顔でいさせてやれるよう頑張ろう。


出産後…義勇はどうなるのだろうと思っていたが、普通に母親になっていた。
正確には長兄の慎一が秘密裏に寄こしてくれた医者が色々と調べた結果、子を産むことで女性ホルモンが増えたため、下肢は当然変わらないが全体的に華奢なままやや柔らかく丸みを帯びた、女性のような体格になったというのが正しい。
つまり少年期を抜けても男性的な体格にならなかったということだ。

まあ出会った頃のままやや柔らかくなっただけで色々な意味で劇的な変化があったわけでもなく、互いに混乱もない。

元々は父親から逃れるため男らしくごつくなるまで…ということだったが、その父親は失脚しこちらに影響を及ぼせることもなくなったのでこちらの脅威は去ったとみていいだろう。

娘については義勇の父の執着という意味では錆兎の色合いを受け継いだ時点で外れるし、副社長に関しては生まれるまでは危害を加えられる可能性もあっただろうが、生まれてしまえばさすがに命を狙うまではできない。
まあそれでも嫌がらせくらいはあるかもしれないので、これも彼が失脚して金や権力に任せて大掛かりな影響を及ぼすことができなくなるまでは秘密にしておこうと思っている。


…ということで鱗滝家は問題なく幸せだ。
なんなら今は義勇の腹には第二子が宿っている。
無事産まれたら年子になる腹の子は今度は男らしい。
一姫二太郎というやつだ。

第一子の時にもひどかったつわりだが、第二子の時もやっぱりあって、しかし第一子の時と違い、食べられるものが多い。
もっと言うなら、毎日プロのパン屋が色々希望に沿った焼き立てパンを焼いてくれるので、吐き気がないわけではないが日々食事が美味いらしい。

「善逸、このブリオッシュすごく美味しい!」
とふわふわの菓子パンを頬張るお嫁様は可愛い。
ああ、大変可愛い。

だが目つきがとても鋭くなっていたのだろう。
同じ食卓についていた宇髄の嫁の須磨に

「錆兎さん、顔怖いですよ~。
眉間にしわが…」
と、指先でぐりぐりと眉間のしわを伸ばされた。

ああ、自分は義勇のことになると心がどこまでも狭くなる。
身重の妻が美味しく食べられるものを作ってくれているのだから、善逸には感謝をしなければならないのに…と、そこで理性ではそう思って、錆兎は苦い笑いを浮かべつつ反省する。

そう、宇髄の嫁の中で須磨はよく義勇と共に食事を摂るようになっていた。
どうしてかと言うと、今、彼女の腹にも赤ん坊が居るからである。


元々は宇髄家は子を作らない予定だった。
理由は嫁は全員平等にという宇髄の方針の中で、嫁の一人の雛鶴が不妊だと判明したからだ。
一人が産めないなら全員産まない、と決めていたらしいが、今回錆兎が巻き込んだ諸々で色々変化があったらしい。

娘の桜が生まれた時、錆兎は宇髄の側の会社の諸々だけでなく炭治郎のために実家の諸々でも動かなければならなかったため、かなり忙しく、可能な限りは子育てもしようとはしていたが実際は義勇の負担が大きくなってしまうので、宇髄の嫁達がかなり助けてくれていた。

義勇とは仲良しの須磨は義勇と一緒に赤ん坊を愛で可愛がり、しっかり者のまきをは義勇が疲れている時にはミルクをやっておむつ替えをして、日常的に沐浴まで手伝ってくれて、離乳食が始まれば色々調べて離乳食を作って食べさせてくれる。

桜がそうやって錆兎と義勇の子ではあるが大勢の家族の手で健やかに育っていくのを見るにつれ、別に誰が産もうと宇髄の子であることには変わりはないし、この家には子を育てる環境が揃っているので、誰が産んだ子ではなく宇髄の子がいてもいいんじゃないだろうかという空気が出来てきた。

もう一つには善逸のパンが評判が良く、ホテル内のカフェの片隅ではなくパン専門店として展開しようとなった時、嫁の一人の雛鶴が事務や広報などを仕切る形になってきたため、彼女は彼女で仕事関係で特別に貢献するようになってきたということもある。

身体的に産める産めないではなく、仕事の補佐で時間がない。
それなら産める誰かが産んで、手が空いている人間が子育ての中心になり、みんなの子として可愛がればいいじゃないか。
…と、最終的にそんな結論に到達した。


それでもまきをは色々思うところがあったようである。
自分は産まない。須磨が産めばいい。
そう宣言した。
一人だけ産めないというより、一人産めるという方がいいんじゃないかというところが本音のようだが、もちろんそれを口に出すほど愚かではない。
自分が一番子育ての実務ができるから、子を産めば手が足りなくなって大変になるだろうし、宇髄の子には不自由なく良い環境で育ってほしいと理由を説明した。

結果、産むのは須磨。
少しばかりマイペースすぎる義勇と須磨が産んだ子の育児の中心はまきを。
雛鶴は仕事や雑務で宇髄を支えていく。
そんな役割分担で今鱗滝家は非常に問題なくくるくると回っていた。

ということで左の離れは増築。
もう離れと言うよりも普通の邸宅で、嫁達だけでなく宇髄本人もそちらに帰ってくるようなったので、本当に大家族になっている。

全てが平和、全てが順調。
…そう言いたいところだが、トラブルは思わぬところからヒタヒタと足音を立てながら近づいてくる。



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