政略結婚で始まる愛の話_70_鱗滝家

え?なに?ここはお城??
一体どのくらい走っただろうか。
車は少し郊外にあるとてつもなく立派な石門の前にたどり着く。

その前で錆兎が
──開門!
と口にするとゴゴッ!と重い音を立てて開く門。

え?なに?これ中世の映画のセットとか?
と、その荘厳な様子に善逸が呆然としていると、目の前に開けたのは実に見事なフラワーガーデンだった。

車が中に入ると自動で閉まる石門。
左右を見事な花々に囲まれた道の向こうに見える豪邸。
その家の左にはすでに離れというには随分立派な建物があり、右側は建築中。
善逸が住む離れは建設中と言っていたから右側の建物なのだろう。

そんなことを考えているうちに中央のお屋敷の車止めに車がとまる。
当たり前のように運転手の手で開かれる車のドア。

──錆兎さん、おかえりなさいっ!
と、笑顔で出迎えてくれた美女に、
──錆兎さんの奥さん?
と、善逸が隣に立つイケメンの自分よりわりと高い位置にある端正な顔を見上げると、彼が答える前に女性が
──とんでもないっ!奥さんはもっと若くて可愛い子ですよっ
と明るく笑って否定した。

それに錆兎が
「彼女は親友の宇髄コーポレーションの社長の奥さん。
俺の嫁さんはもう臨月だから一人にしておくのが心配なんで来てくれてるんだ。
実は嫁さんの実家もお家騒動や何かで揉めていて頼れそうにないから、母屋の向かって左側には宇髄の家族が住んでいて、色々面倒を見てくれている」
と、補足で状況を説明する。

なるほど。
兄の方も決してすべてに余裕が有り余っている状況ではないらしい。
それでも弟可愛さとはいえ、こんな面倒ごとを抱えた全く見知らぬ他人の善逸の保護までしてくれるのだから、かなり良い人だと思う。

善逸にしてみればとてつもない豪邸なわけだが、庭の花々の手入れ以外は基本的に主人である錆兎と友人の家族だという3人の美女たちで維持しているらしい。

最初に会ったのが一番年上でしっかり者の雛鶴、そのほかにこちらも言葉はややきついが根は優しい働き者のまきを、そして最後の一人はそそっかしくてどこか抜けているが憎めない可愛い感じの女性須磨。

錆兎は友人の家族と言っていたし、最初に雛鶴を友人の妻と紹介されていたので、てっきりあとの二人は友人か雛鶴の姉妹か何かかと思ったが、全員友人の内縁の妻らしい。

3人も?!とさすがにギョッとした善逸だったが、錆兎はそれに
「不誠実なわけではなく、色々事情があってな。
本人たちも納得しているし一人だけ籍を入れるということも気が引けるということでこういう形を取っているんだ」
と、フォローを入れてきた。

そうして肝心のイケメンの嫁だが、これが可愛い。
背は女子にしてはやや高めで中性的と言えば中性的な感じだが、ほっそりと華奢で、肌は真っ白髪は真っ黒、そしてとても美しい青い大きな瞳の愛らしい美少女だ。

炭治郎の兄の錆兎は19歳の炭治郎より6歳年上の25歳。
善逸は20なので4つばかり年上なだけだが、お育ちが違うのか随分と大人に見える。
そんな彼の溺愛しているというお嫁様はなんと16歳。
早生まれで誕生日がまだということなので、学年で8学年、実年齢からしたら9歳も年下なのだが、錆兎が大人びているためさらに年の差があるように見えた。

そんなお嫁様は本当に夫である錆兎を信頼しきった様子で寄り添うし、錆兎は錆兎でそんな年下のお嫁様が可愛くて仕方がないといったふうで、見ていて大変微笑ましい。

なんだか見ていて少し気恥しくなるくらいに仲のいい二人に、善逸はしばしば自らの身の不遇も忘れてしまうくらいだ。

錆兎がいない間のそんなまだ幼げなお嫁様のお相手は宇髄の3人の嫁の中で一番若い須磨で、他の二人は家の家事やら維持管理を仕切っていて、善逸もただで住まわせてもらっているのだからとその手伝いをさせてもらうようになった。

この家はなんだか温かさに満ちていて、炭治郎の事がなかったとしてもあまり幸せとは言い切れなかった善逸からすると、たいそう居心地のいい優しい場所に思える。

そんな中で主に家事を担当するまきをを手伝いつつ気まぐれにパンを焼いてみたら随分と好評で、パン屋だから焼いて当たり前のパンを焼いただけですごいすごいと大絶賛をされ、毎日いろいろなパンを焼くのも日課になった。

「こんなに美味しいパンを焼けるなんてすごいですよねっ!
天元様にも食べさせてさしあげたい」
と須磨が言い出して、それに賛同した雛鶴が夫の宇髄コーポレーションの社長様に献上したらなんだか気に入って頂けたらしく、普通にパン屋で売るのが目立ってダメならと、宇髄コーポレーションの経営するホテル内のカフェレストランで販売してもらえることに。
なんだか色々が嘘のように順調で、善逸は忙しいながらも楽しい日々を過ごすことになる。

もちろん炭治郎の事を思わない日は一日たりとも無くて、ひどく悲しい気持ちにとらわれることもあったが、その都度いろいろ善逸の気がまぎれるようにと心を尽くしてくれる鱗滝邸の皆には感謝の言葉もない。

特に炭治郎の兄の錆兎は本当なら出産間近のお嫁様の傍に居たいのであろうに、炭治郎と善逸のために会社内外に色々働きかけるために奔走してくれている。

そうこうしているうちにあっという間に1ヶ月近くが過ぎ、お嫁様が産気づいた。
帝王切開で産むらしいのだが、金持ちだからか大切すぎて外に出すのが嫌なのか、驚いたことにこの屋敷には手術の設備が整っていてここで子を産むらしい。

お嫁様の実家が製薬会社で色々伝手があるらしく、お嫁様の実兄が手配した医者と宇髄の嫁のうち雛鶴とまきをがお嫁様と一緒に手術室に入っていった。

そうして善逸は手術室の前で青ざめる錆兎に付き添う。
いつもの余裕のある様子が嘘のように動揺する錆兎。
お嫁様も大変そうだが夫の方もなんだか大変そうだ。

大丈夫かと聞く善逸に大丈夫じゃない!と即答した彼は、
──義勇の腹にメスを入れているなんて考えただけでショック死しそうだ
と、普段の豪胆な彼からするとありえないくらいの弱気な言葉を吐く。

まあそれだけ彼の中でお嫁様は特別なのだろう。
そんな風に伴侶が大切で心配でたまらないという様子もまた、善逸から見ると微笑ましい。
自分と炭治郎では絶対に経験できないイベント。

善逸は男だから自分が出産するとかは想像もしたことがないが、炭治郎との子が残せるとしたならば、腹を切るくらいなんでもないのにな…と、そこを少し悲しく思った。


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