錆兎と言うのは義勇の同門の兄弟弟子で彼が誰よりも大切に想っている相手である。
しかも村田と義勇を含めた同期全員、彼のおかげで最終選別を生きて超えられた、いわゆる命の恩人、人生の恩人であるのだから、それを悪しざまに言われたとなれば、そりゃあ温和な性格の彼でも怒るだろう。
切実にこの場から逃げたい…そう思いながらも、義勇とは可能な限り向き合うと自分で決めた手前、村田は逃げることが出来なかった。
別に誰に宣言したわけでもないので逃げたければ逃げればいい。
しかしそこで心の中でそんな言い訳をして逃げられるほど彼は器用な男ではなかったのである。
「えっと…俺、見舞いに来たんだけど……取り込み中?」
そんな風に聞くまでもなく取り込み中だよなぁと思いつつも果物籠を揺らしながらそう声をかけてみると、
「村田も言ってやってくれっ!錆兎はすごい奴だったんだっ!!」
と、義勇にグイっと腕を掴んで引き寄せられる。
利き手を失くして左手でつかんでもさすが柱、たいした握力、たいした腕力だ。
村田は感情的になっている義勇から話を聞くのは無理そうだな…と思い、義勇に引き寄せられながらも視線を不死川に向けた。
本当は怖い。
村田だって不死川を怖くないわけではない。
柱稽古の時も容赦なく叩き潰されたし、普段の言動行動も粗暴で威圧的で恐ろしい。
一般隊士と柱なので本当に柱稽古の時くらいしか接する機会はなかったのだが、その厳しさは体と心に叩き込まれていた。
だが、その唯一の機会であった柱稽古では、あれだけしごかれたにも関わらず後に引きずるような怪我をさせられることはなかった。
食事も甘露寺の所のようにオシャレで豪華でというわけではないが、なんだかホッとするような家庭料理が中心で、なんとそれは不死川自身が作っていたと聞いている。
…うん…悪い人じゃないんだよなぁ、きっと…
と、そんな思いで見ていると、不死川は気まずそうに視線をそらして頭をガシガシかきながら──…手……と、つぶやいた。
「…手?冨岡の?」
と、いきなり想定外の話になって首をかしげる村田。
それに不死川は
──ぁあ”~?!!他に誰のがあるんだァ?
と、悪態をつきながらも、さらに意外な話を展開していく。
「利き手が使えねえとこれからの生活も不便だろうから、仕方ねえから俺が一緒に住んで手伝ってやるって言ったんだ。
そうしたらこいつ、自分が一緒に住むのは錆兎だけでいいっつ~んだ。
そいつの名は以前ちらりと一緒になった隊士から聞いたことがあってよォ、最終選別で死んじまった奴に今てめえの面倒をみられるわけじゃねえだろって言ったらキレた」
──…ああああーーー
村田は片手を額に当てて天井を仰いだ。
不死川は単に義勇に今助けの手が必要で、死んだ人間にはそれはできないだろうと言っただけで、義勇はその不死川の最終選別で死んだという言葉が最終選別で死ぬくらいの人間に助けられはしないだろうという意味に取ったのだろうと思う。
そこでさて双方を収めるには…と村田は急いで考えを巡らせた。
義勇は滅多に怒らない人間だけに怒ると根深い。
元々の不死川の義勇に対する態度もあいまって、不死川が自分に好意的な感情を向けるというのはありえないと思っているし、単に死んだ人間が今手を貸すわけにはいかないだろうという意味だったと言っても信じないかもしれない。
これはきちんと双方に理解できるように色々を紐解いていかねばなるまい。
とりあえず…不死川はキレやすいが話が通じない人間ではない。
そう信じて村田は彼に向き直った。
「不死川さん…」
「おう」
「不死川さんは、死んだのが交通事故だろうと最終選別だろうと無惨戦だろうと関係なく、死んでしまった人間に今この瞬間に冨岡の手助けをできるわけじゃないだろうということを言いたかったんですよね?」
「…他にどういう意味があるんだァ」
一応確認。
不死川に他意があるならまた色々話し合わねばならないが、村田が思った通り他意はないらしい。
なのでこちらはクリア。
そこで村田は義勇を納得させるべく、まず不死川の方に説明することにした。
「えっと…これからする話をちょっと聞いてもらいたいんですけど…」
「…おう?」
「冨岡にとって…というか、奴を知る人間にとって錆兎って人間はちょっと特別な存在で、その扱いについて理解してもらわないとちょっと揉めるっていうか…。
とどのつまり、冨岡がいきなりキレたのはたぶん、その”最終選別で死んだ”を”最終選別くらいで死んだ隊士になれなかった奴”という風に言われたと捉えたからだと思うんです」
その村田の言葉に義勇はまた今度は村田にキレそうになったが、村田が
「わかってるっ!あいつがすごい奴なのはお前だけじゃなく、俺や死んだ同期達も全員が身に染みてわかってるっ!俺達にとってはあいつは柱よりもすごい奴だっ!」
と宥めると、──わかっていればいい…と、大人しくなった。
村田はそれからそんな二人のやりとりを不思議そうに眺めている不死川に向き直る。
そうして再度不死川に対する説明作業に入ることにした。
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