──義勇…大丈夫か?苦しくなったらすぐ言えよ?
随分と長い間、下がらなかった熱。
胸の痛みも息苦しさも完全に消えたわけではなかったのだけれど、家に帰りたいのだ…と泣きながら訴えたら、錆兎は自宅療養に切り替えてくれた。
そして、ちょうど撮影が終わったばかりでオフを取れたので、ずっとそばに付いていてくれる。
入院中、あの2人で暮らしたマンションにもう自分の場所がなくなってはいないか心配で、とにかく一刻も早く戻って確認をしたかったのだ。
もちろん当たり前だがそんな事はなくて、錆兎が運転する車で戻ったマンションでは、義勇が出て行く前と全く変わったところのない部屋のベッドの上で、一足先に帰宅したクマのぬいぐるみ、サビ君が、まるで何事もなかったかのように義勇を出迎えてくれた。
いや、何も変わりなく…ではないか……
マンションに戻った義勇はまだ安静にするように言われていて、部屋に戻ってまずパジャマに着替えたのだが、着替え終わって枕元に鎮座しているサビ君を抱き上げて、さあベッドに入ろうかとブランケットに手を伸ばすと、いきなり錆兎に有無を言わさず抱きあげられた。
「え??」
と驚きつつ硬直していると、そのまま義勇の寝室を出て錆兎の寝室へ。
「義勇はこれからは寝る時もこっちな。
寝室別だと万が一容態が変わっても気づけないから」
「え?ええっ?!!!ちょっと待った…!!」
「あ?」
「だって…え??錆兎は?どこに寝るんだ?」
まさかまさか?と思っているとやっぱりまさかで、錆兎はあっさりと言い放つ。
「俺のベッドはセミダブルだし、義勇細いから一緒に寝れるだろ。
義勇が嫌なら俺の寝室のソファはソファベッドだから、俺そっちに寝るけど?」
うあああ~~~~!!!
動揺した。
いや…恋人というからには別に同衾しても全くおかしくはないのだろうが、朝目覚めてあんなにカッコいい顔が間近にあったら心臓が止まってしまいそうだ…。
かといって…大スターをソファで寝かせるなんてありえない。
しっかりと横抱きにされたままちらりと顔をあげると、少し不思議そうに首をかしげつつ、綺麗な藤色の目が見下ろして来る。
…だめだ…無理…心臓が止まる……
かといって一緒に寝るのが無理とか言うのも失礼すぎる気がするし……
──俺…寝相良くないんだけど……
と、これが義勇の精いっぱいだったのだが、そんなささやかな抵抗は
「わかった、じゃ、義勇が壁側な?
俺は寝相悪くないし、義勇がベッドから落ちたら大変だから」
と、当たり前に封じられた。
そしてその後、
「…蹴飛ばしてしまうかも?」
と、それでも本当に最後の無駄な悪あがきが
「義勇の蹴りくらいなら余裕だな」
と、にこやかにかわされたことで、義勇はとうとうこれから毎日この売れっ子俳優と一緒のベッドで寝る事になったのであった。
朝も朝で
「義勇、おはよう。ああ、起きんなよ。朝食運んであるから」
と、以前はコーヒーのカップだけだったはずが、最近錆兎は朝食のトレイを手に起こしにくる。
そして少しでも体力を使わないように…と、自分が食べさせるのだ。
義勇が肺炎で入院して退院してからすでに1週間がたとうとしているが、相も変わらずこの調子だ。
病院で義勇が今までロクな食生活をしてこなかったせいで病気に対する抵抗力や体力が著しくないのだと言われたのが原因らしい。
しかし、しかしだ、もう治ったから退院したのだ。
別に病人ではないのだから普通に過ごして問題はない。
義勇だってオーディションで選ばれて錆兎と暮らすまでは、普通に毎日バイトをして暮らしていたのだ。
そう主張しても、錆兎に義勇の大丈夫は信用できないと却下された。
――ちゃんと寝てるから大丈夫って言われて目を離したら死にかけられた時の俺がどんな気持ちだったか義勇にわかるかっ
と涙目で訴えられると何も言えない。
まあとにかく義勇は未だにあのマンションで錆兎と暮らしている。
なんというか…撮影の期間限定ではなかったらしい。
あー…まあ、色々誤解していたことについては悪かった…と思う。
思うから…少しだけ素直に……
「仕事絡みの期間限定じゃないなら……」
「…ん?」
「気持ちが追いつくように精いっぱい甘やかしてもらう……っていうことで?」
「当然」
気持ちなんてとっくに追い越して追いぬいているのだけれど…それを伝えても大丈夫だという自信を持てるように……
そう思って口にした提案を、いつでもどこでも誰がいても、真面目な分自他共に厳しいキャラとして認識されていることなどどこへやらの錆兎に、ひな鳥を守る親鳥のごとくきっちりきっかりお守りされることになった義勇が後悔する事になるのは、そう遠いことではない。
もっともそれが錆兎にとっても新たに強力なファン層の心を鷲掴みにするきっかけになったのだから、世の中わからないものだが…。
まあ、そんな未来の事はさておき、
──旅行に行こうぜっ!義勇
と、それは突然の鶴の一声ならぬ錆兎の一声であった。
義勇の退院後1週間と少しした頃。
自宅療養にも、錆兎のベッドにも慣れたとある朝の事である。
いつものように朝食のトレイを手に寝室へとやってきた錆兎は、これもいつものようにさ~っと窓際のカーテンを開け、燦々と朝の爽やかな日差しを背に浴びて言ったのである。
旅行に行こう!…と。
何事も計画性を重んじる錆兎にしては珍しく突然だ。
別に異論はないわけだが不思議なものだと思ってそれを口にすると、錆兎はこれもいつものようにベッドサイドに椅子を引っ張って来て座り、サイドテーブルに置いてあった朝食のトレイに手を伸ばしながら言う。
「あ~…俺からするとぜんっぜん突然ではないんだけどな。
俺がちゃんと告白したつもりで出来てなかったのが去年の夏の別荘だし。
どうせならリカバリは高原の別荘からって思っただけなんだ。
で、退院してすぐだとまだ容態の急変とか怖いし、でもあんまグズグズしてるとこのあたり桜が咲いてしまうだろ?
桜が咲いたら義勇と花見がしたいしな。
だから今!というわけだ」
当たり前に淡々と…でもどこか楽しそうにそう語る錆兎。
そう説明されれば、なるほど!と思う。
まあそういう事情をおいておいても、別荘に行くのは義勇も大賛成だ。
だって…あの夏は楽しかった。
義勇にとって初めての旅行。
そして…あの時はこれが最後なんだろうな…と、楽しみながらもどこか悲しい気分だったわけなのだが、ちゃんと次があった、もしかしたら次の次も、それこそ恒例くらいに何回も行ける事になるのかもしれない…そう思えるのは幸せなことだ。
「うん!行きたい!」
と大きく頷けば、
「ああ!実はそのつもりでもう支度しておいたから、午前中に病院行って最後の診療受けたら、そのまま向かうぞ!」
と、錆兎も嬉しそうに笑った。
そして午前中、病院で診療を受け、そのまま高速へ。
錆兎に言わせると今乗っている高速は山の中を通っているせいもあって、海側を通るもう一本の有名な高速道路に比べると、どこか単調で華やかさにかけるらしいが、義勇からしたらビルの多い都会を抜けて、両側の景色が緑生い茂る山に変わったあたりで、本当に旅行に来ているんだなと思えて、もうワクワク感満載だ。
そもそも生まれ育った街からほぼ出る事なんてなかった義勇からしてみれば、旅行に行けるなんて身分がすでに華やかだと思う。
普通の道路を走るよりも早く過ぎて行く景色を見るだけでも楽しいが、途中のサービスエリアに寄るのはもっと楽しい。
義勇がそれを楽しみにしているのも知っているので、錆兎は小さなパーキングエリアは通りすぎるが、大きなサービスエリアは停まってくれる。
「このSAで飯食うな~」
と、実に正確にきっちりとスペースのほぼ中央に車を停車し、そう言ってエンジンを切ると伊達眼鏡をかけて錆兎は言った。
ドラマや小説などではお忍びの芸能人は真っ黒なサングラスをかけるものと相場は決まっている気がするのだが、錆兎いわく…
「真夏の暑い日ならとにかくとして、この季節にそんなもんかけてたら余計に目立つだろ」
と、言う事で、伊達眼鏡をかけるのが常である。
それでも…よくよく見ればわかってしまう。
錆兎には圧倒的なオーラのようなものがあると義勇は思う。
平日の昼間という事で人もそう多くはないのだが、そんな中で眼鏡をかけていてもどこか一般人と違う空気を纏っている錆兎が、普通にフードコートでラーメンを食べているのにすごく違和感がある。
細いように見えてがっちりと筋肉の付いた腕。
その先の少し骨ばった男らしい手が綺麗に箸を持ってすくった麺が、若干大きめの口の中に吸い込まれて行く。
そんな当たり前の光景すらカッコいいわけなのだが……
「あ?一口欲しいのか?」
あまりに見惚れすぎていたらしい。
視線に気づいた錆兎がピタリと箸を止めて視線だけ送ってくるのに、フルフルと首を横に振るが、
「遠慮すんな、ほら」
と、蓮華に丁寧に麺とスープを少量いれて差し出してくれるので、断り切れずに口にする。
撮影で散々キスシーンどころかベッドシーンまで演じはしたものの、リアルでは触れるだけの口づけを一度かわしただけ…のところの間接キスだ…と思うと、味なんてわかるはずがない……
義勇は黙って真っ赤になった。
(お~~~い…可愛すぎるだろう……)
錆兎は自分の正面で真っ赤になる義勇を前に内心悶えている。
告白したつもりが演技の練習だと思われていたっ!!
そんな衝撃の事実が発覚。
そのせいで恋人が肺炎を起こして死ぬところだったなんて、本当に自分で自分を殴りたい気分になった錆兎は、夏に告白したつもりになっていた場所、高原の別荘で告白し直すべく、義勇を連れて移動の最中である。
山の側を走る高速道路。
海の側のそれに比べるとどこか地味な感じが否めないが、義勇はドライブというだけで楽しいらしい。
前日に近所のコンビニにクマの財布を抱えていそいそとおやつを買いに走る姿はあり得ないレベルで可愛らしかった。
ただの車での長距離移動でそこまで喜んでもらえると、錆兎としても嬉しい。
飲み物は保温タンブラーにそれぞれコーヒーをいれて出発だ。
ランチは…作っても良かったのだが、去年の夏に行った別荘が初めての長距離移動だと言う義勇は、色々な事が全て珍しく楽しいので、当然ながらサービスエリアに寄るのも大好きだ。
例え錆兎からするとなんの変哲もないレストランとフードコート、売店やコーヒーショップなどがあるくらいのサービスエリアでも寄るのを楽しみにしているので食事はそちらで摂る事にする。
案の定、昼に立ち寄った大きくはあるが特に変哲のないSAのフードコートで、何を食べようかと立ち並ぶ店にきらきらした目を向ける義勇がいた。
そんな様子はまるでお菓子やおもちゃを前にした幼い子どものようでとても可愛い。
俺の恋人、世界で一番可愛いよなっ…と、浮かれた気分で思いながら、結局ハンバーグをピックアップする恋人を横目に錆兎は無難にラーメンを選んだ。
味自体はまあ普通。
特別不味くもなければ美味くもない。
こういう大きなSAのフードコートに過剰な期待を寄せてはいけない。
基本、とてつもなく不味くはないもので腹を満たしたい時に来るところである。
とはいえ、まだ肌寒い事もあって温かい汁物は温かいというだけで美味しい。
冷めないうちにとすすっていると、気づけば恋人が目の前で自分にキラキラとした視線を送っていた。
いや、これは…自分にじゃなくて温かそうなラーメンになんだろうな、と、恋人に対してはあまり自信のない錆兎はそう思って、
「あ?一口欲しいのか?」
と聞いてやったが、義勇はぷるぷると首を横に振る。
…が、義勇はいつもだいたいなんでも遠慮する性質なので、今回もそれかと思い、
「遠慮すんな、ほら」
と、蓮華に麺とスープを少量いれて差し出すと、案の定パクンと口にして……
真っ赤になった?
え??
「悪い、熱かったか?」
自分的には不味くならない程度に十分冷ましたつもりだったのだが…と思いつつそう言うと、それにも義勇はふるふると首を横に振る。
そして錆兎よりも一回り小さな白い手を口にやってうつむくと、小さな小さな声でつぶやいた。
──…間接キス…だなと思って……
………
………
………
うあああーーーー!!!!
ゴン!と錆兎はつっぷした拍子にテーブルに頭をぶつける。
「ちょ…それ反則…。
可愛すぎだろう……!!」
との言葉をどこをどう曲解したらそうなるのか
「ごめん…可愛い女性だったらよかったんだけど…」
などと言うので、そこはきっぱり
「お前だから可愛いんだよっ!!」
と、訂正しておく。
そう、この手の言葉はいちいち口にして訂正しなければならない。
錆兎は甘い言葉を吐くのは得意ではないのだが、そんな事は言っていられない。
中途半端にお茶を濁すと、このとてつもなく自己評価の低い恋人はどこまでもマイナス方向に暴走するのは、今回の事ではっきりわかったので、同じ轍は踏むまいと、そこは自分の方向性の方をきっちり軌道修正した。
別荘についたのは夜だったので、互いにシャワーを浴びてパジャマに着替えたところで、昨年の夏過ごしたかつて知ったるはずの寝室に入った義勇は、驚きの声をあげた。
理由はおそらく前回来た時は確かに普通の部屋だったそこが、大きな半円形のドーム型の天井になっていること。
まるでその部屋の屋根のように義勇の切れ長の目がまんまるく見開かれる様を見て錆兎は満足感を覚える。
「これ…?」
と、振り向いた恋人が目で問いかけてくるのに、錆兎は
「驚くのはまだ早いぞ?」
と、スイッチをいれると、部屋の灯りがパッと消え、天井に星が映りだす。
そう、錆兎はこの義勇が驚きで目をまんまるくするのを見るのが大好きなので、そのためだけに寝室を半円形に改装した上に、数百万かけて業務用プラネタリウムの投影機を購入、設置したのだ。
ベッドも特注で電動式。
角度を変えられるようになっている。
うぃ~~んとスイッチでややベッドの背を起こすと、見事なまでにまんまるく見開かれる義勇の綺麗な青い目と、ぽかんと開く桜色の小さな唇。
「え?ええ??プラネタ…リウ…ム???」
動揺してわたわたする様子が可愛らしくて、錆兎は吹きだした。
「ああ。義勇を驚かせたくて去年、ここから戻ったあとに改装させてたんだ。
本当は今年の春先あたりに来て驚かせようと思ってたんだけどな。
予定よりちょっと早くお披露目だ」
そう言いつつ義勇をベッドに促す錆兎。
義勇をベッドの中央に座らせると自分もその隣に座って、再度スイッチを押す。
すると音楽と共に浮かび上がる星空。
「う…わ………」
感嘆の声をあげて天井に向ける恋人のキラキラした目を見るのに忙しくて、錆兎の方はせっかく改築した天井など見る余裕もない。
本当に…喜ばせたかったのだ。
今まで幸せから遠かった分、自分が側にいるようになってからは、愛情をめいっぱい注いで幸せにしたい…
貧しい生活の中で旅行など行く余裕もなく、去年はじめてここに連れて来た時に、初めて見る満天の星空にこんな風にキラキラと目を輝かせながら、義勇が言った言葉が
『TVで見たプラネタリウムみたいだ…』
で、それで彼が空気が綺麗な場所でしか見られない本物の綺麗な星空どころか疑似的な星空すらTV以外で見る機会もない生活をしてきた事を目の当たりにして、思う存分に見せてやりたくなった。
いや、見せてやるなんて言い方はおこがましいか…
単に自分が室内に散らばる星空を見て目を輝かせる恋人を見たくなったのだ。
こうして当初の計画通り目を輝かせるありえないレベルで可愛らしい恋人を堪能。
恋人の方はしばらくはただただ星空に魅入っていたが、やがて全く上方に向かない錆兎の視線に気づいたらしい。
「…錆兎?
せっかくこんなに綺麗な装置をつけたのに、見ないのか?」
と、きょとんと不思議そうに小首をかしげた。
ああ、そんな仕草一つ一つが奇跡のように愛らしく愛おしい。
「俺がこれをつけたのは、別に星を見るためじゃないしな」
と言うと、義勇はまた零れ落ちそうに大きな目を丸くする。
ああ、本当になんで自分の恋人はこんなに可愛らしいのだろう。
「俺はな、自分が星空見るんじゃなくて、星空見て自分の方が星みたいに目をキラキラさせる義勇を見たかったから、こいつ取り付けたんだ」
と本当の事を言うと、目をまんまるくしたまま、真っ白な顔だけが見る見る間に薄暗闇でもかすかに分かるレベルで赤くなった。
こう言う事を言われ慣れていない恋人様は、羞恥に目を潤ませてわたわたと動揺する。
そんな義勇を錆兎はぎゅっと抱きしめて言った。
「義勇が望む事はもちろん、それ以外でも好きそうなもの揃えてやるからな。
俺から逃げるな。
100歩譲って、他の人間のところに逃げるなら連れ戻しにいってやるけど、神様のとこは勘弁してくれ。
簡単に特別なんてつくらない俺に特別だと思わせてしまったんだから、諦めて俺に一生縛られておいてくれ。
その代わり、全身全霊でどんな事からも守るから。
絶対に大切にするからな」
抱え込めばすっぽりと腕の中におさまってしまう細い身体。
もぞもぞっと動くので少し腕の力を緩めてやると、義勇は巣穴から顔を出す小動物よろしく錆兎を見あげた。
そして、それは錆兎の腕の中の錆兎より一回りほど小さな手でぎゅっと錆兎のパジャマの胸元を握りながら
──…錆兎が…俺が居て良いって言うなら……
と、心細そうな様子で言うのに、錆兎の中で何かが…主に理性的なものが、プチっと音を立てて弾けた気がする…。
そして脳内……
【いやいや、待て待て、錆兎。
まずいよな?
撮影中に手を出さなかったのは理性だ。
うん、手ぇ出してしまったら多分翌日に差し支えないレベルなんて事はきっとできない。
だからそれは正解だ。
じゃ、撮影終わった今なら?
いやいや、ダメだろ。
相手は病みあがりだ。
いや…でもシチュエーション的には……
何言ってんだ、馬鹿か、お前はっ!!
抱き殺してしまったらどうするんだ!
却下だ、却下っ!!!
男だろう!男として生まれたならば耐えるべし!】
脳内で天使と悪魔が格闘する。
かろうじて天使が辛勝。
そう、もちろん元々はそのためにセッティングした部屋と言うのもあるのだが、当初の予定では普通に撮影が終わって、少し時間が出来たところでゆっくりとデートを重ねて数カ月。
告白して1年後に…というつもりだった。
よもや告白を告白と受け取られていないと言う事も、それで義勇が出て行ってしまう事も、もちろん、それで体調を崩すなんて言う事も、想像のはるか想定外の事だった。
そんな想定外だらけの事が起きたおかげで、予定よりも随分と早くここにいるわけなのだが、だからと言って、病人を押し倒して良いと言う事には到底ならない。
我慢、我慢…と思うものの、動きを止めて百面相をしている錆兎をやっぱり不安げな目でじ~っと見あげる恋人様の可愛さは最強最凶で……
「…さびと…何か怒ったのか?
……俺の事……嫌になった…か?」
じわりと大きなまるい目に浮かぶ涙を見た瞬間、悪魔の逆転サヨナラホームランで、天使がはるか宇宙の彼方へと飛ばされて行きそうになるが、耐える。
「嫌うわけ無いだろう?」
と、言いつつ、錆兎は出来る限り優しく、義勇の唇に口づけを落とした。
そうだ、用意したものはこれで終わりではないし、するべきことを終えていない。
男ならばまず、きちんとしなければならないことをするべきだ。
錆兎は大きく深呼吸して煩悩を断ち切ると、いったんベッドを出て、部屋の壁沿いに設置しておいた箱にかかっていたシートをざ~っと外していく。
「…ええ??」
と、また大きく見開かれる義勇の反応はとても満足のいくものではあったが、とりあえず先に言うべきことを言わなければ…と、その部屋を囲む箱の中に大量に用意した紅いバラの中から、11本だけ用意していた白いバラを取り出して、ベッドの上にぺたんと座っている義勇のもとへ戻った。
ベッドの上でまず、錆兎は
「義勇、受け取ってくれ」
と、薔薇の花を一本渡す。
そして
「…?…ありがとう」
とそれを受け取る義勇に伝えていく。
「薔薇の花1本贈る意味は『お前しかいない』」
そしてさらに2本追加で渡して3本
「3本…愛している」
そしてさらに1本追加4本
「4本の意味は『死ぬまで気持ちは変わらない』」
さらに1本追加5本
「5本でお前に出会えた事が心から嬉しい」
1本追加の6本
「6本、互いに敬い愛し分かち合いたい」
そして最後一気に5本追加で11本
「11本。この世の誰より愛している。
そして…この部屋をぐるりと囲んでいる赤いバラは今渡したものと合わせて999本ある」
「999本?」
「ああ。999本の意味はな、『何度生まれ変わってもお前を愛す』だ」
──これを…続けるとな?
と、錆兎は真っ赤になって硬直する義勇を抱きしめて耳元で囁いた。
お前しか居ない…愛してる。死ぬまで気持ちは変わらない。
お前に出会えた事が心から嬉しい。
互いに敬い愛し分かち合いたい。
この世の誰より愛している。
何度生まれ変わってもお前を愛す
こうしてドラマで始まり終わるはずだった恋は星空のした、ドラマで始まり永遠に続いていく愛に変化を遂げた。
そう、二人の物語はここから始まり続いていくのだった。
と、別ジャンルの原作では、この後は二人でアイドルユニット組んで人気のレギュラー持ったり、最終的にバンド組んだりと色々活動していきますが、錆義ではとりあえずここまで。
── 完 ──
何回読んでも素敵すぎて脳みそが溶けそうになります。こんなに切なくてピュアなお話を拝見出来て幸せです🥰✨
返信削除書いて下さり、本当にありがとうございました🙇💐
こちらこそ、読んで下さってありがとうございます。
削除ラストはハピエン派ですが、途中少し切ない感じの話は書いていて楽しくて好きなのです✨