きしむ心臓…
「…ぎゆ…う……いやだ……」
自分のものではないようなかすれて弱々しい声が遠くに聞こえる。
一気に視界が絶望に薄暗く塗りつぶされていく。
そんな中で錆兎は呆然と立ちすくむしか出来ない。
気づけば止まらない涙で滲む視界。
義勇の命を助けようとしてくれている人達の邪魔にならないように…それだけが唯一自分に出来る事だと、目の前に横たわる義勇を抱え込んでしまうような行動に出ないように、理性を総動員して身体中にグッと力をいれて耐える。
それでも耐えられなくて…耐えきれなくて、これは映画の中の事なのだ…と自分に暗示をかけた。
手を伸ばしたくてもディスプレイで阻まれて、手が触れる事はできないのだと…
ああ、これがフィクションの物語だったらどんなに良いだろう。
OKのサインが出ると、義勇が起きあがる。
――死んだ役なのに途中で少し動いちゃって…
なんて不安げに錆兎を見あげてきて、自分はそれに対して、
――監督のOKが出たんだから大丈夫っ!俺から見たらまるで本当に義勇が死んじまったみたいで、泣きそうになった
なんて抱きしめるのだ。
そう…これがフィクション(撮影)だったなら……
まるで現実感がない…そう、現実感がなさすぎて……
――現実じゃないなら生きるために呼吸をする必要もないんじゃないか?
なんて思った瞬間、周りから空気がなくなった。
ひゅうっと喉から変な音が出た。
呼吸が…できない……
――錆兎??
苦しくて喉に手をやると、遠くで慌てたような声がした。
いや、遠くでと思ったのは間違いだったか…
錆兎が遠くに感じていただけで、実際はすぐ隣にいたらしく、労わるように差し伸べられる手…
それを錆兎は跳ねのけた。
いいんだっ!俺はもう死ぬんだっ!義勇がいないなら生きてたって仕方ないっ!!
死ぬんだっ!死なせろっ!!
ガキの癇癪のようだ…と思うものの止まらない。
なんで、なんで、なんでっ?!!!
大切にしてたっ!
健康にだって気をつけていた!
毎日毎日、それまでロクな食事をしていなくて栄養状態が良くない義勇が少しでも丈夫になるように、どんなに忙しくても可能な限りきちんと素材から吟味して栄養のある食事を作って摂らせていたし、夏の暑い日には日射病に気をつけて、冬の寒い日には風邪をひかせないように、気を配っていた。
大切にしてたっ!大切だったんだっ!!!
叫んだつもりの言葉は呼吸ができなくて苦しい息の下、かすれた呟きにしかならない。
呼吸ができないなんて経験は初めてで、でもそれにホッとした。
動物は呼吸ができなければ死ぬ。
このまま死ねば恋人とずっと寄りそってやれる…守ってやれるんだ……
明らかに様子のおかしい錆兎に、さすがにまずいと思ったのであろう。
宇髄を含めた数人が駆け寄ってくるが、錆兎は最後の気力を振り絞って助けようとする手を必死に拒絶した。
涙が止まらないのは苦しさか安堵からか…
どちらにしろ酸欠で薄れつつある意識…
だが、その時だった。
寝台の方についていたスタッフの歓声に視線をむければ、生体情報モニタが生存を示している…
「ぎゆうっ!!」
伸びてくる全ての手を振り払って駆けよれば、小さく弱々しいものではあるが、確かに呼吸をする義勇。
…ああ………
そこで完全に力が抜けて、ベッドのわきで錆兎はへなへなと膝をついた。
「えっと…お前自身の体調は大丈夫かよ?
ダメなようならちゃんと治療受けろよ。
…義勇、ずっとお前のこと呼んでたから…目を覚ました時にお前が倒れてたら下手したらショック死すんぞ」
少し苦笑交じりに隣に立った宇髄が言う。
「ああ…平気。大丈夫だ…。
義勇が生きてる限り、俺はこいつを守らないとだから、絶対に死なないし倒れない」
との言葉通り、さきほどまでの息苦しさは不思議ときえていた。
…義勇…早く目を覚ませ…帰って来い。
…お前が出て行った理由が俺の想像の通りなら…俺はちゃんと訂正しなきゃならないし、誓ってやるから…ずっとお前が年を取って天寿をまっとうするまでお前を守ってやるからって…
そうだな、その時まではロクなものを食ってなかったせいで貧弱で強くならなかった身体が少しでも健康になるように、辛い事だらけだったせいか悲観的ですぐ泣くお前がいつも健やかで笑顔で過ごせるように、ずっとおはようからお休みまできっちり守ってフォローして…年を取って寿命が尽きたらお前をちゃんと看取ってから俺も死ぬ。
絶対にお前を1人にしたりしない。
俺は俳優でアイドルで…先輩にとっては後輩で、後輩にとっては先輩で…父親にとっては息子だけれど…それよりなにより一番の身分は義勇の心身の警備員だ。
義勇の身体は守って心は幸せになるように…
一生それを第一に考えて生きるから…それをわかってないなら、何度でもわかるまで伝え続けるから…だから、早く戻って来い。
頼むから…頼むから……
さきほど取れないままシーツに沈んだ自分よりも一回り小さい手を両手で包むように取ると、それを口元に持ってきて、口づけた。
するとピクリとその手が動く。
ハッとあげた視線の先にはふるり…と小さく揺れたあと、ゆっくりとあがっていく長いまつ毛と開いていく瞼
その奥から綺麗な青みがかった瞳が現れたところで、全身…そして心が震えた。
「…ぎゆう……ぎゆう…ぎゆう、ぎゆう、ぎゆう……」
その他の言葉なんてもう忘れてしまったかのように、錆兎が繰り返し呼ぶと、義勇はきょとんと童子のような邪気のない目で、不思議そうに錆兎を見あげる。
「…え…?……さ……」
何か言おうとするか細い声は、その半身を引き寄せて号泣する錆兎の泣き声で消されて行った。
子どものように泣いて泣いて…普段の自分ならなんてみっともないと思ったのかもしれないが、そんな事ももうどうでも良い。
義勇が…最愛の義勇が生きている。
まだ…失くしてなかった。
それだけが嬉しくて泣き続けていると小さな手がおそるおそるといった様子でいつもとは逆に錆兎の頭を撫でてくる。
それがなんだかくすぐったくて幸せで、今度は笑いがこみ上げて来て、クスクス笑いだすと、
「…えっと…なんか…大丈夫か?」
と、どうやら頭の心配をされたようだ。
だがそれにも腹の一つもたつことなく、
「ああ、大丈夫。義勇がこうして生きて目を覚ましてくれた瞬間に大丈夫になった」
と、錆兎は泣き笑いをしながら言った。
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