政略結婚で始まる愛の話_66_冷ややかな会合3

──親父たちが信じるかどうかはわからないが…
話の前にまずそう前置きをする。

ことが炭治郎の結婚話となれば、そこは本来錆兎が口をはさむところではなく、関係ないのに口をはさめば探られたくない腹を探られることになりかねない。
だから交渉をと思えばその理由から説明せねばならないだろう。
そこで錆兎は自分にとっては当たり前で…さらに炭治郎にとっても当たり前であろうことをあえて口にすることにした。

「俺は炭治郎のことは皆が思っている以上に大切に思っている。
言いたくはないが親父は炭治郎が10歳の時に母が亡くなってからも金は寄こしてもほぼ帰ってこなかったから、俺は炭治郎とこの世でたった二人の家族のように生きてきたんだ。
炭治郎はまだ保護者を必要としている幼い子どもだったから、年が離れていたこともあったし俺は自分が炭治郎の兄であると同時に親代わりのつもりで生きてきた。
だから自分が跡取りから外されても本当に全く不満はなくて、むしろ幼くして重い荷を背負わされることになった炭治郎を身を削ってでも守り助けてやらねばならないと思ってきた。
現在は大切な嫁が居て嫁が一番ではあるのだが、それでも炭治郎が可愛い弟であることは変わりない。
そして同時に親友の宇髄に差し迫っている問題のために宇髄を優先して宇髄の元で仕事を手伝ってはいるが、もし炭治郎に助けの手が必要になったとしたら、やはり戻って手を差し伸べてやると思う。
…というのが大前提で、大切な弟を想う兄として親父たちに頼みたい」

その錆兎の言葉に炭治郎はすでに涙目で、父と副社長は結婚の話に当事者の炭治郎ではなく錆兎から言葉が投げかけられることに少し意外そうな顔で彼の次の言葉を待っている。

「結婚は仕方ないと思う。
だが相手はこちらより立場の強い人間にしないでやってくれ。
会社の維持に必要で炭治郎の方が気を使って関係を継続しなければならない相手ではなく、例えばいつか子を設けたあとなら互いの同意があれば関係を解消しても問題のない…できれば普通の女性にしてやって欲しい。
幼少時から家庭に恵まれず、そのまま会社のために義務的な結婚生活を送らせるのはあまりに忍びない」

確かにいつか父親と副社長の追い落としに成功して炭治郎を自由にしてやれることができる時に離婚させることで荒れた会社にとって大きな敵になる相手を作りたくないので、誠意ある保証をつけることで済みそうな相手が良いということもある。
が、それ以上に色々と負担の大きい炭治郎に負担になるようなマウントを取ってくるような相手との生活を強要させたくはない。

なので相手にその提案に他意がないことを示すために感情面を全面的に出して申し出たあと、しかし父親はとにかく副社長はそんなことで流される男ではないということは身にしみてわかっているため、

「…という兄としての望みとは別に、企業人としての意見としては、父方以外に資産や身分の後ろ盾がない上に、俺を跡取りにという先代の意向を無視したやりかたを潔しとしない古参がまだ多くいて会社内の人心掌握をしきれていないまだ未熟な炭治郎にあまり立場的に強い嫁をもらうと、未熟さに付け込まれれる可能性もなきにしもあらずだからな。
二兎を追おうとせずに跡取りを確保するということに専念したほうがいいと思う。
もちろん宇髄の方のごたごたが落ち着いたら俺も所帯を持って次代の跡取りを見据えて進み始めた炭治郎のためにそのあたりの社内の古参達を説得して気持ちを炭治郎を中心とした方向へと向かせる協力はするつもりだが、そんなに短い期間で出来ることではないだろう?
今もだが…当座は社内の結束が弱い状態だし、そこに外部の強い力を持った人間を入り込ませるのは反対だ」
と、会社の事情を考慮した意見も出しておく。

それには副社長も共感したらしい。

「確かにそれは言えているな。
立場が強いだけではなく、炭治郎の身分を利用しようとするような女もだめだ。
あまり前面にしゃしゃり出てこられれば、それでなくとも敵の多い炭治郎の立場を悪くする。
…そこで錆兎君に相談なのだが…」
「俺に?」
「ああ。炭治郎の嫁には私の周りの伝手を使って一般家庭の娘を数人集めて本人に選ばせようと思うんだが、下手に嫁がしゃしゃり出てこないよう、炭治郎の地位がしっかり確立するまでは炭治郎の嫁には一部の人間だけが知っていて他には隠しているが、炭治郎ではなく君が次期社長になることになっていて、炭治郎は社長の息子なので最終的には部長クラスくらいにはなるかもしれないが社長にはならないと伝えておきたいと思っている。
そうすればまだ社会経験未熟な炭治郎を利用して会社に影響を与える可能性もないし、炭治郎がしっかりと社長として機能するようになれば、やはり優秀なので…とでも言って社長の座についても問題はないだろう」

それを聞いて錆兎は唖然とした。
驚いた顔の錆兎に副社長は何か?と尋ねるように視線を送ってくるので、
「…いや…随分信頼されたものだなと思って」
と、思わず率直な思いを述べてしまう。

あれだけ何をやっても用心に用心を重ねていた副社長がたとえ炭治郎の嫁に対してだけとはいえ、錆兎が社長になる予定だなどという嘘をつくとは思わなかった。

それに副社長は
「ああ、君は本当に義勇君との生活以外に興味がなさそうだったから。
宇髄コーポレーションでも飽くまで表に出ず、陰で色々手を回す形で助けているようだしね」
と、なるほど、その時点では完全に信頼せずに向こうで本当にこちらに対する敵対行動になるようなことをしたり、錆兎自身の基盤固めをしたりしていないかを探らせていたということか。

ここに来る前の時点では本当に宇髄の方が落ち着いたらなんだったらもっと田舎に大きな土地を買って家を建てて引っ込んで、なるべく目立たぬよう子どもを育てようと思っていたので、腹の子の事以外は探られても痛いことなどなにもなかったのが幸いしたようだ。

「そもそもがもし君が本当に社長になるとしたら、今度は女性と結婚して跡取りを作れといわれるのは君になるからな。
大切な大切な伴侶を捨ててまで君が社長の座にしがみつくとはさすがに思わない」
と、このところの義勇の実家騒動で錆兎がいかに義勇を守るために奔走したかを知っているのもあって、そちらの諸々も今回の判断材料になっているのだろう。

まあ副社長が勝手に疑心暗鬼になっていただけで、元々錆兎自身は義勇と出会う前から特に会社の社長の座に執着はない。
祖父の頃から尽くしてくれた社員達にある程度の思い入れがないわけではないので、それで会社がつぶれそうになるとかいうことであれば、自身が介入するのも致し方なしとは思うが、そうでなければ少しでも長い時間を義勇と共に過ごすことに費やしたいところだ。

それでも炭治郎の幸せのために権力を早々に父親と副社長の手から取りあげて炭治郎に渡し、なんならこれから炭治郎と籍を入れる嫁に誠意の気持ちを表すのに使う金を出してやるまでは仕方ないので手伝おうと思う。

義勇と己の子の3人の時間は削られてしまうが、考えてみれば副社長の手から権力がなくなれば子が産まれたことも子の戸籍の関係で義勇の戸籍上の性別を変えたことも隠さないで良くなるし、3年以内にそれを成し遂げれば子を普通に幼稚園に通わせることもできるから、自分としてもめでたしめでたしなんじゃないだろうか…。

と、そんなことを思いながらも錆兎はそんな考えを持っていることはおくびにも出さずに

「とりあえずなるべく早い段階で炭治郎が会社の人心掌握をできるように頑張ってくれ。
それまでは協力はするが、役目が終わったら仕事からは隠居したい。
俺は可能な限り長い時間を嫁と楽しく過ごしたいんだ」
と笑顔で宣言した。



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