──結婚生活が楽しくてなによりだ。
と副社長は義勇との生活が順調で幸せなことを語る錆兎ににこにことこたえる。
なのに錆兎は今目の前で副社長が口にするその言葉にゾクリと嫌な予感を覚えた。
実父である社長も炭治郎もその言葉に特にひっかかりを覚えることなく、この冷ややかな会合の本題に入る前の平和で和やかな話題を穏やかな表情で聞いている。
そう、これにひっかかりを覚えているのは錆兎だけだ。
おそらくながらく副社長とやりあってきた経験から小さな違和感も見落とさなくなっているのだろう。
今の彼の言葉は単純に錆兎に対する祝福ではなく何か裏がある。
そう思って錆兎は用心しつつ副社長の次の言葉を待った。
一応義勇の身辺の安全には最大限の注意を払っているし、引っ越し先はセキュリティを万全にしている。
それだけでなく、宇髄など本当に信用のおける人間以外には住所を明らかにせず、自分が留守にする時には基本的には武道をも心得ているうえにしっかり者の宇髄の嫁達が守ってくれているのだ。
だから大丈夫なはずなのだが義勇と一緒になって以来ずっとイレギュラー続きなのでどうしても緊張はする。
しかし副社長の口から次に出てきた言葉は錆兎の予想から大きく外れて、彼ではなく炭治郎に向けられたものだった。
──炭治郎も錆兎君を見習って早く身を固めなさい。
はああ?と錆兎は口を開けて呆けた。
「いや…さすがに早いだろう?
炭治郎はまだ19だし…」
と次の瞬間に身を乗り出して意見を述べるが、副社長は
「楽しい時間が6年間長く続くと思えば、早い方がいいだろう?」
とにこやかに言う。
ああ、これは…と、錆兎は一つの可能性を思って内心苦々しく思う。
それを錆兎が口に出して確認をする前に副社長が自ら語った。
「あれから調べさせてもらったが…我妻善逸君、だったか。
私が身辺に気を配り過ぎるあまり、炭治郎は彼女の一人も作れない状況だったからな。
少しばかり気が優しくて頼りないところのある友人に対する庇護欲を恋情と勘違いしても仕方ない。
しかし財閥の跡取りである炭治郎には子どもが必要だからな。
恋愛がしたいというなら私が可愛いお嬢さんを探してあげよう」
副社長のその言葉に炭治郎は何か苛立ちの言葉を口にしかけて、しかしすぐハッとしたようにそれを飲み込んだ。
おそらく悲愴な顔をしていたのは、そういうことも覚悟して戻ってきたからだろう。
これを断ればおそらく今の恋人に未練ありと思われて確実に何かしらの危害が加えられるだろうし、この話を蹴るのは難しい。
仕方がない…最悪な事態を避けるために相手の要望を受け入れるにしても少しでも炭治郎の負担が軽減するように…と、錆兎はそんな方向で次善策を考え始めた。
そう…錆兎の時とは逆に子が産める相手をあてがってくるのだろうから、子を産んだあと速やかに炭治郎と距離を取ってくれる相手が理想なのだが、ビジネス的な…いわゆる政略結婚の場合は会社同士のつながりがあるから、それも難しい。
今後副社長の追い落としに成功するにしても失敗するにしても、これ以上大企業の敵は作りたくないところなので、出来れば別れたり家庭内別居に入るにしても影響の少ないあたりで…。
錆兎はそんな条件を脳内でまとめながら、なるべく副社長から譲歩を引き出すべく、説得の方法を考えた。
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