政略結婚で始まる愛の話_64_冷ややかな会合1

重い空気の流れる中、久々に会う兄弟二人が待っていると、

──だから最初から錆兎に継がせておけば良かったんだっ!
と、シン…と静まり返った廊下に社長である父の苛ついた声が響き渡る。

社長や副社長の執務室や専用の応接室が連なるエリアなので部外者がいないということで内情を駄々漏らしにしながらこちらに来たのだろう。

それに対して
──炭治郎だって自分の立場はわかっている。事実戻ってきているだろう。
と、こちらはやや抑え気味に…しかしやはり不機嫌な副社長の声が聞こえてきた。

ある意味どちらに関しても錆兎は機嫌のいい声より不機嫌な声の方をよく耳にしてきたのでまあ珍しくはないのだが、聞いていて気持ちよいものではない。
ましてや少なくとも副社長からはいつも猫なで声で接してこられた炭治郎はよけいにそうだろう。

最近では錆兎も副社長から自分にあてがわれた嫁が予想をはるかに超えて可愛らしく夫婦仲が円満で幸せなため、それまでの嫌がらせの数々も記憶から遠のいて少しばかり彼に対する好感度が高かったが、元々はこういう男だったな…と、利害が一致している時以外の副社長を思いだしてため息をついた。

それでも副社長はしょせん他人だ。
嫌な奴でも仕方ない。
…が、父親に関しては一度死んでほしいレベルでクズだな…と思う。

何が錆兎に継がせておけば、だ。
副社長の尻馬に乗って祖父の決定を覆して跡取りを下ろされる錆兎のみならず跡取りとしてまつり上げられる炭治郎自身もいわれのない非難を浴びるような跡取り交代劇を繰り広げたのは自分だろう!と声を大にして言ってやりたい。

今だって跡取りとして会社に残って自分を犠牲にすることで恋人を守ろうという悲愴な覚悟の炭治郎に対して、他の人間を跡取りにすればなどという言葉をよく吐けたものだ。

自分の事までなら我慢できたとしても、大切な人間に対しての暴挙暴言に対しては流せるものではない。
そう、彼らにしてみれば誰に聞かせるつもりもなかったこの言い争いの言葉を聞いて、錆兎は我慢の限界を超えた。

──炭治郎……
と、隣の弟とまっすぐ視線を合わせて低い声で言う。

──…ん?
──本気を出すことにする。
──…本気?

それまでは自分がした苦渋の決断にやや生気がなかった弟は、兄が強い意志を持って言う言葉に不思議そうな顔をしながらも耳をかたむけた。

──ああ。親父も副社長も近々引きずりおろす。だからそうだな…3年耐えてくれ。
──っ!…兄さん…でも無理は…
──…無理をしないために猶予3年な?俺もお前も社員達も…あのクズ二人以外が幸せになるようにするから。俺の言うことに従ってくれ。
──……
──……
──…わかった。兄さんを信じるよ。

そのあたり兄弟の間は固い絆で結ばれているので、炭治郎も錆兎が具体的にどうするつもりなのかは聞かないが、真剣な様子で頷いて見せる。
まあ錆兎にしてもこれは決意表明のようなもので、これから自分の資産や伝手を使って具体的に追い落としについて考えていくことになるので、詳細を聞かれても答えられないのだが…。

どちらにしてもまずはこちらの会社に残る心ある重鎮達とある程度立場がしっかりしてきたら宇髄にもご相談というところになるだろう。
とにかく自分もあちこちに顔を出す必要が出てくるし、愛しい嫁と可愛い子どもとの楽隠居生活は少し遠のくことになりそうだが、まあ仕方ない。

そして兄弟がそんな会話を交わしたところで応接室のドアが開いて、父と副社長が入ってきた。

それに対して錆兎と炭治郎はアイコンタクトを送り合い二人が話していたことなど聞こえていなかったかのように振る舞う。



まずは一呼吸置きたかったのだろう。
席についてほんの少し遅れて部屋に入った女子社員がお茶をいれて退出すると、副社長はまず炭治郎ではなく錆兎の方に視線を向けた。

以前は冷ややかだったその表情は義勇を嫁にもらってから随分と親しみのこもったものに変わっている。
そう、彼は錆兎を優秀な能力を持った味方と言う方向に認識を変えた。
実際、今回も人を雇って調べれば炭治郎の行く先を知ることは可能ではあったが、炭治郎の家出の本音を聞いたり本人の意思でこうして戻ってこさせたりすることは、錆兎が居なければ難しかっただろうと考えているようである。

「義勇君はどうだ?元気かね?
もう新居に引っ越したんだろう?」
とにこやかに錆兎が好むであろうと思っている話題を振ってきた。

今回の話し合いの理由を考えるなら、白々しい…と言えば白々しい話題だが、その話題について口にする時の機嫌の良さをみれば、どうやら義勇の腹に子が居ることについては知られていないのがわかって錆兎はその点に関してはホッとする。

まあ今回の本題ではないしせっかく疑いをもたれていないところに痛い腹を探られたくない。

なので
「ああ、実はせっかくマンションから一軒家に越したんで、新居には畑を作って義勇と共に家庭菜園を楽しんだりしているんだ。
宇髄の方の交代劇がひと段落ついたら、仕事も少し抑えて自給自足…とまではいかないが、ある程度自分たちの食べる物を自分で作るのも楽しいかと思っている」

と、当たり障りがないだけではなく、さりげなく会社関係に対して興味がなくなっているようにミスリードを誘いながら、

「お陰様で日々楽しく過ごせているし、そのあたりは本当に感謝している。
この見合い話をもってきてくれた副社長のおかげだ。
俺は元々はさほど結婚願望というものはなかったんだが、いざしてみると毎日が驚くほど楽しくなったな」
と今沸いたばかりの敵意を笑顔で隠しながら語る。

義勇の腹の子のこともあるし炭治郎の諸々も秘密裏に運ばなければならない。
なので錆兎的にはなるべく自然に副社長と友好的な関係であるということを強調できる内容を口にしていたわけなのだが、この話題によって副社長から思わぬ方向の話が出てきてしまう。



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