政略結婚で始まる愛の話_63_悲壮な決意

そうしていよいよ当日…

義勇を一人にするのは怖いが腹が大きいのを見とがめられるのは絶対にまずいため連れてもいけない。
それを宇髄に相談すると事実婚の3人の奥方達が駆け付けてくれることになった。

もともと雛鶴、まきを、須磨の3人の宇髄の嫁達は出産を公にできない今回の義勇の出産の産後の世話を買ってでてくれているので、義勇ともすでに顔合わせをすませているし、優しいだけでなく強い女たちなので安心である。

「本来は全てお前を優先するべきなのにごめんな?」
と、それでも自宅に残していく義勇を抱きしめて謝れば、義勇は抱きしめ返しながら首を横に振る。
「俺が好きな錆兎は大切にしている弟を見捨てるような人間じゃないから。
もしここで見捨てたら、それは錆兎じゃなくて錆兎の偽者だ。
大丈夫。雛鶴さん達も居てくれるし」

ああ、そうだ。
嫁を最優先にと思っていたくせに弟と天秤にかけてしまうあたりが自分でも割り切りきれていなくて優柔不断な男だと思うが、これが自分だ。
そしてそんな自分を許容してくれるお嫁様に心から感謝する。

「まあまだ産まれる時期じゃないし、何かあっても緊急時の対処は頭に叩き込んでいますから、ご安心くださいな。
きっちりお預かりいたしますので、お気をつけて行っていらっしゃいませ」
と、どこか頼もしい様子の雛鶴に言われて、錆兎は後ろ髪をひかれながらも会合の場所である鱗滝財閥の本社ビルへと向かった。



こうしてたどり着く本社ビル。
ここに足を踏み入れるのは本当に久々だ。

まず受付に向かうと、見慣れた受付嬢達がどこか嬉しそうに、おかえりなさいませと二人声をそろえて言う。

「いや…今日は炭治郎のことで副社長に呼び出されただけで戻るわけじゃないんだけどな」
と苦笑すると、二人はどこか残念そうにそれでも来客予定表を確認して、予約がはいっている応接室へと案内してくれた。


部屋にはすでに炭治郎が居て、ドアから向かって右側の椅子に座っていたので、錆兎もそれに並ぶように座る。

「お前…大丈夫か?」
と、思わず第一声に挨拶でも近況でもなくそう声をかけてしまうほどには、久々に会う弟は疲れ切った表情をしていた。
「うん。兄さん、巻き込んでしまってすまない」
とそれにぎこちない笑みを浮かべる弟に、なんだか胸が詰まる思いがした。

人生においては常に優先順位を考えて行動するべきだ…それが錆兎の理念の一つである。
そして今の錆兎の最優先は嫁で、気にするべきは嫁の速やかな出産で、こんなところでその他の人間の進路や汚い大人のあれやこれやの目論見によるやりとりとか交渉とかにかまけている場合ではない。

でも本当はもう弟にこんな顔をさせるくらいなら、セキュリティがばっちり整った我が家の庭に離れでも作って恋人ごと弟を引き取ってやりたい気になってしまった。

弟は後妻が亡くなってからずっと自分が育てたようなものである。
可愛い、そう、可愛いのだ。

弟は錆兎の結婚時から時が経過して誕生日を迎えて19歳になっている。
そして錆兎の可愛いお嫁様と違ってその年齢に見合ったデカさに成長したが、錆兎からするとあの母親を亡くして父親も帰ってこない家で心細げに泣いている小さな子ども時代とさして変わらないように思えてしまう。

──お前…なんなら恋人ごとうちに来るか…?

それをやれば大事なお嫁様に全く影響がないとは言えない。
周りが色々な意味で騒々しくなるだろうとはわかっていても、そう口にしてしまった錆兎に、炭治郎は泣きそうに笑った。
そして言う。

「俺は行けない。でも善逸…恋人はしばらく落ち着くまで兄さんの所でかくまってもらっていいか?
手出しはさせないようにするつもりだけど…伯父さんは危険因子だと思い込むと何をするかわからないから…」

ああ、なるほど。そういうことか。

錆兎はその言葉で炭治郎の出した結論を察した。
炭治郎は少なくとも伯父である副社長の影響がなくなるまでは自分がその傍で従順に従うことで恋人に危害を加えさせないようにするつもりなのだろう。

弟にそういうことはさせたくないな…とは思うものの、炭治郎が一番後悔しない方法と言う意味で言うなら確かにそれが一番だ。


それなら…なるべく早く炭治郎が自由な身の上になれるように…それにはどうすることが正しいのか…と、方向性が決まったところで最善の道ではなく回り道であったとしてもそれに対して最良だと思われる方法を考え始めた。


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