政略結婚で始まる愛の話_61_錆兎と義勇の幸せな未来

あの日、炭治郎との通話を終えた錆兎は副社長に折り返し電話をかけて、炭治郎と連絡がついたこと、炭治郎が説明をする内容をまとめるのに1週間ほど時間が欲しいと言っていること、そして1週間後に父親を含めての話し合いがしたいと言っていることを伝えた。

──それで?君は炭治郎が何故こういう行動をとったのかは聞いたのか?
と、まあ待ちきれないのだろう。副社長が聞いてくるのに

「ああ、聞いた。が、炭治郎との約束だ。すべては言えない。
一応他にやりたい仕事が出来たということだ」
と、答える。

『それは認めるわけには…っ!!』
と当然声を荒げる副社長。

それにも
「ああ、全て炭治郎が望む形で行うことは無理だろうとは言っておいた。
社長業を行う傍らに趣味で手伝うくらいが現実的だろうということで、炭治郎が譲れること、譲れないことをきちんと考えたうえで、逃げずにきちんと互いの妥協点を社長副社長と交渉しろと言ったから、それをまとめるのに1週間ということだ。
無理に全否定して思いつめられても互いに困るだろう?」
と淡々と伝えると、電話の向こうで副社長が安堵のため息をつきながら
『感謝する。
炭治郎は跡取りとしての教育を重視しすぎたせいか、少々世間知らずなところがあるから。
もちろん私とて365日社長として働けとは思ってはいないし、余暇にわずかな実益を伴う趣味を持つことを否定まではしない』
と礼を言ってきた。

ああ、これが単に仕事の件だけならこれで解決だが…問題はそれが炭治郎の恋人絡みだと思うと錆兎は全く安堵することは出来ないのが辛い。

とりあえず自分の要求を伝えて交渉することは社会人として生きていく練習にもなるから…と、副社長を説き伏せて1週間の猶予を得ることには成功したので、錆兎はその問題については同席せざるを得ないのであろう1週間後の自分にまかせて先送りすることにした。

今は可愛い身重の嫁と新居に引っ越す方が先だ。
食後に楽しくホットミルクとビスケットで新居について語り合っていたところに急に来た深刻な電話に錆兎の可愛い嫁は少し不安げな視線を向けつつも、口をはさまずジッと待っていたので、今回の騒動について説明をしてやる。

「…うち以上に…実家から逃げるの大変そうだよね…」
と、自分も実家から逃がされた身としては他人事とは思えないのか、義勇は炭治郎に同情的だ。

「…まあ…お前の場合は身一つで逃げれば良かったからなぁ…。
実家よりも地位のある場所に放り込めばよかったが、炭治郎は一般人の恋人とだから難しいな…。
恋人が防波堤になるどころか相手を守らねばならないから大変だな…」
そう言いつつ湯気の立つマグカップに顔を埋めると、ソファで隣り合って座っていた嫁がぎゅっと錆兎の腕を掴んで心細げな眼で見上げてくる。

「…俺のことも…大変?」
と聞かれて錆兎は少し視線を上に向けて天井を眺めると
「あ~…大変かもな…」
と言うと、義勇が大きな青い目を潤ませたので、錆兎は即
「愛おしすぎて大変」
と言って笑った。

すると嫁はきょとんと眼を丸くした後、
「そういう意味じゃなくてっ!」
と少し顔を赤くしながら膨れるので、そんな様子も可愛いなぁと8歳も下の可愛いお嫁様を抱きしめながら
「俺がお前の親父ごときに負けると思うか?」
と逆に聞き返すと、義勇は真剣な顔で
「ううん。錆兎は最強だからっ」
とぷるぷると首を横に振る。

こんな風に全面的に自分の事を信じてくれている嫁を守ることができないでは男がすたる!と内心思いながら、錆兎はそうだろう?と頷くと、まあ真面目な話…と続けた。

「俺は母方の実家も資産家でな。
母は一人娘で祖父は自分の代で事業を畳んで全部金に換えたんだが、祖父より母が先に亡くなっているから本来は法的には母に来た後に父と二分の1ずつ受け継ぐはずだったその莫大な資産を、母を通すことなく代襲相続で100%俺が相続しているんだ。
しかもそれだけじゃない。
父方も祖父には跡取りとして考えられていたから、会社とは別の個人資産は父親ではなく俺にかなりのものが生前贈与されている。
だから父の代で跡取りから外されたとしても個人資産は父よりはるかに多くて、誰かに忖度しなくても生きていける分自由だし立場的には強いんだ。
極端な話、俺自身が生きていくだけなら父の会社と揉めても全く困らない。
ただ俺は親が構わなかった分、二人で寄り添って暮らしてきた弟が可愛くてな。
弟の助けになってやれればと思って父の会社と縁を切ることなくやってきたんだ。
完全に決裂してしまえば、それでなくとも祖父の意志を尊重すべしと主張する古参の社員達が弟を排除しようと動き出しかねないし、弟が俺に助けを求めたくなっても関わらせてもらえなくなるからな。
逆に弟の炭治郎は母方の実家はまあ平均よりも少しばかり裕福な程度の普通の家で、兄である副社長が必死に炭治郎を跡取りにしようと画策したのは、元々炭治郎の母である後妻の立場がすごく弱くて代替わりしたらうちの実家から追い出されるんじゃないかと危惧したからだと思う。
もちろんまだ父が社長だし鱗滝家の個人資産のほとんどは俺の所に来てるから、跡取りといっても弟自身には資産もほとんどないし、今会社と揉めて、ありえないが副社長が突き放したとしたら弟は明日から生活に困ることになる。
ということでな、俺が義勇を物理的に守ることは可能だが、炭治郎は会社と敵対するとただの18の若者だから会社から恋人を守るのは不可能に近い。
だがそういう経済力とか伝手とかとは別に…好いた相手には幸せで居て欲しいから、相手にとって心地いい環境であるとか、楽しい時間であるとか、そういうメンタル的な幸せまできちんと与えられるかと考えると、俺だってお前を本当にきちんと守れているのかはわからない。
だからいつだって大変だが、それは幸せな大変さだ。
お前が喜んでくれるかと考えながら色々準備したりするのは楽しい。
お前と出会えたことは本当に幸運だったと思うし、お前の実家のあれこれが起きた時も、そりゃあこんな可愛い嫁がただで手に入るわけはないしこの程度の障害は仕方ないよなと思ってたぞ?
住む場所だって、このマンションを選んだのはセキュリティの問題で、別に眠れる場所があればいいくらいだったんだが、新居は幸せな生活を送る空間にすることを考えて色々取り揃えるのが楽しかった。
正直…俺個人としてはお前と腹の子が居れば別に新居から一歩も出なくてもいいくらいには思っている。
まあ実際は宇髄の会社が落ち着くまでは手伝う約束をしてしまったからそうもいかないが。
お前は俺を最強だと言ったが、それはお前が居るからだ。
お前を守るためなら俺は世界最強の男になるつもりだが、お前を失くしたら俺なんてそよ風にすら飛ばされる塵に等しい人間になるぞ?
俺は物理的にはお前を守っているが精神的にはいつもお前に守られ癒されているから、お前がいなくなったらすぐ潰れる自信がある。
だからお前はずっと俺の傍に居てくれ」

錆兎がそう言うと錆兎の大切なお嫁様はさきほどとは違う意味で澄んだ大きな目を潤ませて、こくこくと何度もうなずいた。


そして翌日…午前中の間に車で新居に移動。
尾けられたりしないよう回り道をしながら車を走らせて、実質マンションからは30分ほどの距離なのだがゆうに2時間かけてたどり着いた豪邸は、ぐるりと高い壁で囲まれていて、門も中が見えないようになっている丈夫なものだ。
鍵は錆兎と義勇の声紋認証になっていて、外側からは二人の声かセキュリティ会社が厳重保管しているキーでしか開かない。

そうしてその門を潜り抜けると10数メートル先まで続く道路の先に館。
その左右にはフラワーガーデンが広がっていて、その中を散歩できるように遊歩道が伸びている。

道路を進んで館の手前に車を4台ほど止められる屋根付き駐車場。
そこで車を降りると中から屋敷に入れるようになっているのだが、今回はせっかくだからいったん駐車場を出て豪奢な正面玄関から館に入った。


広大な庭と比べると屋敷自体はやや控えめな大きさの平屋だが、これは極力中に他人を入れずに済むように管理しやすさを重視したもので、正面玄関に面した側には天気のいい時にはティータイムを楽しめるようにと広いサンルームがあり、他にはキッチンやリビング、収納、夫婦の寝室、あとは今は使わず放置状態になるがゲストルームや子どもに必要になった時に使えるようにと、予備の部屋が5部屋ほど。
風呂は内風呂の他に、庭の景色を楽しみながら入れる露天風呂も作ってみた。
その他特別なものとしては、トレーニング器具の並んだトレーニングルーム、防音のピアノ室と、今回帝王切開の手術を行うことになる手術室くらいだろうか…。

まあ普段は使わない放置部屋が多いが、必要な時にいちいち工事というのも落ち着かないので、外に出ないことを前提に必要になる可能性がありそうなものは詰め込んでみた。

ということで色々と趣向を凝らしてみたわけなのだが、その中でも義勇の歓心をひいたのは、館の裏側に広がる畑である。
畑と言っても当然家庭菜園に過ぎないのでそれほど広くはないのだが、実際に実っている野菜をみるのが初めてな義勇は、
「今日は畑で収穫した野菜を使って飯を作るからな」
という錆兎の言葉に、大きな目をキラキラと輝かせながらはしゃいで見せた。

妊婦なのでさすがに大根を引っこ抜いたりとかはさせられないが、温室で赤々と実るトマトをもいだりナスやキュウリなどの野菜を取らせてやって、それを夕食に出してやると、
「これっ!俺が取ったやつ!!」
と、幼子のようにはしゃぐのが可愛い。

子どもが産まれて育ったら子どもにも野菜を収穫させてやりたいな、と、二人で楽しく未来を語り合う。

実家関係は色々大変なことも多いが、錆兎と義勇、夫婦二人の間では確かに幸せな時間が流れていた。



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