──…それ…無理だと思う。その俺の好きな相手は男だから…
ええ???!!!!!
炭治郎が恋人と一緒にパン屋をやりたいなら、相手と結婚して自分は社長業をしながら相手が営むパン屋を手伝うという形を取ったらどうだ?という提案に対して炭治郎から返ってきたのはそんな言葉だった。
お前は異性愛者だと思っていたから…」
と、素直な感想を口にすれば、
『別に性別がどうというわけじゃなく、好きになった相手がたまたま同性だったんだ。
兄さんだってそうじゃないか?』
と返されて、なるほど、と、思う。
『そういうわけで、伯父さんは籍を入れることは許さないだろうし、会社にいる限り兄さんの時とは逆に子どもを産める見合い相手を連れてくると思う。
俺が社長になるだけじゃなく、俺の子孫を跡取りにするというのも伯父的には譲れない線だから兄さんに子をつくらせたくなかったんだろうし…』
ああ、それはそうだろう。
便宜上で良いなら社長の仕事について副社長の連れてくる嫁と人工授精で子を作って、私生活では同性の恋人と…と言う形も取れなくはないだろうが、炭治郎は恋人が居る状態で他と形式だけでも籍を入れるなどということを潔しとする男ではないし、副社長も可愛い甥っ子が同性のパン屋の恋人と暮らすことなど絶対に許さないに違いない。
だが…これは逃げてどうなるものではない。
錆兎と炭治郎の実家は腐っても大財閥で、いくら逃げても炭治郎の行方など簡単に探し出せてしまう。
そうして見つかってしまえばパン屋の一つくらい簡単に踏みつぶされるだろうし、恋人だってただではすまないだろう。
「あ~…でもな、逃げてどうなるものじゃないぞ?
お前もわかっているだろうが、親父や副社長がその気になればお前の居場所などすぐ見つけ出せる。
そうなれば強制送還されるだけじゃなく、最悪の場合はお前は軟禁、相手の店は潰されて相手にも危害が及ぶ。
そのあたりも考えて何か策があって家を出てきているのか?
それとも衝動的な家出なのか?」
常に虐げられる立場にあった錆兎にしてみれば相手の不興を買う行動に出るという時はその後を見据えて自分の身と立場の安全を確保する根回しをしてからというのが当たり前だったわけだが、不遇ではあっても跡取りとして遇されている炭治郎の場合、そのあたりの危機管理意識が希薄だったようだ。
そんな錆兎的にとっての常識を口にした瞬間、
『…そんな……。俺だけじゃなく善逸まで…?』
と、かなりショックを受けたように息を飲む。
耳に優しいことを言って金を用意してやるのは簡単だが、それでは何の解決にもならないどころか事態を悪化させるだけだろう。
最悪の事態を防ぐには…やはりあまりやりたくないであろうこともさせなければならない。
はあ…と重い息を吐き出して錆兎は言った。
「お前としては家を完全に出て恋人と籍を入れて一緒にパン屋を営むということが理想なんだろうが、全てを叶えるのは不可能に近いと思った方がいい。
とりあえずお前がまず成すべきことは、どこまでは譲れてどこからは譲れない一線なのか自分の中で整理しろ。
そのうえで考えがまとまったらいったん家に戻って親父…というか、問題なのは副社長の方か。
まあ、両方来るだろうから二人と交渉だ。
お前が考えをまとめる時間は俺が副社長と交渉して確保してやる。
それでどうだ?」
『…兄さん……』
「なんだ?」
『…いつまでも迷惑かけてごめん…』
「…親がどうしようもない頼れない大人だからな。
俺は年が離れていることもあってずっとお前の親代わりだと思ってきたし、今もそう思っている。
だから、お前はまだようやく19になったばかりなんだし、どうしようもなくなったら相談して頼ってこい」
決して自分も現在余裕があるわけでもないが、炭治郎が会社を継ぐ継がないという話になれば絶対に自分もまきこまれることは目に見えているし、もちろん弟は無条件に可愛いので力になってやりたいというのもある。
なので炭治郎に考える時間として1週間欲しいと頼まれて了承し、錆兎は副社長と父親にアポを取ることにした。
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