政略結婚で始まる愛の話_57_優等生の反乱

──はああ???炭治郎?…炭治郎がどうかしたのか??
正直副社長のその言葉には錆兎も驚いた。

──なにも聞いていないのか?
──全く。匿うって…何か揉めて家出でもしたのか?

これまで副社長が錆兎を監視し飼い殺しをしていたのは彼の実の甥で錆兎の異母弟である炭治郎に会社を継がせるためだった。
その炭治郎が彼の手から逃げ出したとなれば、そりゃあ慌てもするだろう。

しかしながら炭治郎は錆兎にとっては可愛い弟なので、めでたしめでたしというわけにも行かない。

「とりあえず…衣食住に困らない程度の金は持って行っているのか?」
と、まずそこを気にする錆兎に、本当に知らないと判断したのだろう。

「数万単位の現金しか持っていないと思う。
だからこそ、生活資金を出してくれるあたりに逃げ込んだと思ったのだが…君でないとしたら私にはもう心当たりはない。君は心当たりはないか?」
と、副社長聞いてきた。

「いや…全く。
理由はなんなんだ?
というか…一度電話を切っていいか?
出てもらえるかどうかはわからないが、炭治郎から直接話が聞きたいから電話をしたい」
「ああ。頼む」
そう言っていったん電話を切る副社長。

それに錆兎的には理由を知りたいだけで必ずしも副社長に協力するわけではないのだが…とは思う。
まあ正直自分も今は取り込み中なのであまり巻き込まれてやれないのだが、数万単位の金しか持っていないとなると、どちらにしろ活動資金をいくらか渡してやりたいというのはあった。

真面目で優しい弟のことだから今回の錆兎の結婚に関してすごく責任を感じていたようだし、結婚が決まった時に平謝りし続ける炭治郎に錆兎自身は気にするなと言ったのだが半泣きで申し訳ないと言ったきり、連絡がないままなので、本当に久々の電話になる。

結婚の話の出る前までは本当に下手をすれば毎日のようにかけていたその番号を久々にタップして、錆兎は色々と考えながら呼び出し音を聞き続けた。

いつもなら2,3度の呼び出し音で出るマメな炭治郎が5回鳴らした時点で出ないので、これはもう出ないか…とあきらめかけた時、

──兄さん、ごめんっ!!
と、おそらく何かで出られなくて急いで出たのだろう。
電話の向こうからどこか慌てたように息を切らした炭治郎の声がした。

「ああ、何か取り込み中だったならすまん。
今少し話をして大丈夫か?」
と聞くと、
──ああ、風呂に入ってたので出るのが遅れただけだから大丈夫だ。
と、返ってくる。

その言葉に錆兎は
「そうか。わずかばかりの現金しかもって出てないときいたから、必要ならいくばくか用意しようと思って事情をききがてら電話をしてみたんだが、風呂にはいっているということは、身を落ち着けて雨風をしのげる場所にいるということだな。
安心した」
と、そこは自分が電話をかけた一番の理由をまず口にした。

──…兄さん……
と、それはこれまでの兄弟関係を考えれば十分当たり前の言葉であるはずなのに、どうしてか炭治郎にとっては意外な一言だったらしい。
うっと言葉に詰まったあと、電話口で泣きだした。

しばらくそのまま炭治郎が泣き止むのを待っていると、やがて落ち着いて
──せっかく電話もらったのにごめん…
と、謝ってくる。

「いや、それは構わないが…お前、大丈夫か?
別居しても親父の会社を退社しても、俺はお前の兄貴であることは変わらないからな?
お前がいくら大きくなろうとお前は俺にとって可愛い大切な弟だ。
助けが必要なら遠慮なく連絡してこいよ?」

それにそう答える錆兎に、炭治郎は鼻をすすりながら
──本当は兄さんは跡取りだったのに俺のせいで社長になれなくて…知らない相手と結婚しなければならなくなって…俺のせいで会社に居られなくなったから……
と言ってまた泣き出すので、錆兎は、あ~!と片手を額に当てて天井を仰いだ。

事実としてはまあそうなのだが、結果的に自分はとても幸せに暮らしている。
わざわざ自分が幸せである主張をするのもなんだしきっかけもなかったので弟には特に話していなかったが、失敗したか…

炭治郎が今とりあえず雨風をしのげるところにいて切迫した状況じゃないのなら、彼の事情を聞く前にそのあたりの誤解を解いておいた方がよさそうだ…と、錆兎は脳内で話すべき事柄と順番をまとめ始めた。


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