──嘘も隠し事もなしだ。
錆兎が
──こんな時間に何の用だ?
と電話に出た途端、ずいぶんと厳しく固い声音で返ってきた言葉はそれだった。
こちらから弱みを口にするのは愚策だという認識はある。
なので、
──いったい何のことだ?
ととぼけて見せると、このところ…というか、義勇と籍をいれてから随分と友好的だった副社長は久々に聞く鋭い声で
──本当に私に隠していることがないというのか?
と、明らかに何か引き出そうとするかのように言ってきた。
錆兎は基本的には嘘も隠し事も好きではない人間ではあるが、その主義を貫ける環境には育っていない。
これはあちらから口にする気がないなら、こちらから探りを入れるべきだろう。
そう判断して
──言う必要があったとは思えないのだが…もしかして報告なしに引っ越すことを怒っているのか?
と、聞いてみた。
──引っ越し?それは初耳だが…理由はなんだ?
と少しひっかかりを覚えたように言う副社長に、しかし要件はそのことではなかったのだろうと思って、錆兎はため息交じりに言う。
「さすがにニュースで見て知っていると思うが、今冨岡家はお家騒動真っ最中だからな。
巻き込まれが怖いしできる限り外に出したくない。
だからせめて義勇にガーデニングや家庭菜園など外の空気を吸える楽しみを与えてやりたくて庭のある家に越すことにしたんだ。
俺も宇髄の会社を立て直したら少し仕事はセーブして一緒に土いじりを楽しむのもいいかと思っている。
自宅で作った無農薬野菜とかを食うのも楽しそうだし」
義勇の腹の子を産むための手術ができる部屋も備えているということをあえて言わないだけで、言っていることは全て真実だ。
隠し事は真実の中に潜ませるのが一番うまく隠せるということは、錆兎がこれまでの人生の中でやむを得ず知った処世術というやつである。
それに対しての副社長の答えは
──そこに住むのは…君と義勇君だけか?
…で、気づいているのか居ないのかが微妙なところで錆兎は内心焦りを覚えた。
…が、ここで真実を口にしてしまえばすべてが終わりである。
「あのな、いい加減にしてくれないか?他に誰が居るというんだ?
こういうまどろっこしいやり取りは好きじゃない。
聞きたいことがあるならはっきり言ってくれ」
嘘をついてバレたら色々厄介なので明言は避けながらも、二人きりと思えるようにミスリードを誘いつつ、錆兎はやや苛ついた様子を見せてこちらは何もやましいことなどないかのように面倒くさそうにため息をついた。
すると副社長がウッと口ごもる。
そして少しの間のあと、
──本当に信じていいんだな?
と念押しするように言うので、
──だから、何がだ?要件を言わないなら切るぞ。
と錆兎が言うと、ようやく言う気になったらしい。
あちらも小さくため息をつきながら
──炭治郎を匿ったりはしていないな?
と、全く予想もしていなかった言葉を口にした。
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