政略結婚で始まる愛の話_49_波乱の幕開け2

「単刀直入に言う。息子を返して頂きたい」

指定された時刻、指定された店の個室に足を運べば、そこにいたのは初老の男。
丁寧な言葉で丁寧な所作で座を進められ、差し出された名刺の名は、冨岡拓郎。
つまり義勇の戸籍上の父親だった。

よもや自分で直接出てくるとは思わなかった。
まあ、逃げ回られるよりは手っ取り早くて良い。

視線は非常に痛いが……

そう。
言葉や態度は丁寧だが、敵対心をビシバシ感じる。
まあ自分が手にしたいと思っていた相手を嫁にしていればそうなるだろう。
もしそれだけではなく、あまつさえ子をもうけたりしていることを知れば発狂するんじゃないだろうか。
しかも自分が子を設けたいと、とてつもない研究をしてまでだ。

声音は淡々と…しかし目が殺気じみている。

それに気づかぬふりで、
「私は正式な手続きを踏んでご子息と入籍させていただいているし、互いに尊重しあって仲良く暮らしている。
だから私は彼を実家に戻すということは望んではいないし、おそらく彼に問えば、彼の方も現状の生活を続けることを望むと思うのだが?」
と、にこりと返すと、我慢の限界に達したのだろう。
拓郎は立ち上がって、バン!とテーブルを強く叩いた。

「あの婚姻は違法だっ!
あの子の実母亡きあと、唯一の血の繋がりのある親である私は全く納得していない!
あの子が私がよそに作った子どもだからと、妻とその子が家から追い出そうと組んだ縁組で、私は一切知らされていなかったんだ!」

何も予備知識無しにその話を聞いたなら、悩んだかもしれない。
だが、全てを知ってしまっていると、その言葉ですら彼の信用度をさらに低くする要因にしかならなかった。

「…DNA鑑定をしたそうで。
実の父親ではないと証明されたと聞きましたが?」

椅子の上にゆったりと足を組んで座りながら、錆兎はそう言って相手の反応を見る。
そしてその言葉に焦った顔をする拓郎を見て内心ホッとした。

別に慎一の言葉を疑っていたわけではない。
ただ確認したかっただけだ。
自分に都合が悪いことが露呈した時、それを上手にかわせる人間かどうかを。

もちろん、その動揺した様子自体が演技という可能性もあるが、とりあえずは腹芸が出来るタイプではないと見て良さそうだ。
ホッとしたのはそのことに対してだ。

「…どこまで知ってるんだ?」
と、それも把握せずに呼び出す不用意さにもやや安堵する。

さて…どこまで知っていることを明かそうか…。

「あなたが、そんなことは望んでいなかった義勇の母親を強引に金で買い取って愛人にしたことと、その母親にそっくりに育った義勇に異常な執着心を持っていること…くらいだ」

飽くまでそれがこちらの不利にならない範囲で…と、なると、いえるのはこのくらいだ。
おそらく拓郎が気にしているのは、自分が義勇に施させた処置のことだろう。
義勇の腹に子がいると知っていれば、当然錆兎がそのあたりを調べないわけはないとわかるだろうから、おそらく相手はそこまでは知らない。

となれば、それは知らせないままのほうが得策だ。
下手をすると腹の子に危害を加えようとされかねない。


「…色々と誤解があるようだが…血がつながらなくてもあの子は愛した女の子どもで、ただその面影をあの子の中に見ていたいだけだ。
女の子なら色々とあるだろうが、息子なんだ。
あと数年もすれば彼女の面影はなくなってしまうだろうし、そのわずかな間だけでも彼女を忍ばせてもらうくらいは良いと思わないか?」

その後の錆兎の沈黙をどうとったのか、言い訳めいたことを言っているが、本心はそれだけではないことを、錆兎はもう知っている。
この男は錆兎の中で一番の要注意人物だ。

「…10代の数年間というのは大人が思うよりも短くて重要な年月だからな。
悪いが、要望を聞くことは出来ない。失礼する」

これ以上話しても有益な話は聞けそうにない。
そう判断して錆兎は席を立った。
拓郎はまだ何か言っているが、スルーしてそのまま部屋を出る。

今回のこと話し合いも含めて、もう一度慎一と今後の対応を話し合ったほうが良いかもしれない。

戦いはまだ始まったばかりだ。


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