政略結婚で始まる愛の話_10_狂気3

こうして修羅場が始まった。

最初のうちは普通に自宅に居なければ良いのかとホテルに泊まらされていたが、父にしても正妻にしても、理由はそれぞれ違うのだが執着の度合いが尋常ではなく、本当に決死の逃亡生活を余儀なくされることになった。

まずホテルにいても父の使いだという人間が来て自宅に連れ戻される。

しかし自宅に戻れば父がいる時間はとにかく、居ない時間には意味もなく何かが落ちてきたり、食事に何か混入されていたりと、命の危険を感じるレベルのことが起きた。

では居る時間なら安泰かと言うと、父は帰るなり義勇にワンピースやウィッグの着用を命じてベタベタと触れたがる…だけならいいが、下手をすると寝室までついてくる。

本当に色々な意味で身の危険を感じるが、以前と違って多少の責任と愛情を感じ始めてくれているのか、下の兄2人が極力フォローをいれてくれようとはしているようだ。

だが、それはそれで、夫に続いて息子たちまで…と、正妻の怒りを増長もさせる。

父と正妻、どちらのサイドにいても、義勇の安穏な生活は保たれない。

そんなふうなので、長兄がこっそり自宅から連れ出すも、また連れ戻されの繰り返し。
そのうち長兄が父親によって実家へ出入り禁止になった。

すると長兄は今度は弟たちを通して実母である正妻の方を呼び出して交渉。
説得してくれたようである。

いわく…愛人にしてもその子の義勇にしても、いつも父から逃げたがっていて離れる事を望んでいるのだから、正妻の希望と彼らの希望は同じなのだ。

自分を含む息子たちは母親が義勇を害することで犯罪者になってしまうのは避けたいし、義勇を側に置きたいというのは父親だけで、他の人間の利害は一致しているのだから協力するべきだと。

「下2人はまだガキだったから覚えてねえかもしれないけどな、おやじが蔦子を見つけて追い回すまでのおふくろは、本当に優しい母親だったと思う。
普通の男と結婚してたら、優しくて可愛い妻で母親だったと思うよ。

そもそもが蔦子に関してだってオヤジの横恋慕だ。
惚れた男と両親を人質に取られて、結婚間近で泣く泣く愛人になったんだ。
おふくろのことにしたって蔦子のことにしたって悪いのはオヤジだろ。

あんたはなにも悪くはねえ。
俺はもともとは優しい母親だったあんたを犯罪者にさせたくねえんだよ。

義勇をオヤジから引き離すのが一番建設的なオヤジに対する復讐でもあるし、家庭内の平穏という意味でもそれが一番だろ?」

いつも言葉少なに、それでも家族のことはきちんと考えて行動してきた長子の言葉に、母親は泣いた。

決して自分を責めているわけでもなく、義勇をかばっているわけでもなく、長兄の言うことは確かに公平で正しく建設的だ。

何より夫の言い分と違って、母親である自分に対する心配と愛情がにじみ出ている。

そうだ。この長子は息子たちの中で唯一、愛人が見つかるまで、見つかってから、そして亡くなったあとと、ずっと自分の苦悩をそばで見守り続けてきてくれた子だ。

よその女に現を抜かしている父親、それにヒステリックになっている母親の元で、子供時代はよく母親をいたわり、弟たちのメンタルにも気を使い、社会人になってからは、そこに自身の仕事だけではなく、会社自体に関しての行く末も気にかけてきてくれたのだ。

「…もう…慎一がいるから良いわ……」

正妻は泣き笑いを浮かべた。

「可愛いむすこであるあなた達とは同じではありえないけど、あの子はあの人におかしな方向で虐待されてる天涯孤独の孤児。
いまではそう思えるわ」
という正妻の顔は、はるか昔のお育ちがよく純粋で優しい”お嬢さん”の顔に戻っている。

「いままで、彼女とあの子を憎むあまり、本当に大切な息子たちのことがおざなりになってて、ごめんなさい、慎一」

という母親を抱きしめて、慎一が

「いや、おふくろは悪くねえよ。悪いのはクソオヤジと…婚姻を利用して会社をでかくしようとしたクソジジイどもだ。
まあ、安心してくれ。
俺が跡を継いだら、おふくろがどういう道を選んでも生活の苦労はさせねえから。
オヤジを叩き出すなり、自分が出ていくなり、…その時にまだ気持ちが残っているなら再構築するなり、好きにしてくれていい。
あんたはもう十分頑張った。あとは俺に任せて優しいお嬢さんに戻ってくれ」

と、そういうと、正妻はさらに堰を切ったように泣き出した。


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