長兄が向かった先は、普段寝泊まりしている自分のマンションだった。
そこに弟たちを連れて入るとしっかり鍵をかけて、はぁ~とため息をつく。
「いったい、あれはなんだったんだよ?
兄貴、何か知ってるのか?」
と、口を揃えて長兄に問いをなげかけた。
そこで長兄が語った長い家庭事情は、義勇はもちろん、他2人の兄たちも初めて知るものだった。
「あ~…つまりな、この末っ子はオヤジの最愛の愛人に瓜二つってこった。
その愛人ってのも、確かに愛人ではあるんだが、世間様のイメージする愛人とちっと違うんだよな。
親父からするとあっちが本命だったっつ~か…
親父は跡取りだから良いとこの娘と結婚するのが当たり前で、親に言われて俺らのおふくろと結婚したわけなんだが、昔々、ガキの頃に一目惚れした相手がいて、それがこいつのおふくろ。
で、自分が正式に跡を継いでいろいろが自由になった頃から、金の力でその女を探し出して長年の思いを遂げたってわけだ。
だからオヤジの脳内ではおふくろとの結婚は仕事の一環。
愛人との関係は幼い頃からの純愛。
でもおふくろにとってはそれが会社の利害の絡んだ政略結婚だったとしても、唯一の夫で心を傾けていたから、結婚しても何かにつけて幼い頃の恋心を語るオヤジにもやもやしてたのに、オヤジが実際に見つけて関係を持っちまったから発狂。
…それまでは良家のお嬢さんで良い嫁、良い母してたんだけどな。
今からじゃ想像もつかないが、絵に描いたようなおっとりした可愛い女だった。
愛人が死ぬまではしばらく精神科の世話になるくらいには正気失って、愛人が死んでガキを引き取ったら、元の“お嬢さん”には戻らなかったが、まあ今みてえなちょいヒステリックなとこはあるが病院沙汰になるほどでもねえ、普通の女になったってわけだ。
…ガキがまだ男だったから怒りながらも平穏だったんだけどな…。
憎い愛人そっくりな女がいきなり現れたら、そりゃあ発狂するわ。
知らなかったから仕方ねえとはいえ、和樹、面倒な事してくれたな。
まあ、唯一当時、実際に見てる俺さえこいつが女の格好したら、ここまでそっくりになるってわかんなかったから、仕方ねえけど…」
「…ごめん…兄さん」
くしゃりと頭をかいて天井をあおぐ長兄に、3男がしょぼんとうなだれる。
長兄はその頭を軽くぽんぽんと叩きながら、
「やっちまったもんは仕方ねえ。
…だが、おふくろもそうだが、おやじもなんだか別の方向に発狂してて厄介だな…。
色々な意味で身内から犯罪者出したくねえんだが、さて、どうすっかな…」
とまたため息。
弟たちは不安げに互いに顔を見合わした。
なるほど。
末の義勇11歳。3男和樹13歳、次男の翔が16歳と、10数年前の当時にはまだ生まれていないか、乳幼児だったのに対して、長兄の慎一だけはローティーンになっているので、色々をしっかりと記憶しているらしい。
その彼の話を改めて聞いてみれば、正妻もずいぶんと可哀想な女性だったことがわかった。
あえて誰が悪いかと言われれば実父なのだが、その実父も跡取りとして生まれて自由に恋愛することは許されず、いったんは家を逃げ出すも連れ戻され、完全に跡を継いでしまえば自由になったかと言うと、すでに取引先の娘である正妻とその子ども達がいて、彼らに対する責任も当然だが、そこで離縁して会社の業績が傾けば大勢の社員が露頭に迷う。
さらに、飽くまで全て平等な視点で説明する長兄によれば、義勇の実母は実母で、両想いというものではなく、すでに結婚間近の恋人がいたのを別れさせ、実父が権力と金でその父母、つまり祖父母の生活を人質に取るような形で手に入れたとのこと。
もう色々がグダグダだ。
「…まだ…俺が生まれなければ、母が亡くなったところで平和になったんですね……」
本当に…今までは自分の存在理由なんて考えたこともなく、よくもわるくも”仕方ない”で流して生きては来たが、こうやって実情を知ってしまうと、それで流すことすらできない気がしてきた。
どうして良いかもわからず、でも今こうして自分が生まれて生きていることすら申し訳ない気がしてきて、涙がポロポロ溢れ出す。
「あ~…まあ、そういうことなんだけどな…。
生まれてきちまったもんは仕方ねえだろ」
と、これにも淡々と返す長兄。
彼は全てをある意味いっぽ引いたところから見てきたからこそ冷静で、しかしどうしようもないこともわかっていたから、親兄弟の面倒はみても感情的な部分には立ち入らず、といったところだったようだ。
「あ~、もう泣くな、泣くな。
か弱いおんなこどもに無体を強いるやつらが悪い」
と、そこで驚いたことに次兄が義勇を引き寄せて、頭を撫で始める。
義勇はひたすらびっくりして固まっているが、その手の次兄の行動には慣れているのか
「翔…てめえは女に見えればなんでも良いのか。
そいつ間違いなく野郎だぞ」
と、長兄が呆れたような視線をむけた。
少し和らいだ空気にホッとしたらしい。
そこでそれまで深刻な顔で震えながらうつむいていた末兄が、
「まあ翔は理性がないから。
所詮兄弟だからね。
間違いが起きないだけ弟のほうが良かったんじゃない?
妹だったら将来結婚するとか言いだしかねないし」
と、笑った。
そんな兄と弟の言葉に翔は口を尖らせて
「別に女に見えりゃあ十分可愛いだろ。
男3人も続いたら、いい加減むさ苦しいし、末くらい可愛いドレスとか着せようぜ。
まあ大丈夫。本当に妹だったとしても手は出さねえよ。
ただ、男連れてきたら『妹はやらんっ!』くれえは言って殴り殺すけど」
と、むちゃくちゃなことを言い出す。
「おふくろの地雷の上で足踏みするような真似はすんな、馬鹿。
とりあえず…こうなったからにはお前らにも事情を説明しておこうと連れ出したが、翔と和樹は迎えよこさせるから家へ帰っておけ。
俺は自宅の様子が落ち着くまで、こいつをどこか連れてっとくから」
と、最終的に長兄がそう締めて、手配した車で次男三男を帰宅させた。
「お前は…今帰ったらおやじとおふくろ、どっちも発狂しそうだからな。
当分ホテル住まいだ」
兄たちの乗った車を一緒に見送ると、長兄はそう言って義勇の頭をくしゃりと撫で、タクシーを拾ってホテルへと向かう。
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