こうして錆兎が夕飯の片づけを終えて風呂上りに飲ませようと冷たいレモン水を用意していると、義勇がフロを終えてリビングに戻ってきたようなので、レモン水の入ったグラスを持ってリビングへと向かう。
ほら、これ飲んでおけ。水分補給大事だからな」
と、グラスを渡してやると、ひどく緊張した面持ちはそのままに、義勇はそれを受け取り両手で持ってコクコク飲み始めた。
そんな仕草もなんだか幼な気で弟が小さい頃を思い出し、錆兎は微笑ましい気分で少年をしばし眺める。
少年の洗いたての小さな頭は、ぺしょんと濡れた髪の毛が張り付いて、より小さく見えた。
そんな状態で大きく丸い目で見上げてくる様子は、なんだか雨に濡れた子猫でも拾ってきたみたいだ。
錆兎は新しいタオルを用意すると
「髪ちゃんと拭かないと風邪引くぞ」
と、よく拭かないでポタポタと水を垂らしているその髪を拭きとり、そのままドライヤーで丁寧に乾かしてやる。
すると風にゆれるたんぽぽの綿毛のようにふわふわになった。
──やばい、これめちゃくちゃ楽しい。
元々小動物は大好きで本当はペットの一匹でも飼いたかったのだが、一人暮らしできちんと面倒がみきれないかもと涙を飲んで諦めたくらいなので、こういう世話の一つ一つがとても楽しい。
「よしっ！ちゃんと乾いたなっ！」
と、満足が行くほどにふわっふわになった髪に頷くと、錆兎はドライヤーを置いて立ち上がった。
そんな錆兎の動作を追う大きくまるいブルーの瞳。
…どうしたんだ？なんなんだ？
と、口に出さずとも目が語っているのが、本当に子猫そのものである。
錆兎はそんな様子の可愛すぎる同居人の頭をくしゃくしゃと撫でながら
「俺もシャワー浴びてくるから、お前はもう寝ておけ。
疲れただろ」
と言い残すと、自分も浴室へと消えていった。
1人になっても機嫌の良さは続いている。
シャワーを浴びながら鼻歌が止まらない。
年齢がまだ16歳と成長途中ではあるので、これからゴツくなってしまう可能性もあるが、今の時点でみた限り、随分とまだ頼りない感じなので、面倒をみているうちに情がわいて、育てた子犬が大型犬に成長しても可愛いように、外見的なものは気にならなくなるだろう。
実際、6歳年下の弟は今では自分よりは小さいが年相応くらいの大きさには育ったが、それでも目の中にいれても痛くないほどには可愛いのだから。
いい嫁をもらった。
ソレが実際は大いなるエゴのために寄押し付けられた嫁だったとしても、自分が気にいるなら別に錆兎的には全く問題はないし、今まで散々嫌な事をされてきた相手ではあるが、今回の事に関しては副社長に感謝してやってもいいとすら思う。
向こうにしても別に錆兎に特別遺恨があって不幸になってほしいとかではなく、単純に弟を財閥総帥にするのに邪魔になって欲しくないだけなのだろうから、今回は楽しく暮らしたい錆兎と初めて利害が一致したというところだろうか。
実に平和で結構なことだ。
そんな事を考えながらシャワーを終え、用意しておいた寝巻き代わりのタンクトップとスウェットに着替えると、少年にしたのとは段違いに乱暴になおざりに自分の髪を乾かす。
そしてリビングに戻ったが、もうそこには少年は居ない。
寝ろと言ったので寝室にいるのだろう。
そう言えばお休みの挨拶もかわせなかったなと錆兎は少し残念に思ったが先も長いのだし、そのあたりについてはいくらでも話す機会はある。
せっかくだから明日はどうやら甘いものが好きならしい少年義勇の朝食に美味しいパンケーキでも用意してやろう。
そのために早く寝ようと、錆兎はリビングの灯りを消すと自室へ。
…へ？？
寝室のドアを開けてドアの横にある電気のスイッチを入れると、明るくなる室内。
そして帰宅時に続いて再び、錆兎はその場にぽか～んと立ち尽くした。
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