リトルキャッスル殺人事件sbg_20_犯人はショパンの調べに嘆息す2

そして流れる哀愁に満ちた優美な音楽。
とりあえず拓郎が犯行を認めた時点で錆兎の気がかりは一点だけだ。

もちろんそれは、
これは彼女が望んだ結末だったのか…?
ということ。

幸いにして拓郎も真由も全てを受け入れているように見える。
だから錆兎は念の為炭治郎にピアノを弾いている間義勇の側にいてくれるように依頼した上で、
──朝倉さん…
と、ピアノのすぐ横の椅子に座って静かにピアノを聞いている真由に声をかけた。

それに彼女は少し不思議そうに見上げてきたが、
「あのな…俺は犯行方法も動機もわかったんだが、どうしても解せないんだ。
真犯人を暴かないと無関係の奴に矛先が向くって、なんであんな話したんだ?
ぶっちゃけあの話をされた時、その無関係な奴って、今回の旅行の発端になったあなたや空手部からは一番遠い義勇のことかと俺は思ったわけなんだが…」

視線は一応義勇に向けつつも、そう始めた錆兎に、真由は、錆兎が自分に話しかけて来たことについて、ああ、と、納得したようだ。

「…うん、そうね。
外で見回った時に義勇さんが錆兎さんの大切な相手だってわかったから…
義勇さんの身の安全について指摘すれば、錆兎さんは絶対に動くと思ってた」

その真由の言葉は予想通りではあったものの、やっぱり何故そんな話をしたのかという理由はわからない。

「それ…本気でわからない。
自分が犯人だったなら、本当なら真相究明されないで田端が犯人ってなってた方が良かったんじゃないのか?
なんでわざわざ自分が犯人だって暴かせるような事したんだ?」

その錆兎の問いに、真由は笑みを浮かべた。
まるで普通の女子高生が楽しそうに浮かべるような笑み。

そして、その後のセリフも錆兎には理解できない。

「あのね、錆兎さんに暴いてほしかったから」
「はあ??」

今自分はずいぶん間抜け面をしているのだろうと錆兎は思う。
思ってもどうしようもないくらい、彼女が言っている言葉が理解できなかった。
そんな錆兎の表情を楽しげに堪能したあと、真由は少し視線を下にむけた。

「あのね…私、高校には○○線で通ってたんです」
「……」

「それでね…いつかな、たぶん1年になってすぐくらいかな…帰りの電車の中でね、すごい人をみつけたの。
まるで海外ドラマみたいな燕尾服来てる学生さん。
宍色の髪に藤色の目って珍しいですよね。
色々な意味で目立ってて…あとで帰宅して調べたら、あれ海陽の制服なんですね」

「…それって…俺…だよな?
もしかして金曜日か?週1で道場通っていたから」
「そう」

海陽の制服はもちろん海陽の学生全員が着ているが、錆兎の髪や目の色は彼女が言う通りかなり珍しい。
その2点が揃っているのは自分しかいないだろうと、さすがに錆兎も思う。

「それでね、金曜日の帰りは同じ車両に乗るようになったんです。
毎週見るのが楽しみになった。
その時にいつも一緒だった黄色に赤のサシの入った髪の人、すごく声が大きいから会話が聞こえてきて、生徒会役員なこと、頭がすごく良いこと、運動神経も抜群で…なのに気さくな人柄な事も知りました。
いつかお話したいなとか考え始めて1学期間。
由衣達がはしゃいでるの聞いて、有名人なんだって知って…無理だろうなとは思ってたんですけどね。
毎週見てて…夏休み前にね、思いだけでも伝えようと思ってた。
受け入れてもらえるとかじゃなくて…受け入れられないでも誠実に対応してくれそうな気がしたから。
そこから顔見知りか、すごくうまくいって友だちくらいになれたら幸せだなって思ってたんです」

「………」

驚いた。
容姿が特徴的な事、制服が目立つ事などもあって、通りすがりでも注目されることは少なくはなかったから、正直自分の直接関わりのある人間以外をそれほど気にしたことはなかったので、全く気づかなかった。

なるほど、義勇が埠頭で合流した時に彼女が何か意味ありげな視線を向けていたという相手は自分だったのか。

そんな風に錆兎が驚いている間も真由の話は続いていく。

「Xデイは夏休みの3日前の月曜日。
そう決めてたんですけどね……
その4日前に京介が死んでそれが同じ学校の同級生のせいだって知って…完全に諦める事にしたんです
弟の復讐のために行動する決意しちゃったし…そのためには他の人を好きな状況は作れないから…。
だから…つまんなかったな…。
夏休みもクリスマスもバレンタインも…。
イベントのたびやりきれない気分になった。
何故あたしこんな思いしてるんだろうって何度も思いました。

なんだかやけくそな気分で、でも全てが終わったら何事もなかったように、普通に学校卒業して…さすがに殺人事件が起こったらペンションも続けられないだろうから普通にOLでもして、でももう男は本当にまっぴらだから1人で静かに生きて死んでいくんだろうなって思ってた。

ところが、いざ決行の日がきて、我妻の友人が来るって言われて待ってたらその1人がずっと見てきた電車の君なんですもん。

嬉しいのか悲しいのかわからなくて…でも好きだった時の気持ちを思い出したら、なんだか思っちゃったんです。
自分はもう”普通”には戻れないんだなって…

殺人がバレなくて逮捕もされなくて、普通に日常が送れたとしても、もう純粋に電車で一緒になる海陽の学生さんに恋してた頃には戻れない。
色々汚れすぎて、もう告白することすらできないんだなって今更ながらに思ったら、”普通”もどきの状況も欲しくなくなりました。
未練が残らないように、好きだった相手に容赦なく糾弾してほしい…そんな気持ちになっちゃったんです」


今まで何回もの殺人事件に立ち会ってきたが、完全な第三者ではない状況というのは、そう言えば今までなかったように思う。
なので真由の告白を聞いて、さすがになんとも言えない気分になった。

恋人はいてそれは男性で、女性に夢を持っているわけでもないが、一応女性に対しては紳士であれという教育は受けて育っている。

告白されて断る場合もそれなりに礼は尽くしているほうだとは思うし、相手をそういう意味で好きになれなかったとしても、好意に対しての感謝の念くらいは持ち合わせている方だ。

そんな状況でどこか困惑しきった顔をしていたのであろう錆兎に、真由は苦笑した。

「一応言っておくと、錆兎さんが負い目を感じるとか言う必要はかけらもないんですからね?
私は勝手にやけくそになっていたし、破滅願望もあった。
だから…やけくそついでにどうせなら錆兎さんに心の底から憎悪されて嫌われてふっきれるようにって思って、途中…義勇さんを道連れにしちゃおうかって考えてた時期があるし。
結局…炭治郎さんが、義勇さんと出会って錆兎さんが幸せそうで友人として嬉しいみたいな話してて、幸せになってほしかった弟の事とか思い出して、大切な人が不幸になったら悲しむんだろうなって思ったら出来なくなっちゃったけど…」

その告白でまた、錆兎は先ほどとは別の意味で心臓が痛くなった。
そして炭治郎に心のそこから感謝する。


Before <<<    >>> Next (10月18日0時公開予定)





0 件のコメント :

コメントを投稿