そんな会話をしながら錆兎が弾くワルツの最後の一節が終わると、拓郎は拍手をして電話を指差した。
そして言う。
その言葉に錆兎が立ち上がると電話を手に取り、警察に連絡した。
2時間後につけると言う話で、それを周りに報告すると、また錆兎はピアノに指を置く。
「警察がつくまで…何かリクエストがあれば…」
「ああ、そうだな、ありがとう、じゃあ…」
リクエストに従ってまた静かに流れ始めるワルツ。
やがて時間がたち、警察が踏み込んでくる。
それでも静かに流れ続けるワルツ。
拓郎が建物を出るまでそれは続いた。
拓郎が連行されて見えなくなったところで、錆兎は指を止める。
そして…パタンともう弾かれる事はないであろうピアノの蓋を閉じた。
目を潤ませて警察の船に向かう真希、由衣、理香。
同じく船に向かう柿本と湯沢。
警察の責任者らしき人間が通報者ということで錆兎に事情をたずね、全て話し終わった所でキッチンの奥のワイン蔵に警察が踏み込んで行った。
「大変ですっ!死んでます!」
の声で責任者と共に慌ててワイン蔵に向かう錆兎。
拓郎が田端をワイン蔵に閉じ込める様子は皆がみていたはずで、その時は確かに生きてたはず…。
そこでハッとした錆兎は内側のドアノブに手をかけようとした警察官の手を慌ててつかんだ。
「?」
「針が…たぶんこれが死因かと…」
と、錆兎はドアノブを指差して言う。
把手にはおそらく瞬間接着剤か何かで接着したのか小さなトゲ。
おそらく毒が塗ってある。
閉じ込められた田端が取りあえずドアを開けるのを試みて握るだろうとあらかじめ仕掛けておいたのだろう。
元凶は木村よりむしろ田端なわけで…木村を殺害して田端を生かしておくはずがない事くらい気付くべきだった。
やられた…自分のミスだ…と錆兎は大きく肩を落とした。
こうして…最後の最後まで後味の悪さを残して事件は解決した。
「我妻…今回はごめん。嫌な思いさせたよね」
送ってもらっている警察の船の中で由衣が善逸に声をかけた。
「あれれ。俺、てっきりどつかれるかと思ってたけど…」
善逸にとっては率直な感想だったのだが、それは由衣には痛烈な批判に聞こえたらしい。
普段は気の強い由衣が泣いた。
「ごめん。本当にこんな…我妻達に真由の犯罪暴かせるなんて事になるなんて本当に思ってなかったのよ。ごめんなさい」
その由衣を左右から真希と理香がなぐさめる。
確かに後味の悪すぎる旅行だった…。
しかしまあここまでの事態が起こったのは由衣達のせいではない。
彼女達は彼女達で真由に対する友情と善意のみのために来たのだ。責めるのは酷というものだろう。
というか…善逸は由衣に言われるまで責任を感じられる立場だと全く意識していなかった。
「まあ俺はさ、居ただけだから。
むしろ迷惑かけたのは錆兎だよね」
と、自分的見解を述べてみると、女性陣の視線は当然、ジ~っと波間に視線を漂わせて考え込んでいる錆兎の方へ…
…と思ったら、そこに何故か湯沢が張り付いていて、じゃまだのなんだのと大騒ぎになっていた。
──会長様、マジすげっすねっ!事件全部華麗に解決じゃないっすかっ!!
なんだかあれから懐かれてしまったらしい。
湯沢は少し気まずげな柿本を連れて錆兎の正面に陣取っている。
仲間二人が亡くなっても元気なものだな…と思ったが、湯沢いわく、木村と田端は成績も良くていつも一緒で、自分と柿本は同じ部活でも成績が悪かったので二人にはやや下に見られてぱしられたりもしていたので、正直仲の良い柿本が無事なら構わないとのことだった。
まあ、そう言われて思い出してみれば、木村は常に田端といたし、湯沢は常に柿本と居た。
──あいつらは同じ部なだけで…もっちゃんはマブなんっす。
と言う湯沢の隣では柿本がうんうんと頷いている。
なるほどな…と色々を納得している錆兎に、今度は湯沢が
──それよりも、会長様みたいなすげえ人が、なんで我妻なんかとダチなんすか?
と、質問を投げかけてきた。
何故と言われると…まあ、きっかけがきっかけだからな…と、錆兎がどこまで話そうか悩んでいる間に、それまでは錆兎の横で錆兎の手を取って錆兎の指をつかんだり離したりして遊んでいた義勇が、
──一緒に魔王退治した仲だから…
と、もうそれ絶対に伝わらないだろうと思われる返答を返す。
しかし錆兎の予想を裏切って、湯沢が
──まじっすかっ!!すっげえええーーーー!!!
と、身を乗り出してきた。
いやいや、あれで通じるのか?…と錆兎は思ったわけなのだが、普段は人見知りな義勇が珍しくしゃべりたい気分になっているのだから…と放置することにする。
──華麗に魔王を倒す会長様の姿を間近に見れるって、羨ましっす!
と、続ける湯沢。
それにさらに
──いや…とどめを刺したのは善逸。
と、義勇が答えると、
──ええーーっ!!!まじっすかっ!!
と、湯沢は叫んだ。
「ええ??!!!!実は我妻ってそんなにすごい奴だったんすかっ?!
あのヘラヘラ馬鹿みたいなのは実は世を忍ぶ仮の姿だったんすねっ!!
すっげ~!!すっげ~!!すっげ~!!!」
なんだか盛り上がっているが、これ、ゲーム内の事だとわかっているんだろうか…と、心配になってくる錆兎。
でも説明するのも疲れているしまあいいか…とやはり放置していると、今度は女性陣が押しかけてきて、また別の意味で大騒ぎになった。
互いが邪魔だと言い争い始める女性陣と湯沢を見て、錆兎はそっと義勇の手を取り移動する。
そうして初めて静かになって、錆兎は改めて安堵の息を吐き出した。
本当にこのところ女難の相続きだなと思わずこぼすと、隣の恋人様は
「…俺としてはその方がありがたいけど…」
などと不穏な言葉を発してくれるので青くなったが、その後に続く言葉が
──だって…そうしたら錆兎がやっぱり可愛い女子高生の方が…とか言うこと思わないだろうし…
などということで、うつむいていて表情は見えないが耳まで赤くなっているのを見ると、途端にテンションが上がる。
そして当然のごとく、
「あのな…毎回嫉妬しているのは俺のほうなんだが…
お前は老若男女にまとわりつかれるから…
というか、いつでも自分以外の人間がお前と一緒にいると、すごく気にしているぞ。
なにしろ生涯で最初で最後の恋人だからな。
本当はお前のことを俺以外の人間がいないところに拉致監禁したいレベルで嫉妬しているんだが…」
と、そんな恋人様の心配は全くの杞憂だということを伝えると、
「でも…錆兎以上に完璧な男なんてこの世に存在するはずがないんだから、嫉妬する意味はなくないか?」
と、なんだか真顔で返される。
いやいや、お前が俺が同性よりも異性の方が良いと思うんじゃないかと言うならば、それはお前自身にも言えるだろう?
お前だっていかつい男よりも可愛い女子高生と付き合いたいと絶対に思わないとは言えないだろうがっ。
本当に…三人娘に嫉妬もすれば、真由の謎な反応で心配もしたのだ。
それもこれもひたすらに義勇愛しさゆえなのだが、本当に本当に感心するほど愛されている事に恋人様は鈍感だ。
「これはもう…他が目に入らないように囲い込んで、さらにドロッドロに甘やかすしかないな」
と、錆兎はそう言ってうんうんと頷くと、金輪際忖度なんかせず、どこであろうと誰がいようと、恋人を抱え込み甘やかし倒そうと決意したのだった。
そして後日……
4月…めでたく高校3年に進学した善逸には…人生初の”舎弟”ができたらしい…。
廊下で空手部の人間とすれ違うたび
「押忍!」
とササっと道をあけられ90度お辞儀をされ…周りに奇異の目で見られる日々だ。
「お前らっ!我妻さんには挨拶忘れんなよっ!
あの人はな、殺人犯素手で倒せるような勇者でも倒せない様な超絶スゲー悪の魔王を、必殺技ナイトメアスーパーメテオインパクトで軽くのすマジパネ~方なんだからなっ!!」
と、何故か空手部の部長に就任したらしい湯沢が新入部員を含む全部員に訓示を垂れているのが原因らしい…。
(錆兎…お前いったい何言ったんだよ……)
あの日、帰りの船で錆兎と湯沢との間にどんな会話があったのだろうか…。
何を言ったらここまでありえない事態に?
もう善逸には想像もつかない。
それでも確実に学校一の有名人への階段を駆け上がりつつあることに青くなりつつ怯える一般人な善逸であった。
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