「義勇、怖い思いをさせてしまったか?
もしそうならごめんな?」
客室に落ち着いて錆兎が荷物を運び入れたり備え付けのお茶を入れている間、義勇がベッドに座って考え込んでいると、彼はいつものように横に腰掛けて義勇を抱きしめ、こめかみに口づけを落としながら謝ってくる。
と、義勇はコテンと錆兎の胸にもたれかかって、さらに考え込んだ。
最初は気のせいかと思った。
埠頭で善逸と合流した時、女子高生3人組が錆兎を見てはしゃいでいたのはわかる。
だって錆兎はどこに居ても誰と居ても思わず人目をひくほどのレベルのイケメンで、いつも一緒に出かけるたび通行人の注目を浴びるくらいのことは多々あるので、そんな反応もさすがに慣れた。
だが、残りの1人…男の側にいたのでおそらく彼女が例の宿のオーナーの姪っ子なのであろう女子高生が、じ~っと錆兎に視線を向けていた。
どこか悲しそうな切なそうな…そんな印象を義勇は持ったのだが、すぐ視線を他に向けて出航の手伝いに戻ってしまって聞けないまま。
相手は彼氏持ちだし一瞬だったので、いつまでたっても錆兎の恋人でいることに慣れず自信のない自分が気にしすぎているのだろうと思って流すことにした。
その後は空手部4人と善逸のクラスメートの由衣との口論とか、それに割って入った錆兎とのゴタゴタとか、色々あって特にこれと言って気づく事もなく、到着。
…が、ここで空手部の男子たちが喧嘩を吹っかけてきた時、なんだか彼氏よりも錆兎に心配そうな視線を向けていた気がする。
彼氏持ちなんだからありえない…
そうは思うものの、心の中で何かもやっとしたものが渦巻いた。
他の3人のようにオープンにはしゃいでいるのは良いのだ。
それも嫌だと言ったら錆兎のように色々な面で優れたイケメンと一緒には居られない。
今までだってそういう風にはしゃがれた事はあったし、でも錆兎が相手にしないのもわかっている。
だけど…あの女子高生…真由の視線は嫌だと思った。
怖い…。
あの思いつめたような真剣な眼差しが怖い。
絶対に彼女と錆兎を2人きりにしたくない…
「あの…錆兎…」
「ああ?」
頭を錆兎の肩に預けながら、義勇はそのシャツの胸元をぎゅっとつかんだ。
「なんだ?なんか気分優れなさそうだけど大丈夫か?義勇」
心配そうに顔を覗き込んでくる綺麗に澄んだ藤色の瞳。
錆兎のことは顔も性格もなにもかも好きだけど…ここまで完璧なイケメンじゃなかったらもしかしたらこんな事で頭を悩まさずに済んだかもしれないし、その方が良かったんじゃないかな…と、少し思う。
が、それはもちろん飲み込んで、義勇はどう切り出そうか考えた。
そのまま言ってしまって錆兎に相手を意識されるのは嫌だ。
だから散々悩んだ挙げ句、全体の事として聞いてみることにした。
「あの…真由?ここのオーナーの姪御さん…」
「ああ?」
「錆兎の知り合い…とか言うことはないか?」
真面目そうな少女だった。
そんな子が彼氏がいて一目惚れもないと思うし、あるいは彼氏と付き合う前から知っていて、密かに想っていたとか、そんなところだろうか…と思って聞いてみたのである。
義勇の言葉に錆兎は無言。
記憶を探っているらしい。
その沈黙の間、ひどくドキドキする。
錆兎の方でも実は昔どこかで会っていて、忘れていたけど思い出したらやっぱり…とかだったらどうしようか…と、とても不安でドキドキする。
血の気がさ~っと引いて、冷房が効きすぎているわけでもないだろうに、震えが止まらない。
その義勇の様子に錆兎は少し顔色を変えた。
「義勇、大丈夫か?真っ青だぞ?
俺は全く記憶にないが、なんでそんなこと?
なんか変なことでも言われたのか?」
錆兎は自分との関係を危惧されているなどとは夢にも思っていないらしい。
だからそんな答えが返ってきて、義勇は嘘をついていることに少し心が痛んだ。
が、やっぱり本当のことなど言えないしと、
「いや…なんだか埠頭で合流した時に、こちらを意味ありげな目で見てた気がして…。
初対面の人間に対してとはなんというか…上手く言えないけどちょっと違う感じ。
でも俺は彼女の事は記憶にないし、錆兎が昔何かで一緒だったとかかなと…。
違うなら良いんだ。
ごめん、今回元々不穏な旅なのもあって、俺も神経質になってるのかも。
変に揉めるのも嫌だし、忘れてくれ」
そう言って表情を読まれないように錆兎の胸に顔を埋めると、いつものように大きな手がゆっくり義勇の頭を撫でてくれる。
そして
「わかった。特に相手に何か言うことはしないが気をつけておくな?
まあ今回の旅行は事情が事情だし、些末なことが気になるのも当然だ。
だが一つだけ…俺はお前から離れる気はないし何があっても守るから、安心しろ」
と、義勇が一番欲しい言葉をくれる。
「…錆兎……」
「…ん?」
錆兎が他の誰かを好きになってしまったら…と、不安になることはしょっちゅうで、本当は自分の名前を書いておきたいくらいだ。
もちろんそんな事は出来るはずもないのだけれど…と、思いつつ、せめて隙間なくくっついていたい気分になって、義勇は錆兎を見上げて言った。
──キス…したい……
そう言うと、錆兎はふわりと笑みを浮かべる。
精悍な顔立ちで普段はわりあいとキビキビしているので、こんな風な表情をするのはほぼ2人きりの時だけだ。
──義勇…好きだ……
愛の言葉はたいていストレートで端的だが、その分声音と視線が甘い。
頭を撫でていた手がそっと頬に添えられ、おそるおそると言って良いほどそっと唇が重ねられる。
最初はまるで大切な壊れものにでも触れるように…でも次第に衝動が押さえきれず激しく求めるように…そのどちらも義勇には等しく愛情を感じさせてくれて幸せな気分になるのだが……
ただあまり呼吸が上手に出来なくて、しばしば呼吸困難で意識がぼ~っとするのだけが困りものだ。
今も少しぼ~っとしてきた意識の中にわずかにノックの音が聞こえた気がしたので、義勇は閉じていた目を開けてチラリとドアに目をやって、錆兎をトントンと叩く。
が、錆兎は完全にスルーだ。
それでも気になってワタワタ抵抗する義勇がノックされていると言おうと口を開いた瞬間、錆兎は舌を割りいれ逃げる義勇の舌を絡め取る。
そのまま口づけを深くしつつ徐々に力を失う義勇の身体を抱えあげて、ベッドに寝かせると上から覆いかぶさるように顔をのぞきこんだ。
「…さ…びと?」
息苦しさに少し朦朧とした表情で見上げる義勇の肩口に、今度は錆兎が顔を押しあてた。
「俺以外見ないでくれ…」
と、くぐもった声で言う錆兎の宍色の髪に指をからませながら、不思議に思った義勇がどうしたんだ?と聞くと、錆兎はそれには返事をせず顔をあげて再び口づける。
義勇は今度は抵抗はせず、錆兎がしたがるに任せてそれを受け入れ、自分からも積極的に応じると、やがて唇を放した錆兎が、嫉妬した…男らしくないな、と、苦笑する。
「なんで嫉妬?」
考えても見なかった言葉に目を丸くする義勇に、錆兎は、当たり前だろう…と、口をとがらせる。
「行きの船で女子たちがやたらと義勇をみて騒いでいたから…」
「あんなの冗談に決まってるだろう」
それこそそんな事で機嫌を悪くしていたのかと義勇が苦笑すると、錆兎は絶対に冗談じゃないと、さらにふくれた。
「俺はお前が俺のだと言えないのに…」
と言う言葉に、義勇は
「言えないんじゃなくて言わないんだろう?」
と、苦笑する。
同性だから周りに恋人とは言えないと言うのはよくわかる…が、自分だってそれが寂しいと思っているのに…と思っていると、錆兎は、へ?と目を丸くする。
「言ってもいいのか?」
「言って困るのは錆兎の方だろう?」
何を当たり前のことを、と、義勇が言うと、錆兎はパアアァっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「なんだ、それならそうと言ってくれ。
俺はお前が恥ずかしがる思って我慢していたんだぞっ。
それならもうお前は俺のだから距離感を考えてくれって言うぞ」
あまりに嬉しそうなので、やめとけとは言えない…が、どうやら海陽の生徒会長というのは普通の都立の女子高生も知っているくらいの有名人らしいのに、今後の人間関係を考えた時に本当にそれでいいのか?とは思う。
しかしそれを口にしようと口を開いた瞬間、また唇をふさがれて、その言葉は錆兎の中に吸い込まれて行った。
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