「これで…本部に帰れるかね。もう日本はうんざりだよ」
数時間後、探索を終えた面々がそれぞれ戻って来た。
顔色の優れない地下組とホップとルビナスを尻目に一人清々した顔で言い放つユリ。
ルビナスがぐったりと居間の机に突っ伏す。
「こちらも…気になる点がいくつか出て来たしな。
今日回収した資料と共に本部の資料も漁りたい」
というツクシはすでに一族が回収した資料に目を通している。
そして
「あと本部に帰ったらこいつも調べてくれ」
ポケットから白い塊を取り出してルビナスに投げる。
「なにこれ?」
「女神様の…卵?」
「何よそれ?」
ツクシの答えに眉をしかめるルビナス。
「今から説明してやるからありがたく聞け」
資料から目を離さず、ツクシは小さく息をついて地下での出来事を説明し始めた。
全てを聞き終わったところで口を開いたのはユリだった。
「それって…すげえやばくないか?」
「やばいな」
ツクシが同意する。
「一位に狙われるは、レッドムーンに個人的に狙われるはじゃ、なずなマジ踏んだり蹴ったりだな。留守番してた方が良かったんじゃないか?」
というユリの言葉に、
「でもさ、留守番してたとしても事実は事実だし狙われる事は狙われるから一緒じゃね?」
と、ホップがしごく最もな意見を述べる。
「まあね…女神様の件については今回の研究所?以外の所でそういう情報が広まってるか、実際になずなちゃんのみになのかとかは定かじゃないしね。
むしろ今の時点で魔導生物やイヴィルの種子の製造元だったらしいのをつぶせたのは収穫じゃない?
上手く行けばこれ以上特殊能力持った敵が増えないって事でしょ?
そしたら今いる分をつぶせば実質レッドムーンを潰せるメドがたったって事じゃない?」
ルビナスが手の中の卵をいじりながらコーレアを見上げた。
「まあ…そうなれば本当に良いんだがな」
肯定も否定もせずコーレアは伸びをした。
「どちらにしても…本部に来てからは色々展開がハードだな」
それは誰もが感じていた事なのだが、コーレアがそういう類いの事を口にするとは思っていなかった。
「あなたが疲れたような事言うの初めてよね」
「そうか?」
「そうよ」
ルビナスはきっぱりうなづいた。
「まあ…みんな余裕なくなってきてるってのはあるよな。
色々個人的に問題抱えてるし…
何にもこれと言った問題なくて全てに無関係なのって俺とコーレアとジャスミンとシランくらいじゃね?」
「ああ、確かにな。そう言われると弱音は吐けんな」
ホップの言葉にコーレアは苦笑した。
「んで?肝心の悲劇のヒロインはどこよ?」
予測はついてるけど…と、うんざりした目で茶をすするユリ。
「まあ…ご想像の通り」
ホップの言葉に
「最近…ひのきはなずな抱え込みすぎだよな」
とユリは面白くなさそうに口をとがらせた。
「当たり前だっ。
それよりユリ、前々から気になっていたがお前の言い方、お館様に対して失礼だぞっ!
お館様、もしくは貴虎様と呼べっ!」
「あ~の~な~~~」
つくしの言葉にユリは頭を抱えた。
「同僚になるんだし、お前間違っても本部でお館様とか呼ぶなよ?馬鹿つくし!
お前が皆に引かれるのはお前の勝手だけど巻き込まれるひのきが気の毒だっ。
それになずなとの付き合いは私の方が長いんだっ。話くらいさせてもバチは当たらんだろ」
「お館様はお館様だっ。そのくらいで引く周りが悪いっ」
きっぱりと言うつくしにユリがげんなりした顔をする。
他の事ではきちんとケースバイケースという言葉を知っているはずの鉄線なのに、ことひのきに関する事になるとどこぞの石頭の忠犬のような頑固さだ。
「ああ、そうかよっ。勝手にしろっ」
これ以上の議論は無駄とばかりに言い放つと、ユリはだんまりを決め込む事に決めた。
「なずな…大丈夫か?」
車に戻っておよそ2時間、泣くだけ泣いてさすがになずなの涙も乾き始めると、黙って傍らでその様子を見守っていたひのきはそう言って抱え込んでいた恋人の身体を少し放すとその顔をのぞきこんだ。
「うん…。大丈夫」
真っ赤な目で答えるなずなに、大丈夫という言葉を使うなと言ったのは自分なのにそれを自分がうながしてどうすると、ふと気付いて、ひのきは自分の馬鹿さ加減にうんざりする。
あんなショッキングな場面に遭遇して2時間ちょっとで大丈夫になるわけがない。
大丈夫かなどと聞く事自体が滑稽だ。
「うん、本当に大丈夫なのよ?」
そんなひのきの自嘲を読み取ったかのようになずなは再度繰り返した。
「親しい人の死は慣れてるし…その時は泣くけど大丈夫」
うつむきがちにまるで自分自身に言い聞かせるように小さくつぶやくなずな。
泣いていてさえなお弱音を吐かない気丈さが、ふわふわとか弱そうに見えて実は厳しい人生を送って来たのであろう事を思わせて、返って痛々しい。
「俺も…極東支部だったら良かったな」
そうしたらずっと守って甘やかして、せめてもう少し弱音を吐くくらいの事をさせてやれたのに…。
「でも…そしたらタカは今のタカじゃなかったかもしれないから…今のままがいい。
今のタカが好きだから」
にこりと見上げるなずな。
そのままひのきの背中に手を回してぎゅうっとだきつく。
「なずなは…いつでも過去を振り返って後悔したりとかってしねえよな。
それってすげえと思う。
俺は振り返ってばかりだから」
「う~ん…変えられない過去に固執するより未来の心配してた方がまだマシだと思うし、死んだ人間より生きてる人間に加担する方が好きだから…」
右手の人差し指を唇にあてて首をかたむけるなずなに、女って強えな、とひのきは苦笑する。
「強くないよ?未来の事はすっごく心配。
もうどうしようって思う事しょっちゅうだし」
少し眉をしかめるなずなにひのきも少し表情を硬くした。
「女神様騒動…か?」
あえて避けていたその話題を口にすると、なずなは一瞬止まった。
そして次の瞬間
「ああ、そんな事もあったわね」
と、たいした事でもないように言う。
「そんな事もって…それ以上の気がかりってねえだろっ」
なずなの思考回路は本当にわからない。
一番の当事者な問題な気がするのだが…
「ん~、でもほら、装置壊れちゃったみたいだし、みんなやタカが一緒にいて拉致ってないでしょうし、そもそもあれって私に限った事なのかもわかんないしね。
それに私強運の人だから…大丈夫なんじゃない?」
あっけらかんとしたなずなの物言いに、返ってひのきの方が不安げに
「そう…なのか?」
と問いかける。
「うん♪今回だって本部送りになったのってイヴィルが大挙してくる2日前じゃない?
たまたま歓迎会で逃げたらタカに拾ってもらえたしっ。
それにね、大丈夫!私の家系ってずっとジャスティスなんて死にやすい事やってるのになんのかんの言って続いてる強運家系だからっ。」
「ずっとって…?親の代からじゃなくてか?」
「うん!おばあちゃんも曾おばあちゃんもそのまたお母さんもずっとそうらしいよ?
お母さんの側の家系は女系続きでジャスティスなの。
私が極東で姫って呼ばれてたのはね、そういう支部の主みたいな家系だからなの」
くるりんと無邪気な目でとんでもない事を語り始めるなずなに一瞬驚きのため言葉がでないひのき。
「まさか…全員治癒系で…初代に続いてる、とかはないよな?」
「初代の石蕗ちゃんは近接だったし、そこまで昔の事はわかんないけど、全員治癒系っていうのはその通り♪」
まさか…それかっ!
「ちょっと、なずな来い!」
ひのきはなずなの腕をつかんで立ち上がった。
「な、なに?」
「いいから、それルビナスに話せっ!」
「???」
「驚いたわ…そんな事あるのね…」
ひのきから話を聞いたルビナスは目を丸くした。
「はい♪毎回支部生まれ支部育ちなので他に出会いもないのか、父親もほぼジャスティスのジャスティス家系なんですよ♪」
「すごいわ、それは。もうサラブレッドジャスティスって感じね」
「唯一の治癒系ジャスティスがそうやって同じ家系で続いてるって事は…他の11のジャスティスとはまた性質が違う能力と考えるのが妥当かもしれませんね…」
ツクシも初めて資料から目を離して真剣に向き直った。
「つまり…クリスタル、宝珠の本来の持ち主の家系…例の女神様とやらの血筋がなんらかの形で続いてるという可能性が高いということか…」
コーレアも片手で顎をなでて考え込む。
「そう考えればなずな様が過去に呼ばれた事も次代の女神にと乞われるのも納得がいきますね…」
ひのきに抱え込まれているなずなの代わりに、今日はツツジが茶を配っている。
「ふ~ん…。んじゃ、子姫ちゃん生まれたらやっぱり治癒系ジャスティスになるのか」
ユリのつぶやきに
「たぶん。私に何かあったら私の娘がやっぱりそうなるんだと思うよ~。
もしかしたら何もなくてもクリスタルの空きがあればいきなり目覚めちゃうかもだし」
とうなづくなずな。
「ええ?そういう事もあり?!」
身を乗り出すルビナス。
「まあ…治癒系ジャスティスに子供が生まれた時に都合よくクリスタルの空きがあるなんて事そうそうないが、鉄線でかき集めた資料によるとかなり過去をさかのぼれば実は治癒系ジャスティスが二人いた時代もなくはない」
「うああ…そうなんか」
「すごいわね、なんというか…科学者の血がふつふつとうずくような事実ね…」
「というわけで…早くお子様作りましょう、お館様」
いきなり結論付くツクシに、ひのきはむせかえる。
「お前…まさかそれ言いたくてホラ吹いてるんじゃねえだろうな?」
ジトリと疑いの眼差しをむけるひのきにツクシは澄まして言う。
「とんでもない。ただ跡取り欲しいだけならもう少し手っ取り早い嘘つきます。
なんなら鉄線の資料庫から資料取り寄せますか?」
「いや、別にそこまでは…」
ツクシに自信満々に言われて口ごもるひのき。
「でもほら、ファー達の赤ちゃんだってわからないじゃないですかっ♪
今ちょうどクリスタルに一つ空きがあるし、もしかしたらジャスティスになっちゃったりとか♪」
明るい口調でポンと両手を叩くなずなに、
「しかし…他のジャスティスの子供がジャスティスになったという話は今のところ特にありませんね」
とツツジが口をはさむ。
「ま、いいじゃん。なずな、いいから小姫ちゃん作れっ♪
ジャスティスじゃなければないで私育ててやるぞっ♪」
完全におもしろ半分でちゃかすユリに、ツツジが真剣な面差しで言う。
「いえ、お館様のお子のお世話はわたくしがさせて頂くという事になっておりますので、お気遣い無く」
「そうだ。ブルースターに取られないなら何を好き好んでそんな所で育てないといかんのだ。お館様のお子は鉄線一族が責任をもって…」
「あら、親子一緒の方がいいわよね~♪
そうなったら私はデスクワークに戻って引き取っても良いわよ~♪」
「おまえら~~、黙って聞いてれば勝手な事を!
なんで俺の子を他人に任せないといけねえんだっ!」
生まれる予定すらない子供の事で言い争いが始まるのを見て、コーレアとホップが顔を見合わせて小さくため息をついた。
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