少女で人生やり直し中_56_隊士になりたい

今日…2年ぶりにあの人が来るらしい。
会えるのは嬉しくて…でも怖い。
それでもやっぱり会いたかった人……


2年前のあの日、禰豆子にとっては何の変哲もない日のはずだった。
亡くなった父の代わりに炭焼きの仕事をする母と兄。
その間、一番下の弟を背負いながら、他の弟妹の面倒を見る。

たまに兄に付いて山の下の町に出ることもあったが、禰豆子の毎日はいつもそんな感じに過ぎていっていた。

そのままならおそらく弟妹が大人になって手がかからなくなるまでそんな風に家のことをして、それなりの年になったら縁があれば町に降りた時に色々と声をかけてくる町人の一人と夫婦になったかもしれない。

良くも悪くも平凡で変わり映えのしない生活である。
それが一気に変わったのがその日、あの人が訪ねてきた日だった。


──こんにちは。
と、戸の方で声がした。

若い男の声だ。
こんな山の上に人が訪ねてくるのは珍しい。
…というより、初めてなんじゃないだろうか。

見るからに粗末な小屋で金目のものなども当たり前にないから、鍵をかける習慣もない家で、それでも相手は勝手に戸を開けることなく、行儀よく家人が戸を開けるのを待っているらしい。

──俺が見てくる…
と、兄が申し出たのは警戒からではない。
下の妹弟たちが出て、客人に失礼があったら、という気遣いからである。


そうして兄が応対して、しばらくして戻ってきた時には、なんだか立派な男性を連れて来ていた。

黒い何かの制服のような立派な服を着て真っ白な羽織を羽織っているその人は、見るからに力強く見目もよく…なんだか立派な家の人に見える。


どこか良い家の若様のような人が何故こんな粗末な炭焼き小屋を訪ねて見えたのだろう…。

そう思いながらも、禰豆子はそれまで全く気にならなかった自らのみすぼらしい着物がとても恥ずかしくなって目立たぬよう台所へとかけこんだが、兄が家の者全員集まって話を聞くようにと言うので、仕方なしに母の陰に隠れるように、この家唯一の…夜はそこで並んで寝ている部屋に行った。

そこで聞かされたのは、近々鬼がこの家を襲ってくるという荒唐無稽な話である。
だが、母は何故か信じたようだ。
兄も全く疑う様子がない。

兄は匂いで人の感情やら諸々を察することができるという変わった能力の持ち主で、その兄が疑っていないということは、おそらく本当のことなのだろう。

なんとも不思議な…と思うものの、そう言いだせばこんな立派な人が我が家を訪ねてくるのも不思議な話である。

話を聞くと、彼は鬼を退治して回っている組織の人間らしい。
そう言われてみてみれば、腰に刀を下げている。


鬼がいつ来るかははっきりはわからない。
でも自分も忙しいので申し訳ないが鬼が来るまで待ってもいられない。

そういうことで、山は違えど山中に住んでいる自分の師匠の家のそばに引っ越してもらえないだろうか。
そこなら鬼が来ても師匠に守ってもらえるから…
というのが、彼の要件だった。


住み慣れた山でここには先祖どころか亡くなった父の墓もある。
財産と言えるほどのものもないし、それがなければ越すのは構わないが…と悩む母に、引っ越しを勧めたのは兄だった。

墓は離れたら無くなるものではないし、安全を確認できる時期が来たらまた参れるが、家族の命は失われたら最後である。
そう説得されて、母も重い腰をあげた。


そうしてわずかばかりの荷物を持って一家は住み慣れた雲取山を離れることになる。
新しい住居は客人、錆兎の師匠が用意してくれるということで、禰豆子達は初めての長距離の旅に出た。

まだ4歳の六太は歩くのも辛かろうと、錆兎が背負ってくれることに。
それどころか、6歳の茂や8歳の花子まで、歩き疲れたと言えば抱きかかえてくれた。

道々雑談がてら知ったところによると、彼は兄の炭治郎よりたった6歳年上なだけで、すでに奥方とお子までいるという。

禰豆子は兄も十分頼りになる男だと思っていたが、錆兎に比べるとまだまだ子どもだな…と思った。

もう亡くなった禰豆子達の父も優しい穏やかな、例えるなら植物のような人で、禰豆子が覚えている限りではずっと病に侵されていたのもあり、安らぐという意味ではホッとする人ではあったが、こんなに生命力に満ちていて、そばに居れば大丈夫と安堵できるような人ではなかった。
そういう意味では頼りがいのある人ではなかったと思う。


男らしくて強くて見目が良くて…まるで物語の主人公のような人…。
それが目の前に突然現れたのだから、お年頃の少女としては惹かれるのもおかしくはない。

妻子があると言っても目の前で見たわけではなく、今鮮明にその姿を目の当たりにしているのは理想の男性その人だけなのだ。

禰豆子はほぼ遠くには行ったことがなかったのでこれまで見かけたことはなかったが、確かに今回、移住先の狭霧山に行く道々で幼い兄弟連れということで思ったよりも足が進まずに野宿などすることになった時は、本当に鬼に出くわしたこともあった。

それを手にした刀で一刀両断にする錆兎の姿は強いだけではなく美しいと思った。
刀はきらきらと金色の光をこぼすように光る青い刀で、それは鬼を斬るために特別に作られたものなのだという。

彼がそんな刀を振るう様子は、その刀と同様にキラキラと輝いて見えた。



強いだけではない。
昼間に休憩する時などには、錆兎は座らない。
てっきりあたりを警戒しているのかと思っていたのだが、さあ休憩は終わりにして先に進もうかとなって、彼が荷物を背負うのにかがんだとたん、ぴゅうっと冷たい風が禰豆子の頬を打った。

ああ、そうか。
彼は休憩中もみんなの風よけになってくれていたのだ、と、禰豆子はその時に気づいた。
そんな風に男らしいのに随分と細やかで、禰豆子はまた惹かれてしまう。

途中で雲取山の麓の町とは違って随分大きな街にたどり着いた時、珍しい菓子が売っていて、弟妹たちが羨まし気に見ているのに気づいて道中に食べるのに一つずつ選ばせて買ってくれた。

その時に禰豆子も──お前はどれがいい?と聞かれて、さすがに助けてもらうのに菓子まで買ってもらうのは悪いと思い、──私はいいです…と、遠慮したつもりだったのだが、彼はそうはとらなかったのか、あるいは禰豆子の遠慮に気づいていたのかはわからない。

──そうだな、年頃の娘は菓子よりこちらか…
と、綺麗な薄桃色の絹の髪留めを買ってくれた。


今まで着物ですら繕い繕い着ていたくらいなので、こんな小洒落たものを貰ったのは初めてで、すごくすごく嬉しくて礼を言うのも忘れてぎゅっとそれを握り締めていたら、
──どれ、つけてやろう…
と、彼が髪につけてくれる。

姉弟子と妹弟子と共にずっと育ってきたという錆兎からすると、こんなことは当たり前なのかもしれないが、禰豆子にとってはその出来事自体が宝物のような一生の思い出だ。

狭霧山について彼は仕事があるからと行ってしまったが、会えなかった2年の間、忘れた日など一度もない。

もう一度会いたくて…でも会うきっかけなんてあるわけもなくて…それでも狭霧山の生活も落ち着いて慣れてきた頃、兄がいきなり自分も鬼殺隊の隊士になりたいと言い出した。

今までは父がいない家で母を支えなければならなかったが、今は近くに頼りになる鱗滝先生が住んでいる。
だから自分たちがこうして助けてもらったように、自分も誰かの役に立ちたい。
兄はそんな理由らしいが、禰豆子は自分もなりたい!と申し出た。
もちろん兄と同じ理由もなくはないが、それよりも隊士になったらまた錆兎に会えるかも…ということの方が重要である。

兄に対しても自分に対しても、先生は隊士になることを勧めはしなかったが、毎日毎日頼み込んで、なんとか弟子入りを許してもらえた。

鍛錬は厳しくて女の禰豆子に対しても容赦はなかったが、錆兎の奥さんも先生の元で修行をした隊士だということである。

負けてはいられない!と禰豆子も兄と一緒に頑張って修行をした。
そうしてようやく最終試験。
刀で岩を斬れれば最終選別に行っても良いと言われる。

だが、ここで兄妹共に行き詰った。
ぜんっぜん斬れない。
必死に岩に向かうこと半年。

先生の元で修行をして最終選別を受ける許可を得るための最終試験らしいのだが、本当にこれ斬れるの?と疑ってみたくなるくらいには岩は当たり前に固い。

そうして二人して斬れずにうんうん唸っていると、鱗滝先生がおっしゃった。
先輩に稽古をつけてもらうか?と。

そう、そしてその先輩というのは、錆兎のことだった。


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