少女で人生やり直し中_54_雲取山にて…

──大急ぎで雲取山に向かって欲しい。
それが錆兎の愛妻の突然の言葉だった。

そう言う義勇の腹には3人目の錆兎の子が宿っている。
すでに上には双子の男児がいて、それは柱としての任務で忙しい父親である錆兎とそれに随行する母親である義勇の代わりに、ほぼ花柱屋敷で預かって養育してくれていて、自分の子だというのに面倒を見ることができていない時点で世間様に申し訳ないので次はしばらく作るまいと思っていた。

しかしながら、しかしながらだ、10の年に山で途方にくれている義勇に一目ぼれをして連れ帰ってから祝言を挙げられる18になるまで、ずっとそばにいるのに手を出すわけにもいかずじっと耐えていて、ようやく愛をかわせるようになれば、鬼殺隊の柱だ御旗だと祭り上げられたところで、錆兎だって若い男なのだ。
当然やることはやりたい。

しかしそうするとかなりの確率で子ができる。

愛する嫁との子なのだから、当然嬉しくないわけはないのだが、実際問題、花柱屋敷に多大な迷惑をかけている気がするので、申し訳なさが先に立った。

だが、自身は戦いの後遺症で子が持てぬカナエが不死川と子育てをするのが楽しいのだと、気を使ってくれているのかもしれないが、そう言ってくれて、不死川から宇髄あたりに伝わったのだろうか、花柱屋敷がダメなら宇髄家で育てるか?と申し出られ、それがさらにどこをどう伝わったのかわからないが、どうせなら我が家で英才教育を施して最強の剣士に…などともったいなくも恐れ多くも奥方様まで申し出られてこられた頃には、もういいか…とさすがに錆兎も開き直る。

子は結局、絶対に渡さない!自分が育てるのだ、と、いつもにこにこおっとりとしているカナエが珍しく強固に主張したので、続けて花柱屋敷にお世話になることになった。

そして…今、腹に子がいる義勇も錆兎が居ない時は宇髄の所の須磨が水柱屋敷に来てくれるか、花柱屋敷行きである。

そのあたり、水面下で次の子をどこで育てるのかという戦いが始まっているとは聞くが、もう相手が迷惑ではないといい、子ども達を健やかな状態に保ってくれるなら、相手はお任せしようと思っていた。

と、そんな忙しくも賑やかな日々が続く中、いきなり義勇が冒頭のように言ったのだ。
義勇の19の誕生日が少し過ぎた頃、雲取山でとある家族が鬼に襲われるのだ、と。

それはどこの情報だ?と聞いても、そう思うのだとしか言わない。
義勇が最近接するのなんて須磨かカナエか不死川くらいだが、彼らは義勇に言うなら錆兎に言うだろうし、確認を取ろうにも、早く早くと急かされて、錆兎はあるいは夢にでも見たのかと半信半疑で雲取山へと足を運んだ。


雪が降り積もる中、雲取山の指示された場所には確かに炭焼き小屋がある。

義勇の言うことは全くのでたらめや想像でなかったことはそれでわかったわけだが、それでは炭焼き小屋の住人を避難させるとして、どう説得すればいいのだろうか…。

──こんにちは…
と、もういつ鬼が来るのかもわからないので時間をかけられないと、錆兎がまだ結論も出ていない状態で木戸を叩くと、

──はい、どちら様でしょうか?
と、こんな場所で育ったにしては随分と礼儀正しい様子でおそらく最終選別に向かった時の自分たちくらいの年齢の少年が戸を開けて顔をのぞかせた。


「突然の訪問で失礼だが、親御さんはおいでだろうか?
俺は渡辺綱を先祖とする剣士で渡辺錆兎と言う。
急ぎお伝えしたいことがあるのだが…」
と、それは実家を出る時に家宝の鬼切安綱と共に持たされた家紋入りの短刀をちらりと見せる。

「え…あのおとぎ話の…」
と、少年は目を丸くして、それでも疑う様子を見せずに
「母さんっ!鬼斬りのお侍の子孫の人が来たっ!!」
と、奥へ入っていく。

いくら身の証の短刀があると言っても、家紋なんて知る人ぞ知るでこんな山の子どもまで知っているようには思えないし、素直なのは良いが信じすぎて危険ではないか…と、この時錆兎は思ったわけだが、のちに、この少年炭治郎が鱗滝先生と同じく匂いで人の心の機微まで知ることのできる少年だと知って、なるほどと納得した。

こうして部屋に通されると、そこには母親と6人の子ども達。
理解はされない、信じてもらえないかも…と思いつつも、ここに数日以内に鬼が襲ってくるので、このままここに居ては危険なのだと説明すると、なんとあっさり信じてくれた。

この時は錆兎も炭治郎の能力など知らないのでとても不思議に思ったわけなのだが、とにかくこれで義勇からの頼まれごとはなんとか果たせそうだと安堵する。

しかしそれではどこに逃げる?となって、自身も実家を失くしている錆兎が頼れる先など一つしかない。

自分たちが育った狭霧山なら、鱗滝先生がいるのと他に人がいないせいなのか昔から鬼が出ない。

先生の小屋のそばに小屋を建ててそこに住めば、もともと山暮らしの彼らは不自由なく暮らせるだろう、そう判断して先生に鎹烏で事情を伝え、一家は自分が狭霧山まで案内することにした。

最初に出てきた少年と、そのすぐ下の妹以外の4人の子どもはまだ随分と幼かったので、昼間はおぶってやり、鬼が出るかもしれない夜は代わりに全員の荷物を持ってやって狭霧山に急ぐ。

それに母親や少年はたいそう恐縮したが、『なに、自分も双子の子どもがいるから他人事ではない』と言うと、まだ若いように見えるのに…とたいそう驚かれた。

とりあえずその日のうちに雲取山を降りたので、おそらく義勇が言っていた災難は避けられたのだろうが、田舎道でいつも宿があるわけではないので、夜も室内で休める時ばかりではない。

結果野宿をすることになって、その際に1,2度鬼に遭遇したが、まあ柱である錆兎の敵ではなく、一刀両断斬って捨てた。


そうして狭霧山にたどり着く。
久々にお会いした鱗滝先生は、なんと早々に知人の猟師にも手伝ってもらって炭焼きの家族の住む小屋を建ててくれていたらしい。

「とりあえずは寝起きできる程度の小屋は建てたが、あとは狭ければ増築するとしよう」
と、いきなりの依頼にも関わらず尽力してくれた先生に礼を言うも、錆兎自身は任務の合間の頼まれごとで思いがけず時間を取ってしまったこともあり、急いでその場を離れることになった。
そして身重の愛妻の頼みもこれで果たせたと、そのまま真菰と合流して任務に奔走する。

何故雲取山に足を踏み入れたこともない義勇が、そこに住む炭焼きの家族のことを気にしたのかは結局わからないままだったが、錆兎も日々の忙しさに紛れてそんなことはすっかり忘れてしまった。

しかし2年ほどのち…また顔を合わせることになるのだが、それはもう少し先の話だ。



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