少女で人生やり直し中_53_望めぬもの

──毎回毎回すまんな
──ううん、赤ちゃん可愛いし、みんな預かるの楽しみにしてるのよ

今日も水柱とその嫁が赤ん坊を抱いて花柱屋敷に預けに来る。

赤ん坊というものはそれだけでも愛らしいものではあるのだが、たいそう顔立ちの整った父親の水柱似の双子の赤子なので、さらに可愛らしい。

隊士になった頃にはすでに恋仲だった赤子の母親の存在があってなお、強くて賢くて容姿も大変よろしい水柱は鬼殺隊のかなりの女性陣の憧れの存在だったので、その彼に瓜二つの赤子となれば世話をしたいという女性隊士は大勢いいた。

実際、花柱屋敷の少女達も赤子達が来るとこぞって世話を焼きたがる。
それどころか、たまにお館様のお嬢様達がおしのびで会いに来られたりもするほどだ。

そんなわけで、両親ともに任務で多忙で花柱屋敷に預けられて他人に囲まれて過ごすことの方が多い赤ん坊たちは人見知りもせず、上から下まで皆の人気者である。

それでも花柱屋敷の主として常にそこにいるカナエが面倒を見ることが一番多いので、なんとなく自分に一番懐いてくれているようにカナエには感じられた。

この子たちの親はきちんと別にいて、自分は預かっているだけなのだ…と、それは忘れないようにといつも自らに言い聞かせてはいるが、それでも小ささのわりにずっしりと重い赤子を抱いていると、まるで自分が市井の普通の幸せな家庭を持った女性になったように感じられる。

自ら決めた道を進んだ結果、永遠に失われることになったそんな幸せを後悔したことはあまりないが、そんな温かさを感じていると、それが仮初であることに少し悲しい気持ちになった。


水柱にそっくりではあるものの、そこはまだ赤ん坊らしくふっくらと饅頭のように柔らかい手。
それを自分に向かって伸ばされると、子の産めぬ自分でも母性というものは残っているのか、何とも言えない愛おしさを感じた。

こんなに愛らしい赤子達を預けて任務に行くのは辛くないのだろうか…と、ふと気になって、彼らの両親の姉弟子でカナエの友人でもある真菰に聞いてみたことがあるのだが、

「う~ん…愛情はあるみたいだけどね。
錆兎はそもそも親がある程度育成計画は立てたとしても親自身が子の日常の諸々をやるような家で育ってないし、義勇は子どもたちは錆兎みたいに育ってほしいから、本当は鱗滝先生に弟子入りさせたいみたいだよ?
義勇の夢は大小の錆兎で地を埋め尽くすことらしいから。
あの子たちはお互いを好きすぎるからねぇ…」
という言葉が返ってきて唖然とした。

なるほど。
水柱は平安から続く名門の家の跡取りだったというのは聞いている。
そんな家だとお手伝いや乳母に育てられるのが当然なのか…

そう言えば義勇の方も、この子たちがお腹にいる間は花柱屋敷で預かっていたが、水柱が心配なので早く子を産んで任務に随行したいといつも言っていた気がする。

まあ確かに絶対と言うことはこの仕事ではありえないのだが、あんなに強い水柱の何がそこまで心配なのか、カナエにはよくわからなかった。

そう、義勇の人生が二度目で、前世で怪我で離脱して他の助けを呼ぶ声に走り去る錆兎を見送ったまま彼を失ってしまったトラウマだなどということをカナエは知る由もないのだから…


まあカナエには理解できなかったとしても、義勇は子ども達をカナエに預けても可能な限り水柱に随行していた。

そして水柱自身は有名な愛妻家で彼女にはとても弱いのもあって、
──自分の子なのに無責任に押し付けて本当に申し訳ない。
と恐縮をしながらも、だからと言って自分が任務に行かないという選択肢はとてもではないがありえないので、子を預けて夜の現場へと消えていく。

それでも随分と律儀な性格をしているので、任務が終わればまっすぐ花屋敷に来て、礼を言って子ども達を連れて帰っていくのだ。


──別にもう少し預かってもいいんでちゅけどねぇ…
と、今日もカナエは赤ん坊たちのふっくらした頬を指先で軽くツンツン突きながら話しかける。

なにしろ夜に任務と言うことは、普通の隊士はそれが終わったらまず休むのだ。
身を清めて食べて寝て…赤子とゆっくり戯れる元気が出るのなんて午後からだろうし、それまで預からせてくれても…と、そんなことを考えながら寝かしつけた赤子の寝顔を見て夜を過ごしていると、明け方、水柱達が戻ってくる。


──頻繁に本当に申し訳ない。でも預かってもらえて助かっている。
と、いつものようにまずそう始める水柱。

今日は大掛かりな任務だったらしく、きつねっこ姉妹が左右に居るのは毎度のこととして、そのさらに横には不死川もいる。

「ううん、二人ともいい子にしてたわよ。
それにね、任務後すぐは錆兎君も休んだ方が良くない?
いつも思っていたんだけど、良ければうちで午前中まで預かるわよ?
ゆっくり休んで午後にでも迎えに来てくれてもいいのよ?」
と、思い切っていってみるが、
「いや…それはあまりに無責任だし申し訳ない」
と、固辞された。

ああ、やっぱりそう言われるわよね…彼の性格上…
と、がっかりするカナエ。

しかし今日は援軍がいた。

少し肩を落とすカナエに気づいて、不死川が
「あ~、いいんだよ、ここは。
可愛い赤ん坊見てっとカナエも気晴らしになるし、カナエが忙しくても赤ん坊に構いてえ女手はわんさといるからなァ。
…赤ん坊な、好きなんだよ、こいつ」
と、後押しをしてくれた。

それにさらに、
「ほら、良いって言ってる。
世界で一番カッコいい錆兎にそっくりな赤子と一緒にいたくない人間なんて存在するはずがないっ。
あと、3人4人作っても全く問題ないっ」
と、義勇が謎な発言を口にして見せる。

さすがにその発言はよくわからなくて、それでも
「ええ。私は赤ちゃんの世話は楽しいし全然かまわないけど…うちの子達もみんな赤ちゃん達を可愛がってるしね」
と言いつつ、真菰に目で問いかけた。

もちろん真菰はそれに気づいて苦笑。

「あ~…義勇の野望の話?
義勇は世界を錆兎の子で埋め尽くしたいから子どもいっぱいつくりたいんだけど、錆兎が実際双子でも花屋敷に迷惑かけてるんだから、せめて双子達が大きくなってある程度下の世話できるまではダメだって…」
と、説明をする。

「そ、それなら育てたいわっ!!
大丈夫っ!ちゃんと面倒を見られるし、預けてもらえるならうちで責任を持って面倒をみます!!」

ほとんど条件反射だった。

もう持てないと思って経験することはないのだろうと思っていた子育てを任せてもらえるなら、これ以上嬉しいことはない。

不死川もそれに
「ほらなぁ…。
御旗様はちったぁ周りを頼りゃぁいいんだって。
お前が任務に出ねえとみんな困るんだし、お前は人気モンだからなァ。
お前の子の面倒を見てえって奴なんてごまんといる。
その血を残してくれんなら、なんなら宇髄の家やお館様んちだって引き取るって言い出しかねねえぜぇ?」
と、にやにや笑って言う。

「でも……」
と、そこでまだ引いて見せる錆兎に、ここはもう、体裁を取り繕っている場合ではないと思った。

「錆兎君っ!」
「…はい…」
「私ね、自分の子どもを産めないけど、子育てはすごくしたいっ!
子どもを育てたいのっ!!」
グイっと身を乗り出して言うカナエに珍しく臆したように固まる錆兎。

「責任は持つっ!
ちゃんと責任を持って育てるから、義勇ちゃんが産みたいならお願いっ!!」
と言われて、錆兎はちらりと義勇、そして真菰を見る。

「う~ん…いいんじゃないかな?
錆兎にしても義勇にしても優秀な剣士だし、その血をひく子がいっぱい産まれるっていうのは、なんていうか…鬼殺隊にとってもすごく良いことだと思うよ?
錆兎だってさ、乳母に育てられてたわけでしょ?
別に変わらなくない?」

「…それはそうだが……」

「私は錆兎の子をいっぱい産んで地を満たしたい。
カナエちゃんは子を育てたい。
ついでに不死川もカナエちゃんと子育てしたいよね?
みんなしたいことができるし、ぜんっぜん問題なくない?」
と、最後に義勇のダメ押しで、なんだか水柱家の家族計画が決まったようだ。

その日は不死川も花屋敷で楽しく赤ん坊の世話をしたいということで、翌日の午後まで赤ん坊を任せることに……

その2か月後…またつわりの義勇を預かることになったカナエはもしかしてあの日?とうきうきと言って不死川を赤面させたのである。


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