世界を敵に回しても_14_後悔先に立たず

──…鱗滝って…冨岡のこといつから名前で呼んでたんだ?

朝食時にバイキングレストランで錆兎と義勇が朝食を摂っていた。
それに乱入しようとして追い返されてきた不死川の宇髄に対する第一声がそれである。

不死川が錆兎の許容限度を超えた時点で、早かれ遅かれこういう事態は起こるのはわかっていたのだが、宇髄の予想をはるかに超えて、展開が早すぎる。

もう少し徐々に進むと思っていて、少しずつ対応をと考えていた宇髄は、一気に終わってしまったそれに頭を抱えた。


とりあえずあのあと不死川には、不死川が有休をとっている午前中に色々考えて昼にでも錆兎に確認を取っておくからと食後に少しでも仮眠をと早々の帰宅を促したが、バイキングなのにほとんど食っていなかったあの様子だと、帰宅しても眠れないんだろうな、とは思う。

なので、──不死川は有給で午後の会議だけ出席だし、昼にでも事情を聞きたい…と錆兎にメールを送ると、──わかった…と返ってきた。

と言っても隣の席なので、朝の会議のため席についた時に
「展開早くてびっくりしたわ」
と、軽い調子で投げかけてみれば、すでに席について会議で必要な資料をまとめていた錆兎は
「お前にとっては昨日からの出来事だったかもしれないが、俺にとっては7年前からの出来事だったからな。
普通、ある程度結果が出せるよう時をかけて事前準備はしておくだろう?」
と、まるで仕事の話のように生真面目な様子で返事を返してきた。

ああ、そうだ。
錆兎は不器用だが常に努力を怠らない奴だった。

塾でだって、苦手なこと、大変そうなことほど、早い時期からコツコツと真面目にとりくんでいた男である。

大学も高校時代に著書を読んで感銘を受けた教授の講義を受けたいということで選んで、驚くべきことになんと滑り止めをうけなかった。

「4年も在学することになるのに、希望するもののない大学に行っても仕方ないだろう?
落ちたら自分の努力か能力が足りなかったのだろうし、その場合はいったん働いて学費を貯めてからまた受けなおす」
などと、恐ろしいことを言う。

「いやいや、お前、東京でも名だたる進学校の首席だよな?
それが高卒で働くの?」
と言うと、逆に
「本当に学びたいことを学ぶ金を得ながら、社会人としての諸々やその仕事に関する知識を学べるのは有意義だろう?
別の大学を出てしまえば卒業時には4年間の学費が出て行くだけで、そこからさらに4年分の学費を貯め治すとなると学びたいものを学んで大学を卒業するころには30を超えてしまうじゃないか」
と、それが当たり前のように返されて絶句したことを宇髄は思い出した。

ああ、錆兎は確かに地頭も悪くはないのだが、それよりなにより努力と信念の男なのである。
これという着地点を決めたなら、日々努力を怠らないし、決してあきらめない。

前回、自分の立場を話して自分との友情を前面に押し出して待ってもらえたので、あと1年、なんとか待ってもらえないかなどと甘い気持ちでいたのだが、これ以上やればおそらく今度は自分が錆兎の許容を超えて切られるだろう。

錆兎は待つ期間を時間で区切らなかった。
例えば時間で区切った場合、最初は多かった暴言が徐々に減り、義勇に優しく出来る機会が増え、義勇の方も心を許し始めたところで時間切れになってしまえば、互いに信頼関係が出来て好意を持って幸せになりかけているのを乱して崩してしまうことになる。

だから錆兎は飽くまで状況が変わらずにいたら…ということで、暴言の回数で区切ったのだろう。

頭が良くて…でも不器用で、なにより自分よりも大切に思っている相手に優しい男だ。
そうやって待っている間に永遠に自分の手には入らなくなるかもしれないのに、好きな相手のためにいつになるともわからない長い期間、努力を続けてきたのである。

それこそ、パーソナルスペースがめちゃくちゃ広い義勇が一日で落ちるほどの努力を…


宇髄はいつも不死川の気持ちに寄り添って考えていたが、そう考えると自分は親友と言いつつ錆兎に対して随分とひどいことをしてきた気がした。
錆兎はあの7年前の日から、一度もそれで宇髄を責めるようなことを言ったことはなかったが、友人であるなら、少なくともどちらの肩も持つべきではなかったと今思う。

さて、何をどういうか…

錆兎に不死川の都合だけを押し付けたのは今更取り返しのつくことではない。
これからは双方に肩入れをするのは控えるべきだ。
そうは思うのだが、こうなってみると幸せを掴んだのであろう錆兎に対して自分が何かできることはない。

宇髄自身がやらねばと思うのは、やはり長年の片思いが完全に破れた不死川へのフォローである。
それは不死川が暴走して錆兎や義勇の方へ攻撃をしないようにということにもなるから、広い目で見れば錆兎のためにもなるのだろう。

今日は企画営業部も発表がある日ではあったが、そのあたりは錆兎がすることになっているので、宇髄はひたすら昼休みにどう話すかを考えるのに午前中の時間を費やした。


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