世界を敵に回しても_13_バリア

入社から2年。
初めて足を踏み入れる社食のバイキングレストラン。
新入社員の頃から一度来てみたかったその店に、義勇のテンションは嫌でも上がった。

嬉しくて嬉しくて、本当にずっとここに来てみたかったのだと告げると、錆兎は
「なんだか喜んでもらえて何より」
と、笑みを向けてくれる。

会社のビルの高層階にあるので眺めも抜群なので、窓際の二人席に腰を下ろすと、
「荷物見てるから、先行ってきていいぞ。
あ、でもコーヒーだけ1杯いれてきてくれるか?」
という錆兎の言葉に甘えて、義勇はまずは先に錆兎のコーヒーだけいれてきて渡すと、上機嫌で料理に向かった。

料理はどれも美味しそうで皿にいっぱい盛り付けて軽い足取りで席に戻ると、これが本当に自分なんかの恋人で良いのか?と思うくらいのイケメンが笑顔で迎えてくれる。

そして入れ違いに料理を取りに行く錆兎。

ごちゃっと大量に取ってきた義勇とは対象的に、非常に栄養バランスを考えてますと言う感じのものを適量、きっちりと測ったようにいれて戻る錆兎のプレートを見て、義勇は
「錆兎、色々がきちんとしているけど、食事もきっちりしてるんだな」
と、感心したように感想を述べる。

それに対して錆兎はトレイをテーブルに置いて椅子を引きながら
「そりゃあな。
守らないとならないものが出来たからな。
体調管理もしっかりしないと」
と、ニコリと笑って義勇の正面に腰をかけた。

その言葉に義勇は、ああ付き合っているんだ…と再認識して何か気恥ずかしくなって赤くなる。
が、嫌な感じではない。
何かくすぐったくて、笑いだしたくなるような感じだ。


二人きりでこうしていると、錆兎はいつもそうだったように本当に優しく穏やかで、でも気まずくない程度に適度に楽しい会話を提供してくれるし、義勇もリラックスして楽しく食事ができる。

義勇にとってはとても居心地がいい時間なのだが、他人といるといつだって怒られてばかりだったこともあって、少しだけ不安で、自分は楽しいが錆兎は自分といて不快だったりしないか?と聞いてみると、錆兎は少し驚いたように目を丸くして、

「ずっと一緒に居たいと思っていた相手と二人で食事が出来て楽しくないわけがないだろう。
今目の前で義勇が幸せそうに飯を食っているのを見ることを出来ているのがすごく幸せだし、随分と長い間悲しそうなお前をみかけてもどうすることもできずに居たのがすごく辛かったから、これからはお前が喜んでくれるようなものをいっぱい見つけて、幸せそうなお前を見て癒されたいと思っている」
と、笑顔で言った。

義勇だって錆兎の笑顔を見るのは楽しい。
それを告げると錆兎も嬉しそうな顔で、
「俺ら本当に気が合うんだな」
と、二人して笑う。

錆兎といると本当に気負うことなく穏やかでいられる。
そして相手もそうだと言われるととても嬉しい。

こんなに楽しい朝食は久々だと思った。
料理は美味しいし会話も楽しい。
景色も綺麗だ。

これから仕事、会議なのが残念だが、それも
「今日会議終わったらたまには二人で呑みに行こう。
いつも一人の時に行ってるとっておきの店があるんだ。
そこなら知り合いは誰もこないし、気楽に呑めるからな」
という会議後の予定を示されれば、楽しみに変わる。

しかしそんな楽しい諸々に昨日までの憂鬱な毎日がウソのようだ…と思っていたら、現実がやってきたらしい。


──冨岡ぁ~っ、今日はボッチ飯じゃねえのかよっ!
と、聞きなれた怒鳴り声。

それにビクッっと身をすくめて思わず逃げようと腰を浮かしかける義勇を錆兎が笑顔で
──俺が対応するから大丈夫
と制してくる。

全身からあふれる頼もしさ。
それに安堵して、義勇は椅子にきちんと座りなおした。


不死川が次の怒鳴り声を投げつけるより前、
「おはよう、不死川。
挨拶は人間関係の基本だ…と、子ども時代に教わらなかったか?」
と錆兎が言う。

飽くまで普通のトーンでにこやかに紡がれたその言葉は、しかし不死川が義勇に向けようとしていたのであろう攻撃の言葉を完全に消し去る高性能のバリアになった。

──あ~、わりっ!鱗滝、おはようさん
と、不死川の視線は義勇から完全に外れて錆兎の方へ。

錆兎すごい!本当にすごい!
義勇はあまりに綺麗に不死川の関心が自分からそらされたことに驚いて目をぱちくりする。

その後もそのまま居座るつもりだったのだろう不死川が椅子を義勇達のテーブルに持ってきて座るも、錆兎は
「だめだ、不死川。
親しき仲にも礼儀あり。
俺達には俺達の都合があるし、今は同席を許可してない。
それ以前に、ここは二人席だから、勝手に椅子を移動したら通行のじゃまだし迷惑だろう」
とやはり感情的になることなく淡々と言うだけでなく、なんと不死川が座ったままの椅子を持ち上げて元の場所に戻すなんてことまでやってのけた。

それをされても錆兎が飽くまで穏やかに淡々とした声音で対応するために、不死川も感情的になることなく、
「あ~確かにマナー違反だな」
と、それを素直に受け入れる。

その後、それでもさらに
──じゃ、4人席に座ろうぜ
と申し出てくる不死川に、
「いや、今は義勇とプライベートな大切な話をしながら飯をくっているから遠慮してくれ。
宇髄と来たんだろう?待っているようだぞ」
と言う言葉で完全にシャットアウト。
あの不死川が声を荒げることもなく退散していった。

すごい、すごい、すごい!
本当に鉄壁の防御、完全無欠のバリアだ。

これで安心してゆっくり美味しいご飯を堪能できる。
と、義勇が礼を言うと、錆兎は

「俺はお前が今までしてきた嫌な思いを超えるくらいには楽しい日々を過ごさせてやりたいと思っているし、そうやってお前が心身ともに健やかに居られる環境を守るために俺はいるんだ。
そして…お前の笑顔が俺の幸せだから、笑っていてくれ」
と、大きな温かい手で頭を撫でてくれた。



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