翌朝…コーヒーのいい匂いで目が覚める。
──目覚めの一杯のコーヒー…といいたいところだが、胃に何も入ってないからカフェオレな?
と、渡してくれたそれには、コーヒーの匂いと共にほのかに香るシナモンの香り。
と、当たり前に言って、部屋を出て行く錆兎。
姉が結婚して一人になってから、いつも朝は辛くて遅い時間に起きてダラダラと着替えて食事もとらずに出社していたのだが、今日はいつもより遥かに早い時間だというのに久々にすっきり目が覚めた。
案内された脱衣室にはタオルと着替えが用意されている。
シャワーを浴びてそれに着替えると、ドライヤーを手に錆兎が待ち構えていて、タオルで義勇の髪を拭いた後、丁寧に乾かしてくれてサラサラになった。
義勇が起きる前にすでに起きてシャワーを浴びて着替えていたらしい錆兎は
「本当は彼シャツというやつをやってみたかったが、プライベートではないからあまりにサイズの違う物を着せるわけにはいかないし、せめてな、これをつけていいか?」
と、1本のネクタイを手にスーツに着替え終わった義勇の元まで来る。
そのネクタイは錆兎がつけていたのを見たことがあるから、錆兎のネクタイなのだろう。
どこか楽し気な錆兎を見ていると、義勇も同じような気分になって来て
「それなら俺も錆兎に俺のネクタイをつけて欲しい」
と要望を告げると、錆兎は少し目を丸くして
「ああ、それいいなっ。
互いが互いのものみたいな感じがする」
と、嬉しそうに笑って義勇に自分のネクタイを結んでくれたあとに、義勇のネクタイを自らの首に結んだ。
昨日の会議後に誘われてこの家に来てから、なんだか甘やかな幸せな時間を堪能していたのだが、身支度が出来たところで、
「じゃ、美味い朝食を堪能しに行くかっ!」
と、差し出された錆兎の手に、義勇は一気に現実に戻る。
そうだ…錆兎はあの美味しそうな料理の並ぶバイキングレストランで朝食を堪能できるかもしれないが、自分が行けば下手をすれば結構あそこを利用している不死川に会って、またどやされるかもしれない…。
ずっと行きたかったバイキングレストランに錆兎と行けるのは嬉しいが、それ以上にまた罵声を投げかけられるのが憂鬱でうつむくと、錆兎は
──わかってるから大丈夫だ。もし不死川達とかち合ってもお前は何もしなくていい。俺が言ってやるから。
と、抱きしめてくれて、昨日のあの守ってやる発言はあの瞬間から有効だったのか…と、義勇は驚きながらもホッとした。
そこで、
──あのバイキング…ずっと行ってみたいと思ってたんだ…
と、打ち明けると、錆兎は
「ああ、それも知ってる。
なんだか羨まし気にレストランに視線を向けているお前を見たことがあるから。
お前が行きたいと思う所は可能な限り連れて行ってやりたいと思っている」
と、落ち着かない義勇を宥めるように背に回した手でポンポンと軽く背を叩く。
「俺がついているから、安心して料理を堪能すればいい」
と言う言葉に安堵して、義勇は心底朝食が楽しみになった。
こうして錆兎の手を取って車で出社。
これまでも知らない仲ではなかったが、飽くまで互いに宇髄の友人という立場だったので、二人きりでいるのは珍しいと思われたらしい。
「鱗滝さん、今日は同期の方と一緒に出社ですか。珍しいですね」
と、そこは友人知人がほぼいない義勇と違って、交友関係の広い錆兎に同じ部署らしい社員が、おはようございますと言う挨拶のあと、そんな言葉をかけてくる。
それに錆兎はいきなり笑顔で
「ああ。7年越しの片思いを成就させてやっと付き合ってもらえるようになった恋人だ」
と、爆弾を落とした。
え?!と振り向く周り。
義勇は否定するつもりはないが、いきなり交際宣言なんてされると思っていなかったのでアワアワと動揺したが、さすがに人間関係には長けた企画営業部の社員だけあって、一瞬固まったものの、
「お~!おめでとうございます!
結婚式には呼んでくださいね~!」
と笑顔で返してくる。
どうやら冗談と受け取ったようだ。
その言葉に固まっていた空気がまた流れ出す。
どうやら周りも企画営業部のノリの良い人種の集団だったらしく、
「お~!俺、なんならスピーチやりますよっ!」
「仕方ないなぁ。鱗滝さんには世話になってますからね。
受付やるので任せてください!」
「あ~、もちろん仲人は上司の俺だよな、鱗滝!」
などと、ワハハっと笑い声が沸き起こっていった。
さすが錆兎である。
義勇が自分の部署の人間に同じことを言ったなら、確実にシン…として、引かれるか、こそこそ噂されて終わるはずだ。
──じゃ、俺達は飯行くからっ!
と、錆兎はそれに特にそれ以上言葉を連ねることもなくそう言って彼らと別れると、
──仕事がらうるさい連中でごめんな?行こう。
と、義勇の肩に手をまわして、レストランの方へとうながした。
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