今日は素晴らしかった。
いや、会議の内容は相変わらずのものだったのだが、それ以外が今までとは天と地ほどの違いである。
第一システム部の義勇は普段はほとんど顔しか知らない同期しかいなかったが、ここで学生時代からの友人知人と顔を合わせるのは、毎回すごく憂鬱だった。
いや、正確には性格も良ければ顔も素晴らしく良い人気者で、たまに同席する機会があれば、学生時代からいつも怒鳴られるか距離を置かれるかの鈍くさくて面白みのない自分なんかに親しく声をかけ、心地よい会話を提供してくれる錆兎を遠目にこっそり眺めていられるのは楽しいし、馴染みにくい義勇に気軽に声をかけてくれる宇髄に会えるのも嬉しい。
だが、同期の中には義勇をとても嫌っていて、見かけると怒鳴りつけにくる不死川がいる。
普段は不死川は同じシステム部でも第二システム部なのであまり接点はないのだが、見かけると親の仇か何かのように血相を変えて追いかけてくるので怖いのだ。
義勇にはそんな風に顔を合わせれば怒って怒鳴る不死川だが、宇髄や錆兎に対しては普通に話しているので、よほど義勇の事が嫌いなのだろう。
義勇もできれば仲良くしたいと思っていた時期もあったのだが、もう今ではそれほど嫌いなら良いから放っておいてくれと思うようになっていた。
その日の会議も終了後にやっぱり不死川が血相を変えて追いかけてくる気配がしたので大急ぎで逃げていたら、錆兎に話したいことがあるから家に来ないかと誘われた。
正直驚いた。
不死川がおそらくそうであるように、錆兎もてっきり宇髄と一緒に居たくて義勇が一緒にいるのを許容してくれているのだと思っていた。
だから
──宇髄も来るのか?
と聞いたら、
──来ない、お前だけだ。ダメか?
と返ってきたので、慌てて
──全然ダメではない。
と首を横に振った。
そして思わず
──誘ってもらえて嬉しい…。
と心の声が口に出てしまって焦ったが、錆兎はそれに
──そうか。それじゃあ誘って良かったな。
と笑みで返してくる。
その反応もまるで夢のようで、義勇はなんだかふわふわした気持ちになった。
錆兎が自分個人に話したいことなんて見当もつかなかったが、ただ話せるだけでも嬉しい。
しかも、帰りの寄り道のお誘いを通り越して、なんと彼の家にご招待だ。
人気者の錆兎のことだから、自分ならずともそんな機会が持てて嬉しくない人間がいるはずがない。
会議が終わったばかりで出口がごった返すからだろうか…
錆兎は実にスムーズに裏口の方へと誘導する。
そうしてたどり着いた駐車場で乗った錆兎の車は、なんだか年季の入った小さい車だった。
「なんだかこの車小さくて可愛いな」
と思ったままを口にした後、とっさにしまった!と思う。
悪い意味ではなく、本当にそう思っただけなのだが、
小さくて悪かったなァ!!
と怒られたらどうしよう。
いつもいつも不死川に怒られる生活を送っていたので、マイナスに取られるかもしれない要素のある言葉は言わない習慣がついていたはずなのに、錆兎はなんとなくいつでも義勇を許容してくれている感があるので油断した!
…が、思わず身構えてしまう義勇に対して、錆兎は怒らなかった。
──ありがとう。
と、笑顔で言った後、元々は祖父の車で子どものころから乗っていて、免許を取った時にどうしてもこの車が欲しくて譲ってもらったのだと教えてくれる。
古い車だからもう部品の製造も終了していて、故障などで部品交換が必要になると、オークションで探しまくるはめになるんだと、そんな話もしてくれた。
なるほど、デキる奴にはかなりの高給を支払うと有名な能力主義の会社で同期の中ではおそらくトップの給与をもらっている錆兎が何故こういう車に?と最初は疑問に思っていたわけだが、金がないから古い車じゃなく、金がある人間だから部品代がとてつもなくかかる古い車に乗れるのか、と、それは義勇としては目から鱗である。
でもそんなこの車にこだわる経緯を聞くと、義勇もなんだかこの車が好きになりそうだった。
それを今度は緊張することなく素直に口にすれば、錆兎はまた礼を言いつつ嬉しそうに笑った。
そうして錆兎の愛車でたどり着いたのは、会社から車で10分ほどの、なんだか高級そうなマンションである。
錆兎の部屋は6階建てのマンションの最上階の角部屋で、小さな車とは逆に一人暮らしなのに3LDKと広々している。
そこで手作りの料理に抵抗はないか、あるならデリバリーでもいいが…と聞かれて、ないと答えると、なんと錆兎の手作りの料理をごちそうしてもらえた。
義勇は本当にそのあたりの抵抗はないのだが、素人の手作りは嫌だという人間だとしても、錆兎の作ってくれたものを食べたくないなんて人間は果たしているのだろうか、と、思う。
だって、あの鱗滝錆兎だ。
義勇は大学時代からのつきあいだが、彼はいつだってみんなの憧れの的で、彼を嫌っている人間なんてみたことがない。
そんなみんながお近づきになりたがっている彼が、分厚いシンプルな黒いエプロンを付けて料理を温めたり運んだりしている図は、もうドラマのようにカッコいい。
そんな光景を見られるなんてもう自分は明日が命日なのか?と思ってしまったほどだ。
そして…そんな風に浮かれていざ食事となった時、義勇は思い出す。
社会人になってなるべく一人で食事をするようにしていたのは、自分の食べ方が汚いからだ。
大学時代はまいどまいど不死川にそれを指摘されて怒られて、それならもう食べるのをやめようとすると怒られて、日々胃が痛くなるような思いをしつつ緊張で味のしない食事を胃に流し込んでいたのである。
だからそんな風に錆兎を不快にさせたら…と、思っていると、錆兎はここは自分の家で自分しかいないのだから、好きに食べて良いといってくれた。
あまつさえ、初めて彼と出会って不死川に盛大に怒られていたあのランチの時も、実は口元に色々つけている義勇を子どもみたいで可愛いなと思っていたのだなどと言ってくれる。
許容されている…そのことが嬉しい。
義勇だって本当は一人ぼっちの食事が好きなわけではない。
ただ、怒鳴られながら食べるくらいなら、一人の方がマシだというだけだ。
だからそのままでいい、自分はそれが不快ではないし、一番美味しいと思う食べ方で食べてくれと言ってくれる錆兎との夕食はとても楽しかった。
そして…デキる男というのはなんでもできるのか。
そこでごちそうになった料理はどれも絶品だったが、特に錆兎の手作りの鮭大根はこれまで食べた鮭大根の中で一番おいしかった。
こんな風に美味しい料理を誰かと一緒に食べられる…そんな滅多にない幸せな時間を義勇は満喫したのである。
Before <<< >>> Next (9月21日0時公開予定)
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