宇髄の務める産屋敷商事は国内でも有名な優良企業である。
仕事はそこそこ忙しいが完全フレックスで、他との兼ね合いが少ない部署などは、必要な日以外は夕方から出勤して明け方に帰ったり、夜に出勤して翌朝に帰ったりする社員もいた。
社員数も多いため数種類ある社員食堂のうちの一つ、バイキング形式のレストランは、そんな社員達にも対応していて朝からがっつり食えるので、朝に帰宅の社員だけではなく、少し早めに会社に入って朝食をそこでたっぷりとってから仕事に入るという人間も少なくはない。
宇髄もその一人で、他とのやり取りの多い企画営業部だけに朝は普通の時間に来て仕事だが、ちょくちょくそこで朝食を摂っていた。
その日もそんな風に早めに出社してバイキングレストランに向かっていると、ちょうど帰る前に食事をするため歩いている不死川にあう。
事故で顔を横断するように残った傷跡と粗暴な態度や言動で恐ろし気な人物に見える不死川だが、なんと7人兄弟の長男で家族思いの男だ。
なので、システム部は割合と夜型勤務が多い中、年の離れた弟妹の面倒を見られるようにと、基本的には日中勤務なので、こんな時間にいるのは珍しい。
そこで
「お~、不死川、今日は朝帰りか。珍しい」
と声をかけると、不死川はやや眠そうにしながらも軽く手をあげて近づいてきた。
「おう。今日はチビどもの参観日なんだけど、親がどうしても仕事休めなくてなァ。
10時くらいから4人分の授業回るから、これから飯食って家帰って仮眠とったら学校だァ。
で、学校からそのまま出勤で、午後から会議に合流なァ。
まあ…こっちの会議は全部署の同期の交流会みてえなもんだしなァ」
と、なるほど、不死川らしい理由に宇髄は笑みを浮かべる。
そう、こう見えて本当に優しい良い奴なのだ。
正直幸せになって欲しい。
(…だけど…難しいよなぁ…)
と、宇髄は昨日のことを思い出して内心ため息をつく。
言葉は悪いが悪気はない不死川は、宇髄から見るとわかりやすく義勇のことが好きだ。
義勇がひたすら怯える食事時の言動だって、食い方が汚ねえっ!と怒鳴る時には必ず手にそれを拭いてやるための何かを持っているのだが動揺している義勇は気づかず怯えて逃げる。
錆兎がおそらく最後の暴言認定をした昨日のボッチ飯発言だって、本当は一人で寂しく食うくらいなら自分と食えばいいだろうと続けたかったのだ…と、小学生時代からの付き合いの宇髄にはわかるのだが、悲しいことに他の人間には全くわからない。
そんな不器用な不死川と違って、宇髄は人間関係はかなり器用だ。
その気になれば誰とでも上手に話を合わせることができるし、実際、宇髄の周りは人であふれていた。
ただそのほとんどが、優秀でイケメンで何でもできる宇髄天元だから寄って来るだけで、宇髄が本当に色々を失って困った時には蜘蛛の子を散らすようにいなくなるような人間たちである。
宇髄の側が誠意をなくさない限り、宇髄がデキる人間じゃなくてもそばにいてくれるだろうと思えるのは本当に小学生時代の同級生であるこの不死川と義勇、そして小学生時代からずっと塾が一緒で仲が良かった錆兎だけだ。
不死川がその宇髄が信頼している義勇を好きだと知った時は嬉しかった。
やっぱり仲の良い友人でも信用できない恋人とかを作ってそちらを優先されたりすると疎遠になってしまうこともあるだろうし、それも寂しいので、そういうことなら全力で応援しようと思った。
「お前さぁ…善意で動いてんのはわかるけど、その言い方だと絶対に冨岡には通じてねえよ?
いい加減、そのあたり治していかねえと、いつかトンビに油揚げをかっ攫われるぜ?」
と、何度忠告したかしれやしない。
そのたび
「わかってる。わかってんだけどよォ…。
いまさら変えんのも難しくてなァ…」
と、言葉を濁す不死川。
そうこうしているうちに大学1年。
その日がとうとうやってきてしまった。
しかも…義勇に思いを寄せたのは、もう一人の親友だ。
こいつもめちゃくちゃいい奴で、顔も良ければ頭も良くて、本来は不死川と同様基本的には不器用な性格なんだが、不死川とは違って努力と根性でそれを補って周りと良好な人間関係を構築している人気者である。
こちらも変なのに引っかかって欲しくなくて、自分がこれぞという女子を紹介しようと何度も申し出たのだが、
「…お試しの付き合いと言うのは、相手にも失礼だと思うし、俺も本当に好きになった相手とだけ付き合いたい。
恋愛はもちろん楽しく幸せであるべきだが、俺はそこに軽い遊びのようなものは求めていないんだ」
と、めちゃくちゃ真面目に断られ続けていた。
そんな男だから、好きの重さが違う。
他にとびきり良い女を紹介するから、ではすまない。
それでも…どちらの方が他に相手を見つけられるかと言えば、モテる錆兎の方だと思う。
不死川は誤解されやすい男だし、正直、宇髄の方がこの女子は良い奴だと思っても、その彼女に不死川の本質をわかってもらえる自信がない。
その点、錆兎なら錆兎の方が良いと思えば女子の方にはいくらでも付き合いたいと思わせることはできる。
あとは単純に想い続けている年月の違いもあって、不死川に諦めさせるのは可哀そうな気がした。
そこで、自分でもずるいしひどいとは思ったのだが、宇髄は事情を話しつつ自分との友情を前面に出して、自分のために諦めてくれと錆兎に頼み込む。
それにはさすがに友情に厚いこの男でも悩んだらしい。
まあ、悩むだろう。
これがもし不死川がずっと義勇に優しく接していて、付き合うまでは行かないが大切にされていて幸せそうなら諦めるかもしれないが、不死川は暴言としか思えない言葉を吐き続け、義勇はそれに怯えているのだ。
結果…それでも宇髄の顔をたてて、不死川が義勇に暴言を吐くのを77回までは我慢して、それでも二人の関係が変わらなければ、宇髄が協力しようとするまいと、よしんば邪魔をしてこようと動き出すと宣言された。
それからはそれまでにも増して真剣に不死川に注意を促したのだが、本人もやりたくないわけではないが、いまさら変われずというスタンスで7年間。
どうやら昨日、とうとうその日を迎えてしまったらしい…ということだった。
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