こうしてとりあえずおおかためでたしめでたしとなったところで、錆兎は第二段階に移ることにする。
義勇の気持ちが固まったなら、早々に自分が義勇についての諸々に物申せる立場だということを知らしめた上で、これ以上傷つくようなことをされることがないよう、間に入らなければならない。
色々やることはある。
だが、まず最初にすることは……と、脳内で予定を反復していると、義勇がつ…と錆兎の腕に手をかけた。
「…あの……もし、嫌じゃなかったら…なんだけど…」
と、おずおず切り出されれば、嫌なんて言葉が出てくるはずがない。
「ん?なんだ?
なんでも遠慮なく言ってくれ」
と、身長差でやや遠い視線を近づけるように錆兎が少し身をかがめると、義勇は大きな青い目に不安げな色を浮かべながら、小さな小さな声で、
──…名前で…呼んじゃだめ…か?
と聞いてくる。
んんっ!!と錆兎は思わず天井を仰いだ。
いやいや、錆兎の方もそれは提案しようと思っていたのだが、言い出し方が可愛すぎないか?
そんな風に内心悶えていると、義勇は即返答がないことイコール拒絶と思ったのか、
──ごめん…嫌ならいいんだ…
と、しょぼんと肩を落としてうつむく。
うああ~!!!と、それに慌てる錆兎。
「違うっ!俺からもそれを言おうと思っていたからっ!
名前で呼んでくれると嬉しいっ!
俺もお前を冨岡じゃなく義勇と呼びたい。
そして俺も鱗滝じゃなく、錆兎と呼んでくれ」
そういった瞬間、それまでやや青ざめていた義勇の顔が真っ赤になる。
そして…
──…えっと……さび…と?
と、羞恥で少し潤んだ青い目で上目遣いで言われて、あやうく叫ぶところだった。
これ…本当に自分と同じ成人男性か?!と問い詰めたい。
誰に?と言われると困るが、強いて言うなら神様に?
男ならっ!動揺するな、男ならっ!!
と、錆兎が内心悶えつつ必死に自分に言い聞かせていると
──…ごめん…なにか…だめだった?
と、また心細げに言う様子の愛らしさに、錆兎は滾る自分の内心をなんとか抑え込んで、
──…だめじゃないっ!ぜんっぜんダメじゃない!!
と、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
そう言うと、今度はふわりと浮かぶ笑み。
──…宇髄が…さびとって呼んでて、ずっといいなって思ってたんだ。…嬉しい。
などと言われたら、もう色々が限界になってくる。
ああ、まずい。
これはちょっとインターバルを置かなくては!!
そこで錆兎は
──少しだけこのまま待っていてくれ。
と言いおいて、隣の部屋に駆け込んだ。
そうして隣の部屋で深呼吸すること数回。
この日のために用意していたものを手に義勇を待たせているリビングへと戻る。
すると、そこでは義勇が椅子に座ったままポロポロ涙を流していて、錆兎はぎょっとして彼に駈け寄った。
「どうした?何かあったのか?」
と聞くと、涙で濡れた顔で錆兎を見上げる。
「…おれ…何か嫌われるようなことをやってしまったのかと…」
「…なにか??」
「…うろ…っ…さびとが…部屋を出て行ったから…」
「…あ~~~、すまん!これを取りに行っていた」
うかつだった。
義勇はいつも怒られて怒鳴られる日々だったから、自己肯定感がとても低い悲観主義者だ。
だからいきなり隣の部屋に駆け込んだ錆兎の行動を自分が何か錆兎を怒らせてそばにいるのが嫌になったのかと思ったらしい。
しかし錆兎が隣の部屋から持ってきたものを見て、その言葉が嘘ではないとわかってくれたようだ。
「…チューリップ?」
と、潤んだ青い瞳を可愛らしい桃色の花に向けて、きょとんと小首をかしげる。
「ああ。
今までそういう付き合いをすることができなかったから、申し出を受け入れてもらえるかわからなかったし、あまりたいしたものは用意することが出来なかったが、告白は一度きりだからな。
良い思い出になるようにしたかったし、せめて花くらいは贈りたかったんだ」
と、錆兎は薄桃色のチューリップを1本義勇に差し出した。
「ピンクのチューリップの花言葉は[愛の芽生え]、[誠実な愛]
これから誠実に愛を育んでいきたい」
そしてそれを義勇が受け取るとにこりと笑う。
「チューリップ1本の意味は”あなたが運命の人”。
7年前に学食で会ったあの日にそう思って、それからずっと想い続けてきた」
そう言って錆兎は今度は大きな花束から3本抜き取って義勇に渡した。
「3本の意味は”愛している”。
最初の1本と合わせて4本の意味は”一生愛し続ける”
たとえ義勇が俺から離れていく日が来ても、俺の魂はずっとお前のものだ」
それからさらに5本。
「だけど…できればずっと共にあって添い遂げたい。
チューリップ9本の意味は” いつも一緒にいよう”」
そして残りの3本。
「これで最後、12本、”恋人になってくれ”
告白にはバラとかの方がポピュラーかもしれないが、チューリップは12本を贈ると幸せになれる花らしい。
俺と共に人生を歩んで欲しいというのもあるが、それよりなにより、まず義勇、お前に幸せになって欲しい。
それが何よりの俺の幸せなんだ」
そう言うと、また義勇がポロポロ泣き出すので、どうした?と顔を覗き込んでハンカチでその涙を拭いてやる。
それに義勇はしゃくりを上げながら、さっきもしかしたら嫌われて錆兎が帰ってしまったのかも…と思ったのに、こんな花や言葉までもらえると思わなかったから…と花に顔を埋めた。
涙の雫が薄桃色の花びらを濡らす様子は痛々しくはあるが愛らしい。
そんな義勇に錆兎は
「俺がお前を嫌うなどありえない。
第一帰るも何も、ここは俺の家だぞ?」
と言うと、真っ赤になって固まっている義勇の額に苦笑しながら口づけを落とした。
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