世界を敵に回しても_5_わが家へようこそ!

そして車で10分強。
そこそこ高級感のある自宅マンションの駐車場に車を止めた。

そこに誰かを招くのは初めてである。
錆兎は知人は多い方ではあるが、友人と思える相手は少ない。

必要だと思えば他人にそれなりに合わせて友好関係を築くことはできるのだが、それでは自分が損得なしに付き合いたい相手がどれだけいるかというと、ほぼいない。

来る者は基本的に拒まずだが去る者も追わないし、自分の本当のプライベートに踏み込ませる相手なんて、それこそ家族を除けば宇髄ともう一人の同級生村田くらいしかいないのではないだろうか。

学生時代はもう少し狭いアパートに住んでいて、そちらにはその二人、宇髄と村田だけは呼んだことはある。

もっとも宇髄と遊ぶ場合はたいていは実は金持ちの御曹司でとてつもなく広い宇髄の家に行っていて本当に見に来たという感じで、村田の方は双方学生であまり金もないし場所代に金をかけるならその分美味しい物を用意して宅呑みをしようと互いの部屋を行き来していた。

その後社会人になって1年目に意外に高給取りになったこともあり、会社に近いこのマンションに引っ越したが、宇髄とはもう宇髄の方の家で遊ぶことが習慣になり、村田とは高給な会社で余裕ができた分、色々な店を飲み歩くようになったので、なんのかんので自分以外を部屋にいれる機会がないままなのである。

それが2年ほど続いて、宇髄と約束したカウントもだいぶ貯まってきたあたりで、どうせなら初めてこの家に招くのは義勇が良いと思った。

そう思ってからは距離を取らざるを得なくなってそう情報が入ってくるわけではないが、義勇が好きらしい物、好きだろうなと思う物、義勇に似合いそうな物を徐々に揃えて、もし本当に義勇がここに住むようになったら…と考えながらこの部屋で過ごすのが錆兎の楽しみの一つになる。

一人暮らしなのになぜ3LDKなんてだだっ広い部屋を借りてしまったんだ…と、借りた当初は思ったわけだが、そういう一人遊びを始めてからは、自分の寝室、義勇用の寝室、書斎と3部屋確保できる部屋を借りて良かったと思った。

もちろん一人暮らしでベッドが二つというのもなんなので、義勇用の…という設定の部屋には普通のベッドではなくソファーベッドを置いている。

もし…万が一77回になる前に不死川が改心して義勇とくっついてしまったら、そこは客室にしてまた村田でも招こうか…などと思いつつ、結局義勇に似合いそうな物でせっせと部屋を埋め尽くしていた。

およそ1年あまり…そんな風にもし義勇と暮らすなら…とそんな日を夢見ながら整えた家に義勇を招ける日が来たのだから、錆兎的には感無量である。


「一人暮らしで他人を招いたことがないから、多少不便があったらごめんな」
と、ドアを開けて招き入れると、義勇は、うわぁ…と、小さく声をあげてあちこちに視線を向ける。

何か引いてしまうようなものがあったか?と、錆兎は内心ドキドキしていたが、義勇は子どものように目を丸くして、

「すごく広くて綺麗な家だな。
男の一人暮らしとは思えないくらい…」
と、心底感心したように言った。

そこで第一関門突破とばかりに錆兎は安堵の息を吐き出した。



「あ~、平日はほぼ寝に帰るだけだしな。
とりあえず先に飯にしようか。
前聞いた時にはアレルギーはないって言ってたよな?」
と、錆兎がエプロンをつけつつ聞くと、義勇はこっくり頷きつつも
「鱗滝、もしかして料理もできるのか?!」
と、それにも目を丸くした。

義勇は知らないが、できるどころではない。
たまに一緒に食事をできたり飲みに行けたりした際には、錆兎は義勇が好んで食べる物をみたり聞いたりとリサーチしまくっていた。

そして…忙しい合間を縫って料理教室に通って基礎を学び、あとはネットで美味しいレシピなどを調べて色々作って、会社に持参して村田に味見もしてもらっていたのである。
特に義勇の大好物の鮭大根は自分で言うのもなんだがプロ並みだ。

早朝に作っておいたそれを温めつつ、他のおかずも手早く用意して、同時進行で研いでおいた米を炊飯用の鍋で炊く。

そうしておよそ30分ほどで出来上がるまではお茶を出しつつ、リビングの本棚の本かテレビでも好きに見ていてくれと言っておいた。


そうして準備が出来て食事。
テーブルの上に並べた料理を見て目をキラキラさせる義勇に内心ガッツポーズを決める錆兎。

だが二人で『いただきますっ!』と手を合わせて箸を手に取ったとたん、義勇が少し不安げに固まった。

「どうした?嫌いなものでもあったか?
食えないものは食わないでもいいぞ?」
と聞いてやると、義勇はふるふる首を横に振って、
──俺…食べ方が……
と、項垂れる。

ああ、と錆兎は最初のランチの時からずっと続くそれを思い出した。

「あのな、ここは俺の家で俺とお前の他誰も見てないから、別に好きに食べていいぞ?
快不快というのは人それぞれだから。
俺は実は最初のランチの時にお前が盛大に米粒を口元につけているのを見て、なんだか子どもみたいで可愛いなと微笑ましく思っていたんで、いきなり不死川がキレ始めて驚いたんだ。
口を汚しても食べ終わった時に拭けば別にいいことだし、視覚的なことは嫌なら見なければいい。
だが聴覚的なことは嫌でも聞こえてくるからな。
俺はあの場では宇髄があとで揉めても困るだろうと指摘しなかったが、口元を汚すお前よりも公共の場でいきなり怒鳴り始める不死川の方が迷惑だと思った。
で、話は戻るが、俺はお前が盛大に口元を汚しながら食べても全く気にならないし、この家の主は俺だから、たとえ他に人がいたとしても、俺が良いというのだから気にすることはない。
それだけ他に注意が向かないくらい美味しく食べてくれているのだろう?
テーブルも零しそうな範囲にはランチョンマットを敷いてるから、気を使わないでいいからな?
せっかく作ったんだから一番美味いと思うように食べてくれ」

そう言ってやると、おずおずとあげた顔に徐々に笑みが広がって、箸が真っ先に鮭大根に伸びる。

「美味しいっ!!」
という声とともにぱあぁぁ~!と輝く顔。

「そうか、良かった」
と錆兎は内心狂喜しながらも平静を装って自分も料理に箸を伸ばした。


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