宇髄と義勇は小学生の同級生で、今も親しく付き合っている同級生がもう一人いるという。
不死川実弥…
この前のランチの時もいたが覚えているよな?と言われて錆兎は頷いた。
食事の時にちょっとひと悶着あったからだ。
学食の4人席でそれぞれ食事を買ってきて食べ始めたのだが、義勇は不器用なんだろうか…口の周りにソースやら米粒やらを盛大につけていて、錆兎は、小さな子どもみたいで可愛いな、と思いつつ、失礼だろうから必死に笑いをこらえていた。
すると、突然不死川がバン!とテーブルを叩いて立ち上がり、
──汚ねえ食い方すんなっ!みっともねえっ!!見てて気分が悪いっ!!
と、義勇を指さして怒鳴りつける。
騒々しい学食でのことなので周りには特に気にはされなかったが、怒鳴りつけられた当の義勇は箸を持ったまま固まって、次の瞬間、涙目で項垂れた。
そこで宇髄が苦笑交じりに間に入ろうと口を開きかけるが、その前に錆兎が
「別にテーブルその他を汚しているわけでもないし、大丈夫だ。
良ければこれ…」
と紙ナプキンを差し出してやった。
が、義勇は固まったまま必死に涙をこらえている。
なので立ってテーブルを回り込んで正面に座る彼の元まで行くと、ナプキンで口元を、自分のハンカチで目元を拭いてやりながら、今度は不死川に視線をむけた。
そして
「そんなに我慢できないくらい不愉快なら俺達が移動して2対2に分かれようか?
いくらにぎやかな学食と言えど公共の場だ。
いきなり喧嘩腰の大きな怒鳴り声は周りの迷惑になる」
と、提案した。
錆兎的には視覚的な物は見なければいいが、聴覚的なものは聞こうとしなくても聞こえてきてしまうので、そちらの方が迷惑だと思う。
そもそも口元に食べ物を付けているくらい、そんなにキレて怒鳴るようなことか?と言いたかった。
これがただのクラスメートなら口に出してしまっていただろうが、相手は宇髄の友人だ。
錆兎があまりに相手の気分を害するようなことを言ったら宇髄があとで困るだろう。
そう思って相手に対する非難はちょっとした公共のマナーとしての注意にとどめ、義勇の方を彼から引き離そうと思ったのだ。
錆兎はそれにもてっきり喧嘩腰の返答が返ってくるかと思って身構えていたのだが、意外なことに不死川は自分の非を指摘されると
「あ~すまねえ。そうだよな。悪かった」
と、あっさり謝ってきたので驚いてしまう。
結局その時はそれから宇髄が上手にとりなして普通に4人で食事をして別れたのだった。
そんな出会いだったので、義勇についての態度には腹がたったものの、自分の非を指摘されて開き直ったり逆切れしたりせず謝罪できる人間であることで、錆兎は不死川の人間性について、一定の評価はしている。
義勇を怒鳴ったことに関しては、単にカッとしやすい性格なのかもな…と思っていた。
しかし宇髄が今回いきなり不死川の名を出したのは、実は不死川が小学生の頃からずっと義勇に片思いをしているという驚くべき事実を告げるためだった。
あれで?!と一瞬思ったが、あ~、なるほど、と錆兎は納得する。
──もしかして…好きな子だからいじめる小学生男子みたいなものか?
と聞くと
──そうだけど…お前の言い方も容赦ねえなぁ
と、宇髄は苦笑。
「不死川も何も冨岡を傷つけてえわけじゃなく、ちっと素直に言えねえだけなんだよ。
あの昼飯の時もな、ああやって口元についてるって言いつつあいつが口を拭いてやりたかったわけだ。
お前は冨岡に注意がいってて気づかなかったかもしれねえが、不死川も紙ナプキンを手にしてたしな。
まあ…冨岡の方は好意を持たれていることにぜんっぜん気づいてねえから、不死川が近づいたら殴られると思って身構えて、そういう態度取られることに不死川がまたキレてってのが毎度のパターンなんだけど…。
それでも俺の立場としては小学生の頃からの不死川の片思いを知ってっからお前に協力はできねえし、俺があいつの気持ちを知ってることを不死川も知ってるからな。
できれば自分の知り合いと冨岡とくっつくのは避けて欲しいとこなんだが…
錆兎はモテるしな。
お前と付き合いてえって奴ならごまんといる。
他のやつなら俺も全力で協力するから、冨岡は勘弁してくれねえか?」
錆兎にしたらなかなか理不尽な話である。
それでも…実は宇髄とは義勇や不死川ほどではないが、小学校5年の時から行き始めた塾で出会って、そのまま大学受験を見越して中学高校の6年間通っていた塾でずっと励まし合って勉強をしてきた仲だ。
確かに宇髄の立場からしたら、宇髄が仲介しなかったとしても錆兎が義勇と付き合い始めたら、宇髄の知人として出会っている以上、仲介を疑われるだろうし、自分の気持ちを知っていてくっつけたのかと責められるだろう。
それでも錆兎にしたら初めて心惹かれた相手で、しかも不死川が優しくしているならとにかくあの態度で義勇に接しているのを見ると、はいそうですか、と、諦められるものではない。
だから言った。
「そうだな…77回だ」
「へ?」
唐突に回数を言われてキョトンとする宇髄に錆兎は言う。
「宇髄の顔は立ててやりたい。
でも好意を持っている相手が傷つけられ続けるのを放置も嫌だ。
だから77回は不死川の暴言をみかけても我慢する。
不死川だって幼稚園児じゃないんだからそのうち接し方も学んでいくかもしれないし、それで冨岡が不死川が良いというなら、潔く身を引く。
が、それを超えても不死川が変わらなければ、お前には悪いが俺は全力で行かせてもらう。
それがお前の立場を鑑みた最大限の譲歩だ」
錆兎の宣言に宇髄はため息をついた。
「あ~……うん、仕方ねえよな。
わかった。
とりあえず猶予をくれてありがとな」
宇髄の立場からするとそういうしかない。
それを拒否すれば錆兎は今日からでも行動に出るだろう。
そう思って宇髄はそれを受け入れて頭をさげた。
宇髄からしたら幸いなことに、錆兎と宇髄は経済学部で義勇と不死川は情報学部と学部も分かれているし、宇髄が引き合わせなければ早々会うこともないだろう。
社会人になれば不死川だっていい加減大人な接し方というものを身に着けてくれるだろうし、大学4年間をなんとかやりすごせばなんとかなる。
宇髄はそう思った。
思ったのだが……現実は厳しかった。
頑張って接触を回避させていたのだが、揃って同じ会社に入ったのが運の尽き。
部署は違うがガンなのは1か月に一度ある合同会議。
宇髄は錆兎と同じ部署なので一緒に出て、なるべく錆兎の注意をひくようにしている。
今日も会議後、なかなか退出してくれない錆兎をドアのあたりまで誘導して、そこで動かないのに諦めて、仕方なしに会議の内容について話していたのだが、仕事の話に関しては絶対に手を抜かない錆兎が突然
「…すまん、天元。
俺はこれから外せない用事があるんだ。
だから必要なデータはメールで送っておいてくれ」
と言って強引に話を打ち切って走っていったところを見ると、不死川は今回とうとう77回目をやらかしたらしい。
(…あ~…でも俺は頑張ったよな?
あの鉄の意志の男をかれこれ7年間抑えてたんだから…もうこれは仕方ねえ…)
宇髄はそう心の中で言いながらこれから荒れるであろう友人関係を思ってため息をついた。
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