その年の4月8日は朝からどころか数日前から慌ただしかった。
鬼殺隊の桃太郎、鬼退治の代名詞にして鬼殺隊の御旗、水柱渡辺錆兎の誕生日というだけではなく、祝言を挙げる日だからである。
鬼殺隊に入った時にはもう当たり前にそういう話になっていて、本人たちが隠すどころか積極的に口にしてきたため、彼らを知る者はたいていその話も知っている。
だからこそ、この危険な仕事で死ぬことなく、心変わりもすることなくその日を迎えられたことを皆めでたく思っていた。
育ての親とも言える師範の鱗滝先生も祝言の数日前から山を下りてきて色々準備をして下さっていたし、花屋敷の少女達や宇髄の嫁達も女手が多くいるだろうと、連日支度を手伝いに来てくれていた。
そんな女性陣の中でも特に奔走してくれたのは、当たり前だがずっと3人で支え合って生きてきた姉弟子の真菰だ。
彼女は今生では誰よりも義勇の想いその他を知っている。
だからこそ、彼女はすごいサプライズを用意してくれていた。
祝言の前日…真菰が手配してくれたという白無垢が届いて、義勇は部屋に呼ばれる。
今どきの最先端だと洋装を着る花嫁もいて、それこそ大正天皇の皇后陛下であらせられる貞明皇后も式で洋装をお召しになったということもあったのだが、一般人はまだまだ和装が主流だ。
まあそれを置いておいても、義勇にとって祝言と言えば白無垢である。
幸せな結婚の絵図はいつも白無垢とともにあった。
姉が祖母の代から伝わっている、自分も着る予定の白無垢を前に、嬉しそうにしていたのが記憶にあるためだと思う。
姉がつかめなかった幸せを、元男である自分がつかんでしまうというのも不思議な気持ちがするのだが、もし今生で姉が生きていたならば、自分が着た後に今度は義勇の祝言のために…と言って譲ってくれたはずだ。
そんな温かくも今となっては悲しい思い出に浸りながら障子を開けて和室に入ると、笑顔の真菰が待っていて、その後ろには衣紋掛けにかかった白無垢が見える。
…え…?
と、義勇は入口で足を止めた。
観世水に梅、松、鶴があしらわれ、裾に向かって菊や牡丹などの大きな花が配された華やかな白無垢…。
毎日毎日姉が手に取って模様を愛でていたそれにあまりにも似ていて声も出ない。
「これね…錆兎が柱になって私に時間とお金の余裕ができたあたりからずっと探してみつけて買い取ったんだ。
正真正銘、冨岡家に伝わっていた白無垢だよ」
と、言われて、義勇は無言で涙を流した。
もう狭霧山以前の自分の生涯は完全に失われてしまったと思っていた。
それを探して見つけてくれた真菰の気持ちが何より嬉しくて、唯一生き残った自分がまた”冨岡”の家の何かを繋いでいけるのが嬉しくて、義勇はただ、
──ありがとう、真菰姉さんっ!!
と、真菰に抱き着いてそう言って泣いた。
自分は生きて、白無垢を着て、いつか子を産み、その子かその子の嫁がまたこれを着て、名は変わったとしても”冨岡”の家の人間が生きた証を繋いでいくのだろう。
姉が亡くなった時点ですべてが終わったと思っていたが、まだ終わらずこれから続けていくことができるのだ。
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