すっかり忘れていた…と言えばしのぶが激怒しそうだが、色々が目まぐるしく過ぎていく中、義勇は”胡蝶カナエが上弦の弐に遭遇して死ぬ”ということを失念していた。
そして前世では経験したそれが、今回は隊士としては引退を余儀なくされるほどの負傷ではあったものの命は助かるという形になって、義勇は今更ながら今生は前世と随分と色々変わったのだと再認識をする。
それが義勇にとっては一番うれしい変化である。
錆兎だけではない。
真菰まで生きていて、今こうして3人で仲良く暮らせているのはまるで夢のようだ。
その奇跡が何故起きたというと、やはり義勇が少女として今生を生きていることが原因だろう。
元々は生まれ変わるなら姉さんと姉妹として生きたら楽しいかも…と、別にそれを願いとするつもりもなくぼんやりと心の中で思っていたら有無を言わさず叶えられてしまったわけだが、今思えば正しい選択だった。
おそらくだが…過去をやり直せたとしても、自分が少年だったとしたら錆兎はあの最終選別で義勇を置いて行ってしまう気がする。
今生では錆兎にとって義勇が男としては気を使って守ってやらねばならない少女だったことで、義勇を守るためによく周りを見て先走ることなく前世よりも攻防に安定した強さを身につけて、結果、無事に最終選別を超えて柱になったのだ。
真菰にしたって、義勇が少女で妹として守ってやらねばと思って自身の最終選別を1年遅らせたからこそ、手鬼に殺されることなく今がある。
煉獄と不死川は前世でも今生と同様に柱にはなっているが、煉獄の父は前世では煉獄が死ぬまで飲んだくれていたのが今では立ち直って、柱の座は息子に譲ったものの戦線復帰しているし、不死川は前世よりずいぶんと丸くなって人間関係が多少なりとも良くなっている気がする。
義勇からするとそのどちらの変化も、最終選別を生き残って前世よりもだいぶん大人びて前世でもカッコよかったが今生ではさらに世界の至宝と言えるほどにカッコよく育った錆兎のおかげだと思うので、最終的にはそのおおもとは、義勇が少女になったことなのだろう。
そう考えると少女になって結果的に良かったことだらけだ。
男がいきなり女になったりとかは良いのか?と問われそうだが、義勇的にはそのあたり、男でも女でも自分は自分なので、あまり問題はない気がする。
少年で居た時の方が錆兎の忌憚のない考えや意見を聞けたというのはあるが、逆にそのあたりは互いに唯一の同年齢で同性の友人だった狭霧山で過ごした時期に知ることは出来たため、今も些末な部分は変わっても根本は変わっていない錆兎の諸々はわかっているので無問題だ。
ただ一つ気がかりなのは、まあ今までも錆兎の生死以外ではほぼ気にしていなかったのだが、本来なら知っているはずの前世の諸々が、義勇がこうして少女になって様々な変化が起きたために変わってしまっている可能性があることである。
些末なものはどうでもいいのだが、人の生き死にや、それこそ無惨が最終的に倒せるかどうかなどは、まあいいやで済むものではない。
本当に色々すっぽり抜けていたが、何か人の生き死にに関わりそうなことや、前世で無惨討伐で重要な出来事は覚えて変えないようにしなければならないかもしれない…と、義勇は今更ながら思ったのだった。
──義勇…何を難しい顔をしている?
そんなことを考えていると、錆兎がそう言って後ろから抱きしめてきた。
前世ではさほど変わらなかった身長が、今生では錆兎が少年期を過ぎても生き延びて成長したのと義勇が少女なのもあって、頭二つ分以上くらいは違うので、声が降ってくるのも頭のはるか上からだ。
こうして後ろから抱きしめられると特に体格差がすごくて、錆兎にすっぽり包まれている感じがする。
世界が錆兎で満ちている…それはとても幸せなことだ。
さらに…同性の時も力量の差はかなりあったので多少は気をつかって助けたりはしてくれたが、それは例えるなら遅れた時に手を差し伸べてくれるようなもので、今のように完全に守ってくれるものではない。
今はなんなら軽々と抱えて走ってくれるし、こうして気にかけてくれる時の視線が同性の時よりかなり柔らかく甘く、何かあれば自身が危険をはねのけて身を挺して守ってくれるつもりでいるのを日々感じていた。
「…ううん。ただ、私が女で良かったなと思って。
錆兎が誰よりそばに居てくれる」
そう言って上を向いて笑うと、錆兎はふむ…と少し考え込んで、それから
「お前が男でも女でも俺にとっては一番だが、そうだな…女だと世間や法が共にいることを保証してくれるし、楽ではあるかもな」
と、別に少年だった前世を知っているわけでもないのに、そうして同性であった義勇の事も無意識に認めてくれる発言をしてくれるのが嬉しいし、だから錆兎はいつでも自分の一番なのだと思う。
そんな錆兎の言葉にまたムフフっと笑いながら
「同性でも異性でも、いつでも錆兎を好きになる自信はあるけど…女だと錆兎の子が産めるから」
と言うと、錆兎は
「…うん…まあ、それは…いずれ、な」
と、顔を赤くして片手で自身の顔を覆った。
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