…姉さん…姉さん、死なないで…
カナエを抱えて走る不死川の横をそう言って泣きながら走るしのぶ。
泣きながら同じことを言いたいが、自分にそんな風に泣かれても迷惑だろうとグッと歯を食いしばって耐えたはずなのだが、腕の中のカナエが白い手を不死川の顔に伸ばして、
…心配かけて…ごめんなさい…。泣かないで、不死川くん…
と、そっと何故か濡れている頬に触れた。
それに思わず
…なんで…謝るんだよォ…悪いのは間に合わなかった俺だろうがァ……
と、泣き崩れる不死川。
…何してるんですっ!!立ってっ!走ってっ!!!
と、それにしのぶがぎゃんぎゃん怒るが、カナエは苦笑してそれを制する。
…ねえ、しのぶ…。お姉ちゃんね、急いで帰るよりお話がしたいな…
と、優しい声で紡がれる言葉に、しのぶは、──いやっ、諦めないで…と、泣きながら首を振った。
不死川だって同じ思いではあるが、でも花屋敷に戻ったからと言って何ができるわけでもない気がする。
それなら少しでも話をしたかった。
二人してしゃくりをあげる不死川としのぶに、あらあら、と、カナエは少し困ったように…でも慈しむように笑う。
肺がやられていて呼吸をするのも苦しいだろうに、優しく笑うカナエに余計に悲しくなって、不死川は泣いた。
そうしてカナエはまずはしのぶに…隊士をやめて普通に恋をして結婚をして子を産んで…幸せなおばあちゃんになって欲しいのだ…という話をする。
その後、不死川にはこれからもしのぶを始めとする花柱屋敷の少女たちを助けてやって欲しいと…そういうカナエに、しのぶは泣きながら首を振った。
「私は隊士を辞めないし、不死川さんを雑用に使うなら姉さんが使えばいいっ。
私はごめんですっ。
姉さんがいないと花柱屋敷の雑用をやってくれる人がいなくなるんですからねっ。
絶対に姉さんは居なくなっちゃダメなんだからっ」
そういうしのぶの言葉は普通なら随分と失礼なものではあるが、不死川自身、もし自分が手伝うことでカナエが命を繋いでくれるなら、正直今すぐ柱を辞めて花柱屋敷の下働きになっても良いと思うほどではあるので、それに頷いて見せる。
「…俺はもう二度と…大切なモンを失くしたくねえ…っ!失くしたくねえんだよっ!!
それでお前が助かるなら、なんでもするっ!
花柱屋敷の下男にでもなんでもなってやらあっ。
だから、死ぬなァ!!」
うっすらと日が明けかけるなか、そういう不死川の後ろに影が出来た。
──よく言った。それでこそ男だ。
と言う言葉に振り返ると、フラフラな様子の勇者が立っている。
…勝った…の?
と聞くカナエに、錆兎は苦笑。
そして
「いや…なんとか夜明けまで引っ張った。
さすがになんの準備もなしに取るものもとりあえず駆け付けた状態では倒せないな」
と、カナエにそう答えたあと、不死川を振り返って、
「男に二言はないよな?
下手すればお前も死ぬかもしれんが、やってみる価値がある方法がある」
と、カナエを抱えたまましゃがみこむ不死川の前に膝をついた。
「カナエを助ける方法かっ?!」
「お願いしますっ!!」
と、不死川としのぶが身を乗り出すと、カナエがそれは…ダメ、と首を横に振る。
が、錆兎は
「男として…やらねば一生後悔することもある。
不死川にそんな思いをさせないでやってくれ」
と、カナエの言葉をやんわり拒絶。
そのまま自分の羽織をその場に敷くとそこにカナエを横たわらせるように指示をする。
そしてしのぶを見上げて
「他を置いて急いで来たからあとの4人もじきに追いついてくるが、一刻を争うから処置を始めたい。
だが、始めると処置をしている俺も血を抜き取る実弥も完全に無防備だ。
もう朝だから鬼は来ないが悪しき輩が現れないとも限らん。
だから邪魔する奴がいたら追い払ってここを死守してくれ」
と言った後、小刀を抜いて、今度は不死川に
「ということで、時間がないから詳しい説明はあとだ。
下手すると出血多量で死ぬかもしれんが、お前の稀血を使いたい」
と、視線を移す。
「おうっ!これ以上後悔はしたくねえっ!
要るだけスパッと持って行ってくれぇ!!」
と、その言葉に実弥は小刀の前に腕を差し出した。
錆兎はもうその言葉が返ってくる前提で、
「命がかかっている。すまんが少しはだけさせてもらう」
と、カナエの隊服の前を開けて胸元を凝視する。
いや…胸というよりは皮膚の下を探っているという様子だ。
そうして一点に視線を止めると
「少し堪えてくれ」
と、小刀でまずカナエの胸元に傷をつける。
そして不死川の腕をグイっとつかんでその上あたりに持っていくと、ためらうことなく腕を小刀で斬りつけた。
「これから不死川の稀血の力を借りて、肺の壊死を止める。
俺が誘導するから俺の呼吸に呼吸をあわせろ。
そして呼吸で傷をふさぐ要領で壊死した部分を切り離していけ」
正直不死川には何をやっているのかはわからなかった。
でも自分から流れ出ていく血がカナエの中に入って、治癒能力を高めているのだという理屈はなんとなくわかる。
弟妹も母親も…そして匡近も助けられなかった自分が、今確実にカナエの命を繋ぐための手伝いを出来ているのだと思うと、思い切り手加減もなしに斬られた腕からどんどん血が流れてくらくらしてきたが、そんなことどうでもいいくらい嬉しかった。
これでよしんば自分が命を落としたとしても、それでカナエが救えるのだとするなら、全く問題はないと思えるほどに嬉しかったのだ。
──実弥…そろそろやばい…か?…大丈夫か?
と尋ねる錆兎の声が遠くに聞こえる。
──ああ、大丈夫だ。普段血の気が多すぎるからなァ。ちょうどいいくらいだぜェ
と答えると、錆兎が小さく笑った気がした。
それが不死川の最後の記憶だった。
気づけば見えるのは白い天井。
どうやら花屋敷の寝台の上らしい。
そして花屋敷の少女たちに囲まれている。
…気が付いた…
…気が付いたよっ!!
と、口々に言って洩れる笑み。
カナエは?と聞くまでもなく、パタパタと足音が聞こえてきた。
ああ…と、不死川はホッと安堵の息を吐き出した。
それから念のため…と足に視線を向けたら、どこを見ているんですかっ!!と一緒に駆け付けたしのぶに殴られる。
…だめよ、しのぶ!命の恩人な上に怪我人なんだからっ!とそれをたしなめるカナエに
「かまわねえよ。無事だったんなら構わねえ。幽霊じゃなくてちゃんと足がついててよかった」
と不死川が言うと、カナエは少し困った顔で
「ありがとう。不死川君のおかげで命拾いしたわ。
完全に無事か、と、言われると少し悩むところなんだけど…」
と、言った。
「…え?」
その言葉に一気に青ざめる不死川に、慌てて
「ううん。普通に生きていくには問題ないのっ。
本当よ?
医療従事者としてこれからもここで働いていくつもりだしね。
ただ…肺の半分がダメになっちゃったから、呼吸が使えなくなってしまっただけ」
と、顔の前で両手を振る。
なるほど…そういうことか…と、状況は納得したものの、どう反応していいかわからない。
柱まで昇りつめてからの早期引退を慰めるべきか、命が無事なことを祝うべきか…
そんな風に固まる不死川に、こちらも反応に悩んで笑顔のまま固まるカナエ。
その空気を破ったのは、意外にもしのぶだった。
腰に手を当てて、はぁ!とため息をつくと、
「普通に生きていく分には全く問題はないだから、私じゃなくて姉さんの方が普通に恋をして結婚して子どもを産んで…可愛いおばあちゃんにでもなんでもなればいいんだわっ。
幸い、相手候補はいるみたいだし?
一応姉さんの命を救ってくれたことにはこれ以上なく感謝しているので、今後の行い次第では邪魔だけはしないであげますからっ!
じゃあ、私は仕事に戻ります」
と爆弾を落として去っていく。
そこで固まった二人が今度は固まったまま赤くなった。
ということで、最善の結果とはいえないが、命を落とすことも決して珍しくないこの仕事を命を長らえたまま辞することができたのは、まあ悪いことではないはずだ。
ともあれ、こうして柱が一本折れたが少女の命は救われて、剣士とはまた別の物語を紡いでいくことになる。
そして一人の少年の悔恨だらけの人生の中で、それはようやく命を失わせずに済んだという点において、誇らしい歴史の一頁となったのだった。
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