少女で人生やり直し中_41_不死川実弥の憔悴

水柱屋敷はいつも賑やかで温かい。

水柱である少年が姉妹弟子を継子として3人一緒に住んでいるからというのもあるが、館の主である少年柱の人柄の良さに惹かれて多くの人間が出入りするからというのもあると思う。

普通なら一期一会くらいの関係で終わる共同任務で一緒になった隊士達や最終選別で彼に救われて命を拾った同期たちの誰かしらは居るといった感じで、なんなら当たり前に館の掃除を手伝ったり、きつねっこ姉妹と呼ばれる水柱の姉妹弟子の買い物のお供をしていたりする。

医療所を兼ねている花屋敷以外で、こんなに人の出入りの多い柱屋敷は他にない。


かくいう不死川も、そんな風に水柱屋敷に入り浸っている常連だった。
いや、錆兎に頼まれて花屋敷の手伝いもしているから、最近は少しばかり頻度は減ってきているというだけで、はたから見たら十分入り浸っている人間の一人だろう。


先日はそんな常連の一人の煉獄家の長男の杏寿郎が炎柱に就任したということで、女手のない炎柱屋敷の代わりに何故かこの水柱屋敷で祝いの席が設けられたのだが、杏寿郎と直接やり取りがあったというよりは、水柱の錆兎やきつねっこ姉妹つながりで見知った隊士や柱達で千客万来だった。

家族とか本当に極々親しい友人の枠を超えて、あんなに盛大に就任を祝われた柱は煉獄が初めてなんじゃないだろうか。
なにしろその席にはお忍びでお館様の奥方様とお子様たちまでいらしていたのだ。

もちろん接待は錆兎やきつねっこ姉妹達だけでは足りないので、常連たちが普通に手伝っていて、不死川もそんなもてなす側の人間の一人だった。


「実弥が柱になった時にもうちで祝おうな」
と、初対面の任務であれだけ悪態をついて問題行動を起こしたのに笑顔で受け入れてくれた水柱がそんなことを言ってくれる。

そう、匡近や師範を除けば皆、不死川と呼ぶところを、親しみを込めて実弥と呼ぶくらいには、彼は不死川といい関係を築いてくれていた。

そんな彼のその言葉に、
「なんなら私と真菰ねえさんで大量のおはぎでおはぎの塔でも作ろうか」
と、何故か言った覚えもないのに不死川の好物がおはぎだと知っていた自称きつねっこ達の末娘の義勇はそう言ってムフフと笑う。

まあ、いつになるかはわからないが、不死川も順調に鬼を斬り続けて煉獄の炎柱就任の報の数日ほど前に階級が甲にあがったので、運が良ければ柱になれる日も訪れるかもしれない。

そんな風に思っていた頃が、今にして思えば一番幸せな時期だった。



一足先に柱になった煉獄を追って、その日も不死川はせっせと任務に勤しんでいた。

その日の任務は2人班で近隣の子どもをさらう鬼を退治するというものだったのだが、現場に行ってみればそこに居たもう一人の隊士は、久々に会う兄弟子匡近だった

互いに階級も甲になっていることをそこで知って、どちらか柱になれればいいなと笑い合う。
下弦の鬼に出会わなくとも地道に鬼を斬っていればいつかは50匹斬って柱の条件には到達するだろうし、運良くその座が空けばいつかは…と、そんな話をしながら任務地に赴いた。

そんな話をしていたのに…匡近はその任務で死んでしまったのである。
相手は下弦の鬼だった。
親に恵まれなかった子どもを洗脳して最終的に喰ってしまう鬼。
不死川はなんとそんな鬼の血鬼術にひっかかっていったん二人が分断されるも、匡近がその幻術を破ってくれて合流できた。
だがその後に匡近は洗脳された子どもをかばって死んでしまう。

最終的にその鬼は不死川が倒したが、もともとは自分は鬼の術にかかって幻術の中に閉じ込められて、匡近が助けてくれなければそのまま死んでいたのだ。

なのに助けてくれた匡近は死んで、自分はとどめを刺したからと言って柱になるなんて絶対におかしい。

こんなことなら柱になんてならないでも良かった。
あの優しい男を犠牲にしてまで柱になんてなりたくなかった。


ちきしょう…!!!

幼い頃から家族を失うまでは弟妹を守り育て、その成長を見守っていくのが楽しみだった。
それが家族を亡くしてすべてを失って、途方にくれていたところに匡近が鬼殺隊へ導いてくれて、それからはとにかく鬼殺隊の頂点の柱を目標にする。

だが、あの優しい男と引き換えに手に入れた柱の座はむなしくて、キラキラして見えたその身分は全く魅力を感じないばかりか重苦しい。

自分はこれから何を目指して生きていけばいいのかわからない…。


悲しみと怒りと絶望と…
そんなものを思い切り背負っていても、何故か足は花屋敷に向かっている。

習慣とは恐ろしいものだ。
暇が出来たら花屋敷の手伝いに…というのは不死川の体の奥底に染みついている。

どこかささくれだった気持ちをどうにもできず珍しくいら立つ彼を、普段はうるさいくらいまとわりついてくる花屋敷の少女たちは遠巻きに眺めていた。

そんな中でカナエだけが変わらぬ様子で、あれもこれもと雑用を頼んでくるのを黙々とこなす。
ひたすらに忙しく体を動かしていると、その時だけは気がまぎれた。

それまでと同様に、
──不死川君が居てくれると助かるわぁ…もう居ないと色々が回らないの
と、あのほわりとした笑顔で言われると、心に刺さりまくって血を流させている棘が1本2本と抜けていく。

本当に胡蝶カナエは不思議な少女で、とてもたおやかで優しいのに、不死川がどれだけ荒れても恐れる様子がない。
それどころか、──ふふっ。不死川君の優しさってとてもわかりやすいわ…などと笑うのだ。

しかもカナエの気遣いは直接的なものだけではない。

柱になったはいいが、柱やお館様に対して良い印象を持たずに初めての柱合会議で態度が大変よろしくなかった不死川が、それでもなんとか他と完全に決裂せずに済んだのは、ひとえに彼女のとりなしのおかげだった。
それについてものちに落ち着いた時には足を向けて寝られないほどには感謝をした。

こうして絶対に這い出せないだろうと思っていた絶望の淵からは、胡蝶カナエにたらされた一本の救いの蜘蛛の糸を伝って這い出せた感じだ。


しかし平穏などという言葉は鬼殺隊の隊士の辞書にはない。
そののち、また衝撃的なことが不死川を襲うのであった。


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